9-07

 カーラン学園の前に推し並ぶ馬車の群れ。

 学園側の誘導に従い貴族を乗せた箱の列は悠々と進む。入学生たちはこれから住まう3年間、院生ならばさらに2年の年月を敷地内の寮で過ごす。

 「学生皆平等」の建前がある学園では貴族のランクに合わせた寮分けなどは一応存在しない。しかし学位、学校での成績によって部屋のランクは変わる。


「簡単に言えば全部個室だけど、部屋の豪華さや広さが違ってくるのよねェ」

「さらにわたくしども従僕の控える場所にも差が出来ますな」


 ちなみにゲームの主要キャラたちは全員が優等生なので豪華な個室だった。

 これはキャライベントや交流イベントで他者の入り込めない状況を作り易くするためだったと推測できるが、こぞって全員優秀なのだとユーザーにアピールする狙いもあったのかもしれない。

 優秀なキャラは『戦争編』で敵の強ユニットとして立ちはだかるのだから。


「しかし入学試験とか無かったんだけど、最初は上級貴族の皆様も粗末な部屋に詰め込まれるのかしらん?」

「そこは政治的配慮が働くかと」

「贔屓ィ」


 上級貴族に良い部屋を割り当てるなら、下級貴族の運命は考えるまでもない。

 かくしてセトライト領の下級貴族一行は学園寮の同じ棟、ボロくはないけどあまり上等でもない一角に詰め込まれる。結果的に派閥で徒党を組んだ状態が一時的に生まれたわけだけど、近い将来この派閥形成は成績によってまたバラバラになる運命なのだ。


(ゲームの主要キャラはみんな優等生だから、わたしもそこに近づけるよう成績は気を払わないといけないわね)


 一年先輩の立場である以上、ライバルヒロイン達と接点を持つ機会は貴重。日常的に顔を合わせ、叶うなら挨拶する関係を築ければこそイベント介入も不自然でなく行えるというものである。

 あてがわれた部屋に荷物を運び終えてひと段落。男爵家のベッドよりも小さな、前世の頃なら当たり前サイズのシングルベッドに腰掛けて、


「狙うわよスイートルーム」

「流石にそこまでの部屋は無いかと存じますが」


 この日は部屋の改装改造で消化した。

 入学まで残り5日。


******


 さて、入学式まで残り日数は僅か。

 寮の一階に置かれた学生食堂で朝食をいただき、クルハの果たし状を受け取ってコソコソと人目忍んで一仕合こなした後。

 残り時間でやるべきミッションを行うべく脳内に貼られたメモ書きを読む。

 最新のそれに書かれたのは「バカボン一党の動向を探る」。


 わたしの知る限りロミロマ2の3ルートで見かけることが無かった、それにしてはいちいち目立ってくるバカボン達の隠しキャラ疑惑払拭ミッションである。

 しかし。


「できれば寮に入るまでに片付けておくべきだった……!」


 当たり前、或いは厄介なことに学生寮は男女別。

 思春期で政治的価値のある若い少年少女を下手に接触させると御家の思惑を超えた責任問題に発展する──前世よりも深刻なる心配を防ぐべく徹底されている。

 やって当然といえば当然の措置ではあるけれどこういう時、男子側のあれこれを探りたい時には不便で困る対立構図だ。


(デクナに頼んで確認してもらうのも手なんだけど……)


 不用意な接触は思わぬ結果になりかねない。現段階でまるで接点のないバカボン達とデクナに繋がりが出来たせいで後々の禍根となる可能性も捨てきれないのだ。

 特にゲームのイベント関連はどんな副作用が派生するか読みきれない。

 我が愛しのバカ友たちにはどうしようもない時以外、事情を話せない転生関連に深入りさせたくないのが本音である。


(おかしな政情に巻き込まれかねないのは自分の身でもって体感したし!)


 あれこれ思案した結果、わたしの出した結論は


「見張るか」


 幸い同日に同じ転送ゲートで運ばれた子息子女が同じ寮に詰め込まれたのは女子側の経験から判明している。ならばデクナがどの寮かを聞けば後はその寮の出入りを監視していればいいだけの話である。

 入学までの残り5日、流石に外出くらいはするだろう。


 入学までの残り4日、流石に外出くらいはすると思ったんだけど。

 入学までの残り3日、流石に外出くらいはするんじゃないだろうか。

 入学までの残り2日──


「ゴリマッチョ体型なのにインドア派なのかヒダリィ!!」


 体を過剰に鍛えている者はアウトドア派だというのも偏見かもしれない、わたしだって四六時中見張っていたとは言い難いにしても。

 あの独特な体格をした貴族子息の出入りする様子が全く見られないのはどういうことか。全然まったく少しもちっとも当たりを引く気配がないのはどういう訳か。

 やはりあの3人衆とは分かり合える日は来なさそうだと八つ当たりしておく。


「まあわたしは自分が運のいい方だとは全く思わないけれども!」

「あらまあ、よく和かりませんけどご自分を卑下しなくともいいと思うのです和」

「良い悪いで言えば良い方じゃないのか、稀有な意味でだが」

「それを良い方にカウントしないでよデクナァ」


 友人たちとの僅かな昼食時間に愚痴る。

 『学園編』突入に備えてあれこれ活動した結果、ちょっとノーマルな男爵令嬢では関与しない出来事に巻き込まれたのは自覚あるけれども。

 留学の付き人させられたり大公家の謀で片棒担がされたりと他者に口外できないレベルが立て続いたのを「運が良かった」と捉えるのは無理があった。色んな意味で生命の危機だったわけで。


「そういうのはあっちの都合で押し切られた結果であって、わたしの運不運で言えば明らかに不運の方でしょ!?」

「文官志願の僕にすれば外国視察に同行できたなんてのは垂涎なんだが」

「そーだよアルリー、あたしもリンドゥーナ本場の武器貰ってラッキーだったよ?」

「うん、あんなオモチャで浮かれてクルハは暫く勉強に身が入らなかったんだ。確かに不運かもしれないな」

「こいつ手のひら返しよる……」


 自分に不利益が降りかからない範囲なら誰しも寛容になるというものだ。

 それぞれの苦労話に笑いにと花を咲かせていたところ、


「おや、賑やかだね。混ぜてもらってもいいかな、この私も」

「ほらね運無いでしょ、こっちから探しても見つからないのにこうやってエンカウントするんだから無いでしょ!?」

「何を言ってるんだアルリーは」

「うん? 何かお邪魔だったかな……?」


 同じ派閥の友人同士、戯れに割り込んできたのは岩石の如き男。

 貴族の外見表現によく使われる「整っている」だの「美形」だのよりも「精悍」の一言が似合う彼から漂う風格は、年齢相応に少年との言葉を使うのを躊躇われる。

 それでいて内面も一応の遠慮を示す辺りはミギーに比べてマシな紳士。


「別に構いませんことよ、ヒルダルク・セトライト様ァ?」

「口調に棘を感じなくもないのだが」

「ミギーやバカボンに応対する時と比べてくださいな」

「それは確かにマイルドだが、喜んでいいのか判断に迷うね、君」


 ヒダリーのフルネームを呼んだことでデクナとサリーマ様の背筋が伸びる。

 わたしの御家は言うに及ばず、デクナやサリーマ様の子爵領も含めて一帯を統括するセトライト伯爵の家名を名乗れる彼に対して貴族的な反応を示した故だろう。ヒダリーもそんな扱いには慣れているようで特に反応は示さないが、


「アルリーアルリー、この強そうな人、誰?」

「ヒダリー、左の守り」

「そっか、よろしくヒダリー!」

「あ、うん、そうね、うん、よろしく、君」

「まあ実際どの程度強いのかは知らないんだけど」

「えーそうなのー?」

「いや、流石に近侍として護衛を務められる程度には鍛えているつもりだが、君達」


 世の中のあらゆる価値を腕力で計るようなクルハには調子を狂わされたらしい。幾分辟易した様相で会話を続けている。

 相手はペースを乱されている、これ幸いと探りたかった情報の入手に走るべく話題を滑り込ませる。

 即ち、ミギーとバカボンの動向だ。


「でもその護衛対象と身の程知らずの姿が見えないようだけど?」

「ああ、ソルガンス様とミクギリスもここにいるはずだったのだけどね」


 ……はず?

 実に嫌な言い回し、悪い予感しかしない。


「ふたりとも私と同じく今年入学の予定だったはずなのだが、諸事情で来年入学に変更されたのだよ、君」

「えー……」

「おや、そんなに残念なのかね、君は?」

「ある意味残念だわ」

「暴力はいけないよ君!?」


 脳内の悩みの種果樹園は今日も変わらず営業中、ミギーの隠しルートキャラ疑惑は晴れることなく来年に持ち越されたのであった。

 めでたくなしめでたくなし。

 ──それにしても失礼な、ヒダリーは何を誤解しただろうか。


「私も詳しくは聞かされていないのだが、おそらくはイルツハブ子爵家の事情だと思うのだよ。果たして何があったのだろうね」

「むしろ入学を急がせる事情が無くなったのかもしれない、例えば婚姻だとか」

「成程、それはありそうだね、君」


 事が御家の事情にまつわる政情トークだからか、デクナが己の推測をもって会話に加わってきた。外見に似合わず知性派なヒダリーが興味深そうに乗っかったことで話題が発展していくも、わたしとしては理由そのものはどうでもいいのだ。


(ゲームのシナリオ通りの進行か否か、見分ける方法は無いんだし!)


 これが隠しルートの仕込みなら現状でわたしが進行に関与する手段は無い。大きな政治の流れを敷かれたシナリオを覆すことなど出来ず、目の前に降りてくるまで確認できない歯がゆさよ。


(ま、最低限今年は気にしなくてもいいって思うしかないわけか)


 現状どうしようもない事態だと脳内果樹園を手入れしつつ、余ったパズルのピースを持て余すように質しておく。

 この場で確認できる、たったひとつの欠片を。


「で、どうしてヒダリーだけ入学してるの」


 筆頭子爵家の跡継ぎソルガンスの護衛役、側仕えなら当然彼と同じ年の入学になるはずなのでは、との疑問。特にヒダリーはセトライトの家名を帯びて就いた伯爵家とのパイプ役を任されていると予想される人材。

 派閥の繋がりを見た重要さでは騎士階級で純粋な護衛にしか思われないミギーよりもずっと注視されるはずなのに。


 ──ちなみに。

 この時点でわたしがバカボン3人衆で一番気をつけていたのはミギーである。

 続いてテンプレ悪役っぽい存在感があり、ルートの序盤でマリエットに成敗される雑魚ボス感を放つソルガンス。

 ヒダリーはセトライト伯爵家の血縁らしいこと以外に気になる点は無く、わたしの中ではもっとも警戒していない人間だった。

 そんな彼は巌の如き体躯を居心地悪そうに竦め、いかにも困ったという顔で、


「まだ確定的じゃないのだが、そのうち分かる、んじゃないかな、君」


 なんだかハッキリしない物言いだけど、伯爵家の方で何かあったのだろう。

 故にわたしは気にしなかった、このはぐらかしに対して気を払わなかった。


 個人的な交友のないヒダリーが何の用も無しに向こうから接触してきたことにも、特に。

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