9-06

 本当か、本当にこれで戦いは終わったのか。

 しばらくは信じられないようにマウスをクリックしながらテキストを読んでいく。

 瞳を凝らし、視線だけを上下左右に追尾させ、BGMも半ば上の空で聞きながらモニターの虜になりつつ過ごす数分。


 荘厳なBGMと共に始まったスタッフロールを見出して、


「ついに、ついに……」


 喉から搾り出したような感慨の吐息を漏らした。


「ついに、ええ、ついに、ああ、嗚呼! やァ~~~~~~っと『第2王子』ルートをクリアできたァ……!!」


 喜びのあまりのけぞって椅子ごと後ろに倒れるも構うことはない。痛みを気にせず座り直してうっとりと流れる文字列を眺めて過ごす。

 背景に映るは過去の名場面、苦楽を共にした2人の思い出だ。決していいことばかりではない苦難も刻まれた記録。

 貴族社会の習いに逆らった愛を求めて結ばれるまでの行程は同様の苦しみをプレイヤーにも与えた、主に難易度の問題で。


「マリエットが先王の忘れ形見だって明らかにするまで、本当にきつかった……」


 このフラグを建てないと敵軍、国のナンバー2勢力・大公軍に第1王子が加担して第2王子を誅しに来るのだからとてもヤバかった。第2王子派閥以外の国軍も敵に等しかったのだから圧が凄かった。

 ──冷静に考えると王家と大公家の結んだ婚約だ、どちらの顔にも泥を塗る婚約破棄行為の結果だから当然なのだけど。


「他の2ルートは一貴族同士の争いだったけど、『第2王子』ルートは国が敵みたいなもんだったしねェ……」


 偉大なる先王の忘れ形見、本人も知らなかったマリエットの素性を表に出すことで王家は仲裁の立場に回る。この仕組みを理解するまで大軍に何度すり潰されたことか。


「防衛戦で耐えてもリンドゥーナ攻めてくるし……」


 凄惨なる思い出に耽る中でスタッフロールが終わり、画面内では苦難の果てに愛を掴んだ2人の様子が描かれる。堂々としたハッピーエンドクレジットが美しい。

 ──ここに至るまでに積み上げた犠牲者、戦死者の数を思えばハッピーエンドと言えるかは微妙な気持ちになるけどこれはゲームだと割り切ることが重要である。

 でなければスタッフロール中に表示された戦績、戦跡は見ていられない。


「ご丁寧にバッドエンド回数まで表示してくれるんだから、嫌味か」


 燦然と輝く「100」の文字、3桁到達の偉業。

 『第2王子』ルートクリアでちょうど100回なのは縁起がいいのか悪いのか、ともあれしばらくはハッピーエンド表記と一枚絵を凝視し、満足した吐息を思い切り吐き出した後で。


「よし、これで『第2王子』ルートネタバレ掲示板を覗くことが出来るわァ」


 ロミロマ2の運営は気が利いており、公式サイトにそれぞれルート別、ネタバレ有り無しのコミュサイトを用意してくれていた。ゲームの進行度に合わせて利用できるコミュニティがあるのは実にありがたく、未クリアだから他のファンと交流できない問題を解消できたのも嬉しい。


「『パッチ無しで第2王子ルートクリアしました』っと……」


 初書き込みの報告に連なる「おめでとう」と「バカなの?」「マリエット乙」などの称賛が立て続く。

 ロミロマ2は第2部『戦争編』がシミュレーションゲームと無縁な乙女ゲームファン層には難易度高すぎて運営に抗議が殺到、難易度を大幅に下げるパッチが無料配布されていた経緯がある。

 既にクリアした先人達のほとんどはこのパッチを導入したプレイヤーなのはファンの間でも有名だったりする一方、自力でクリアしたプレイヤーには冷やかしとも呆れとも付かない評価が与えられた。

 今のわたしがそうされているように。


「そうか、自力クリアはマリエット呼ばわりされるのか」


 幾つもの「マリエット乙」書き込み、女主人公の名前が正気でない扱いに笑いがこみ上げる。確かに王国を揺り動かし、動乱を招くも自ら前線に立って終結に導いた者には相応しい称号かもしれないと納得いくゲームではあった。


『バッドエンドを見た回数は?』

「ええっと……『ちょうど100回です』っと」

『100万回死んだマリエット』

「そこまで死んでねえ」


 ゲーム画面のスクショを貼ったレスでさらに増える「マリエット乙」の称賛、或いは呆れ。そしてさらなる進化を勧める書き込み。


「『よし、次は隠しルート制覇で【終身名誉マリエット】を目指そう』って、どんだけヤバい扱いなの隠しルート」


 それも終身名誉と来たもんだ。この身の震えは興奮か、それとも恐怖か。

 結論はすぐに出た。


「今しばらくはクリアの余韻を楽しんで、新たな挑戦はまた後日ってことで」


 ひとまずは蛮勇を避けるべき、せっかく良い気分のところを討ち死にしに行く必要は無い。冷静なる判断でわたしは『第2王子』ルートの名場面や面白かったところを同輩たちと存分に語り合ったのである。


******


 見るべきか、それとも見ざるべきか。

 それが問題だ。


「どうした妹よ、モニターを前に固まって」

「あれお兄様、今日はゆっくりなの?」

「大学生ほど暇を自在に操れる立場は無いからな。で、ロミロマ2のトップ画面を凝視してどうした」

「いや、それが『第2王子』ルートをどうにかクリアできたのよ」

「ほう、シミュレーションの腕も上がったな妹よ」

「それでこれから隠しルートに挑戦しようと思ったんだけど」


 そう。

 わたしはこれから「マリエット」から「終身名誉マリエット」になるべく戦いの日々を開始しようと決意した。

 決意したのだけど。


「隠しルートの出し方を事前に調べようと思ったものの、知りたくないネタバレまで見ちゃいそうで困ってたってわけ」

「ああ、成程な」


 広く情報が出回るネット社会あるある。

 下手に情報を探ると必要以上に集まってしまう、目にしてしまう現象を警戒してのことである。開示された情報量の多さと検索エンジンの優秀さが逆に知りたいものだけを集め難くなっているのだ。


「兄君は隠しルートもクリアしてたよね?」

「ああ、俺はネタバレに頓着しなかったからな」

「じゃあ内容に触れないよう出し方だけ教えて」

「いや、多分その心配はないぞ」


 妹のネタバレを避ける徹底ぶりに兄は杞憂であることを伝える。


からな」

「へ?」

「スタートすれば分かる。明らかに今まで無かったものが増えてるんだ」


 兄の迂遠な言い方に、妹はそれが既にネタバレを避けるための表現だと察する。兄は人間的にちょっとアレだけど頭の回転は速いのだ。

 しかしゲーム始めれば分かるってどういう意味だろう。過去に遊んだゲームの傾向を色々思い浮かべ、


「え、まさか主人公選択形式?」

「それは無い」

「まさかのライバルヒロイン視点?」

「それも無い」

「奥様驚きのリンドゥーナ進撃編スタート」

「第1部の存在意義がなくなるな」


 あれこれ回答を大喜利のように捻り出すも正解は無かったらしい。まあ別に構わない、これから真相に触れるべく遊ぶのだから。

 兄の勧める通りにまずはスタート画面をクリックすべく、


「しかし妹よ」

「何よ兄々」

「そのゲームにそこまで熱中するとは少し意外だった。お前戦争ゲームはそんなに好みでなかっただろ?」

「今でも別に好きじゃないけど」

「こう言うのもあれだがロミロマ2は半分以上が戦争ゲーム、むしろ開発スタッフはそこに本気を出したようなゲームだろ。なのに入れ込むのは少々不思議でな」

「いや、だってわたしはこのゲームのキャラクター好きだもん」


 手を止めて兄の疑問に答えた。ここからは待ちに待った、願いに願った隠しルートに没頭タイムが始まるのだ、ギャラリーの横槍は先に片付けておくに限る。


「それほどに推しキャラがいるのか妹よ」

「それは全部クリアしてから判断すべき事柄じゃてお若いの」

「しかしキャラが気に入ってるなら『戦争編』というかウォーシミュレーション部分はあまり感心が無いんだろ? それこそチートパッチを当てればいいじゃないか」


 兄の疑問はごもっとも。

 キャラを愛でるならストーリーを読み進める、戦争部分はさっくり終わらせてテキストを追う方が早いとの見解は確かに正しいしそうしているプレイヤーは多いはずだ。

 正しいとは思うけど、


「だってこのゲームのキャラ、みんなバカじゃん」

「……そのココロは?」

「なんというか……ロミロマ2の主要キャラってみんな利口な生き方をしないからさ」


 観念的な気持ちを口にするのは難しい。色々表現や感性にもっとも近い言葉を選びながら答える。


「ゲームなんだからもっとこう、ご都合主義で流していいところをバカみたいにぶつかって、誰かが何かしら傷ついて、真っ直ぐだったり捻じ曲がったりしながらも突き進むから目が離せなくて」


 ロミロマ2の女主人公、プレイヤーキャラのマリエット・ラノワールは努力すればステータスが伸びる成長チートを積んだ万能型天才で、主要キャラも天才秀才揃い。

 しかし何事を為すにも無傷、あらゆる出来事を力で捻じ伏せて進む無双系かと言われればそうではない。所詮はひとりの少年少女、関わった事象や人間関係に悩み苦しみ慌てふためき、傷つき傷つけての過程を経て成長を果たすのだ。

 彼ら彼女らはロミロマ2世界基準でも超人なのに、とても人間っぽい。


「キャラクターの気持ちにシンクロするなら、わたしも相応の面倒さを踏まえてプレイした方が共感できるかなって」

「ファンなりのこだわりという訳か」

「そうとも言えるかな。こういうゲームなのに、わたしだけ楽して兄者の力を借りたりパッチ当ててチートクリアしちゃうと、なんか、こう──」


 適切な言葉を探すべく、頭の中の引き出しを引っくり返して暫し。

 自分の語彙にあったもので当て嵌まったのは、


「失礼、みたいな?」


 わたしの答えに満足したのか否か、とにかく兄は大きく頷いて曰く。


「見事な没入感、開発スタッフなら泣いて喜びそうな感想だった」

「くッ、答えさせてその態度は無いのでは兄上」

「まあそれでシミュレーションゲームの適正が上がるならいいんじゃないかな」

「他のゲームで使う機会はなさそうで無駄すぎるよ兄たまァ」

「それにそこまでのめりこんでプレイしてるなら良かったな、隠しルートはさらにロミロマ2の世界観が広がるぞ」

「あ、やめて兄君ネタバレは止めて」

「何しろここまで設定はあったのに焦点の当たらなかった」

「やめろやめるんだ卑劣者!」

「それに攻略対象がなんと」

「黙れブラザー口を閉じろォ!!」


******


『そういうキミだからここに招いたんだけど』

『やはり無断だったのは怒るだろうかな?』


******


「お嬢様」


 なんだか不思議なこともあるものだ。

 ほんの一瞬、僅かな一瞬、視界がブレたかと思った刹那。

 長い長い夢を見ていた気がした。

 ああいうのを白昼夢とでも言うべきなのだろうか、とても長くて鮮烈で、夢を見ていたとの自覚はあるのに中身を覚えていない現象。

 覚えていることも出来ずに全て零れてしまった幻の欠片たち。


「お嬢様、転送は無事に完了致しました……お嬢様?」

「あ、うん、聞こえてるよセバスティング」


 消えてしまったものは仕方ない、思い出す徒労を放り出して窓の外を見る。

 転送ゲートの先にはだだっ広いスペース、同道した馬車群が並ぶさらに先。

 立派な、実に立派な赤いレンガ造りの建物が屹立してわたし達を出迎える。あの威容はゲームのムービーで幾度と無く目にしたそのままで。

 ──実に感慨深い。


「とうとうここまで来てしまったか」

「そうでございますね」


 貴族の箱庭、カーラン学園。

 赤い門構えが等しくわたし達新入生の到着を待っていた。

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