9-05

 無自覚なバカップルと天才画爵を加えた交流会は待ち時間をすっ飛ばす。


「見て見てデッキー、これあたしだって!」

「幾分美化されてるようにも思えるが良かったな、だがその前にちゃんとお礼を言うんだ。最低限の礼儀だぞ」

「ありがとうございます!!」

「まあまあ、アルリー様から聞いていた通りに仲がよろしいです

しつけ、と言っていただきたいものです」

「それわたし達の業界ではノロケと読むんですよ分かりますかデクナ」

「分からん、まるで分からん」


 サリーマ様の速画が複数のスケッチを展開、描かれた自分達にクルハが大口で笑いデクナが感心しながら注意をする受け手ツッコミの妙技を放つ合間に退屈などは消滅していたらしい。


『皆様方にお知らせ致します。転送準備が整いました。繰り返します、転送準備が整いました。皆様方は所定の位置にて待機いただけますよう──』


 気がつけば時刻は昼前。

 陸上船にも設置されていた有線スピーカーが案内人の声を届ける。軍事施設ならあって当然のものだが、それだけに普段は触れる機会のない装置。


「え、デッキー今の何?」

「音を遠くに伝えて拡張させる魔導機械だ。いいから馬車に行くぞ」

「皆様方、楽しうございました。また改めて学園で」


 この場は散会、交友の機会は学園の3年間で幾らでも叶うのだからことさら惜しむ必要は無いのだ。

 ──勿論それだけに時間を費やすことも許されないわけだが。


「ではわたくしは馬を引いて参りますがお嬢様は?」

「馬車の場所は覚えてるから先に行っとく」

「承知致しました、お気をつけて」


 執事の心配に軽く頷く。人のごった返す現場ではあるが国家要人でも上級貴族子女でもないわたしにはクルハが襲ってくる以上の危険は無いだろう。

 同じ方向に進む列も少なくない中で行き交う人波を華麗に掻い潜り、または巧みに避けて駐車場に向かう。


(なんとなく前世の通学ラッシュアワーを思い出して新鮮)


 交通機関が貧弱なロミロマ2世界では出くわさないシチュエーションだ。転生してから数年ぶりの感覚に後ろ頭がこそばゆくなったりする。

 ここでは誰にも同意してもらえそうにない感想、髪を撫で付ける動作のフリでさりげなく痒みを取り払っていると


「……なんか見覚えのある背中というか後ろからでも分かる体型というか」


 同じ方向で先行く人の群れに特徴ある姿を見出した。

 全体的に線の細い貴族子息の中に紛れても浮く体型、中背だけど中肉とは言い難い低い重心をした逆三角形のゴーレムタイプ。

 足音に擬音を振るならば「のっしのっし」とかが似合いそうな男。周囲に背の高い男と小太り男は見当たらないが間違いない。


 クルハ、デクナ、サリーマ様がわたしにとってポジティブな交流の人脈だとすると、前歩く彼はネガティブな接点の一角。


「あれ絶対ヒダリーだわ」


 ヒダリーとはバカボン3人衆の左側担当である。

 もとい、彼はヒルダルク・セトライト。

 わたしがランディという友人を作るきっかけであり、貴族の地位を笠にランディをいたぶっていたバカボンのひとり。

 ヒダリーは外見の荒くれ風味に反して3人の中では比較的理知的な性格をしている。そしてセトライトの家名を名乗っている以上はこの一帯のトップ貴族セトライト伯爵の血筋なのだろう。

 3バカのリーダーがセトライト伯爵に仕える筆頭子爵なのもこの人材配置をさせた理由にあると予想が付く。


 本来ならバッドエンド回避にコネをフル活用する方針の下、彼らは上手く付き合って立場を利用すべき存在だったのかもしれないのだけど。

 心の狭いわたしには知り合った経緯からとても好感を抱ける連中ではないので友好的な関係は最初から無い寄りの無いだった。

 ──無い無いの無いだけど、完全に縁を切るのも難しい位置にいる。


(どうすれば晴れるのか、連中の隠しルートキャラ疑惑は!)


 3バカのひとり、阿吽像の阿に相当しそうなミクギリス・アーシュカは乙女ゲームでよく使われる性格の「オレ様キャラ」であり、主要キャラに見られる「家名に色が関係している」法則にも微妙に引っ掛かっている。断定するには弱く、しかし関係ないと切り捨てられる確証もないのが厄介な位置にいたのだ。

 そこを3バカ筆頭、ソルガンス・イルツハブ子爵令息が拍車をかける。

 ソルガンスは居丈高で権威を笠に横暴、おまけにだらしない体型をしており、この世界では珍しいほどに典型的な傲慢貴族子息ムーブをかます小物だった。

 これがまたゲームでは主人公にやりこめられる系のキャラ造形で、あとあと女主人公マリエットにばっさり切られるために存在しているとしか思えないのが始末に悪い。


 もし、もしも彼らが隠しルートのキャラだとすれば。

 わたしが奮闘しどうにか公爵大公第2王子ルートを阻止したとしても、隠しルートが成立してしまえばまるで意味が無い。

 第2部が『戦争編』である限り、なんらかの形で国が割れての国家滅亡バッドエンドがカウントダウン待ったなしに違いないのだ。


 ──しかし。

 わたしはここにひとつの光明を見出した。


(バカボン達が学園に今年入学なら、事態は好転するのでは?)


 もしも連中が今年入学の年齢ならば、オレ様キャラのミギーことミクギリスが攻略対象キャラの可能性はぐんと低くなる。

 何しろプレイ済み3ルートの主要キャラはひとりを除いて女主人公マリエットと同級生に配置されている。例外的に上級生に配置されるライバルヒロインもシナリオのギミックにそうする必要があったからで、対になる攻略対象キャラはマリエットの同級生に配された。よってマリエットと攻略対象との交流や確執、イチャつき描写を描く上では問題がなかったわけだ。


(こうでもしないと彼とマリエットを恋仲にさせるの難しかったのは分かる。彼女は色々強すぎたからねェ……)


 その上で考慮すれば、バカボン一党がまとめて一年先輩となるならば他のルートに共通した「マリエットと攻略対象が3年間を共にする」法則から外れる。

 校内でマリエットと接触できる時間が3割以上減るのだから、これはもうイベントを設ける機会そのものが失われていると判断できる材料となる。

 未クリアだった隠しルートが極端に短い等の可能性はある。確率がゼロにはならないがかなり気は楽になるし負担も減る。今後無駄足を踏まなくて済むというものだけど。


(問い詰めたい、今すぐ問い詰めたいけど今は無理ィ)


 転送準備アテンションプリーズされている中でちょっと立ち話をば、とはいかないのがもどかしい。

 国家の大事にしか使われない転送ゲートの例外的運用真っ只中、万が一にも転送の妨げになるような行為行動をやらかした場合のペナルティを思えば秩序に反したアクションを起こすなどは禁止も禁止。

 この場では余計なことは禁止、出すぎた真似はしない、目立つ行動は控えるの三拍子が適切だ。


(ああでも悔しいィ、いつもは余計なとこで人の前に出てくるくせに、どうして今回だけはおとなしくしてたのかバカボン3人衆ゥ!!)


 もう少し早く彼を見つけていれば、少々八つ当たり気味に歯噛みをしながら脳内にメモを貼る。

 内容は簡素に「バカボン達が入学してるか確かめる」。

 悩みの種を植えた果樹園もそろそろ規模を縮小したい、豊作の前にどうにか閉園したい、そう切実に願うわたしだった。


******


 転送ゲートを使った長距離移動。

 ゲームで使用した際は明滅する魔法陣に吸い込まれるようなムービーが入ったのだけど、こうして現実的に使用する立場だと演出は全く異なる。

 待ち時間で覚えた感想を一言でまとめると、


「なんというかエレベーターの搭乗待ちって感じ」


 使い方は簡単、魔法陣の描かれた空間に一定数の馬車が駐車し、定数に到達した後でゲートを起動させて跳ばす流れの繰り返し。

 エレベーターの重量制限ギリギリまで客を乗せるのと同じノリである。


「ファンタジーに現実味を感じる矛盾」

「お嬢様、そろそろ我々の順番にございます」

「あい分かったー」


 了を返すもわたし自身に何かすべき役割はない。ただおとなしく馬車の中で待機していればいいだけのこと。

 窓から周囲を覗いても同じように馬車が並んでいる光景が続くばかり。それでも暇潰しに分析するなら伯爵家に連なる下級貴族が集結しているためか豪華な馬車はなく、ウチの馬車に似た無骨で丈夫そうな馬車ばかり。


「出兵かな?」

「ある意味その通りかと──そろそろ魔導機械が作動しますぞ」

「エレベーターの重量制限一杯に人が詰め込まれた、次は扉を閉めて運ぶのみ」


 そんな連想をしたが早いか、薄く、広く、僅かに走る魔力の波動。地面に敷かれた魔法陣が徐々に輝きを増すにつれ、産毛が逆立つような感触が伝わってきた。

 ゲームでは眺めていただけの処理を肌で覚える現実感、生々しさに付随するひらめきひとつ。魔力の巡る速度は異なるものの、既知感を覚えたのだ。


(成程、この魔力の波長はなんとなく魔法『愚者の辿る軌跡』に似てるかも)


 転送ゲートに移動のタイムラグはない、ゲートを起動させれば転送元から転送先に移動は瞬間──ゲートの運用担当官は事前説明でそのように話していた。

 まばたきの一瞬で転送は終了し、うとうとする時間の余裕もなかったはずだ。


 ゆえにこれは。

 目をつぶった半瞬に見た、奇天烈な夢幻だったのだろう。


『ああ、やァ~~~~~~っと「第2王子」ルートをクリアできたァ……!!』

『ほう、シミュレーションゲームの腕も上がったな妹よ』

『他のゲームで使う機会はなさそうで無駄すぎるよ兄たまァ』


 どことなく覚えのある、わたしの見た夢。

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