9-04

 転送ゲート周囲に置かれた待機施設。

 夕刻を経て夜も更ける頃になると結構な数の人間が詰める状態になっていた。こんなに貴族の子息子女が集まる場の多くは社交界と相場が決まっているが、今回ばかりはそれに当たらない。

 ここには場を仕切るホストも執事も使用人もいないのだ、故に秩序なき集団らしく慌しさを形成した。


「ジョアンナ様、こちらにどうぞ」

「セバスティアン、お茶はまだなの!?」

「給仕、ここに給仕はいないのか」

「レディ、一緒にお茶など如何かな?」

「さっき泥が跳ねたのよ! 新しいドレスを持ってきて頂戴」


 若い胃袋が夕食を欲する頃ともなると随分と騒がしくなる。

 ここ一帯はセトライト伯爵を頭にした下級貴族の領地。よって集まるのもピラミッド型の貴族階級で考えればもっとも数多いのが混雑ぶりの理由だ。

 単純に考えると入学する生徒とお付の人間、御家の方針によっては道中のみ随行する世話役なども付いてきていると思っていい。

 この施設自体は軍事拠点のようなもの、お貴族が満足できるサービスを提供することはない。この場で必要なものがあれば準備するのはそれぞれが率いたお供の役目となる。


「お嬢様、乾パンでございます」

「いや、嫌いじゃないからいいけどね」

「冗談にございます。焼きたてのスコーンはジャムをつけてお召し上がりください。ジャムは3種類用意してございます」

「ありがと。でもこの環境でどうやって用意したのか気になる」

「ちょっとしたコツがございますので」


 コツで出来るものなのかを問うのも執事相手には無為だろう。執事以外に現象を再現できるとは思えないからだ。

 能力を自らの欲のままに解放すれば世界は執事に支配されると確信している。


「君の家のセバスティングは色々と特殊だと思う」

「そう?」

「でも執事ってみんな武芸百般だし、分かる気がするかもー?」

「偉いぞクルハ、四字熟語を覚えているじゃないか」


 社交界の会場と異なる喧騒ぶりを尻目にわたし達は共同スペースの一角を確保して食事を摂っていた。

 元は兵舎、お貴族様の接待には向いてない施設でも広さは充分にある。寝泊りできる部屋も数だけは揃っているので調度品や質を問わなければどこでも横になれるのだから、施設を駆け回る彼らのように高望みしなければ慌てふためく理由はあまりない。


「あー、でもクルハとデクナは揃ってツインの方がいいんだっけ?」

「余計な気は回さなくてもいい」

「あとは若いふたりにお任せで」

「同い年だろ」


 照れもせず真顔で返された。しかし彼の指摘は必ずしも正解ではない。


「同級生が全員同い年とは限らないじゃない」

「論点をすり替えるな」

「でも学園の寮は二人部屋が基本なわけだからシミュレート」

「男女は別だろ」


 どこまでも冷静な返しでラブラブカップルの茶化しには失敗したが、ここに揃った貴族の子息子女が全員が同い年と限らないのは本当のこと。

 デビュタントの時期が御家の事情で多少前後するように、学園の入学時期もあれこれの力学が発生する。例えば御家の行事、喪中、当人の体調、家庭内教育の進み具合、そして遠方で婚約させたものの実際の顔合わせ無き番いを共に入学させる等。

 ロミロマ2の主要キャラが凡そ同学年になったり、逆に同い年なのにライバルヒロインのひとりが唯一の上級生となってしまったのもそんなパワーが作用した結果であるとはゲームマニュアルの説明。


(大本はゲームシナリオの都合なんだろうけど、ありそうなコジツケよねェ)


 元より年齢差の開いた婚姻なども珍しくない貴族社会、同学年設定は現実的に考えてもこの先を共にする二人に同じ時間を過ごさせるために先人たちが練りに練った妙手なのかもしれない。

 ──まあロミロマ2では全然上手く機能してなかったり、マリエットがあちこち持って行ったりそもそも学年違ってて過ごせてないじゃんってなったりするのだけど。


「じゃあクルハの身柄はわたしが借りていくわね」

「ああ、夜討ち朝駆けには注意するといい」

「それは経験済みだから……」


 こうして婚約者同士の片翼を同部屋にこの日は眠りに付くことにしたのだ。

 出発は明日の正午。どうか大過なく。


******


 入学まで残り6日の朝。

 夜のうちに寝ている位置を変えたことでクルハの奇襲は不発に終わり、抗議する彼女たちと朝食を済ませた今のわたしは独りを満喫している。

 婚約者同士の朝の語らいを邪魔するほど無粋な女ではないのだ、そそくさと席を立って無駄に意味深なことをするなと追いすがるデクナの声を無視して孤独。


「あー空は今日も蒼いなー」


 施設の喧騒から離れ、まるで短い休憩時間に一服している風味に天を仰ぐ。

 これからの学園生活、短期留学などに比べると心のオアシスを随時確保できる。友人たちと過ごせる点で今まで以上に好条件、潤い無くして渇くことは避けられるだろう。

 しかし人間は環境に慣れる。

 特に贅沢、恵まれた状態にはありがたみを感じなくなる──だから少し離れてみた。


 ガヤガヤと聞こえる人の声、騒がしさの中にある生活の音。

 どれほど尊く眩い色合いであろうと、ロミロマ2の世界観ではあれらが一瞬に失われる脆いものに過ぎない。

 わたしはそれを知っている。

 ゲームで識り、そして留学の帰り道で感じた。


 平穏なる幸せに浸る中、それでも決してやり遂げるまでは緩むまいと、


「よし、頑張るか──」

「まあまあまあ!」


 固めた決意が一瞬でこんにゃくと化す。鋼を通した背筋が砕けてフニャフニャになる感覚に囚われる。

 原因は明白だ、この指向性の波を伴って他人を強制的に和やかにさせるエンジェルハイロゥめいた声の持ち主は。


「……サリーマ様ァ?」

「まあ、たしとかってくださいましたの!」


 喜色に染まった驚きを挙げた彼女と直接顔を合わせるのは三度目となる。

 一度目は御家に招待された時。

 二度目は女主人公マリエットのデビュタント会場で、今回が三度目。

 成長期で僅かな接触しかなかった間柄であるが、彼女が誰なのかはすぐに分かった気付いた声だけで判明した。「わ」の発音が独特すぎるゆえに。


 ほっそりした腰付きとフワフワした髪型、それ以上にふんわり和やかなオーラを全身から出しているような少女。おっとり系で庶民が思い描くいいところのお嬢様感が誰にでも感じ取れるだろう少女。

 しかし世間では『画爵』なる呼称の方が通りがいいのかもしれない才女。

 彼女はサリーマ・ペインテル。

 文通を通じて誼を結んだ、血の代わりに油と絵の具が流れる子爵令嬢である。


(同じセトライト派閥の家だけど、ペインテル領は割と多いから別の転送ゲートを使うと思ったのに)


 忌避するわけではない、嫌っているわけでもない。

 サリーマ様はとても素直でいい人だ、それは保証できる。

 うん、いい人なんだけど。

 ──彼女にはペースを握られて一方的に振り回されるのだ。


「お久しぶりです、アルリー様!」

「お久しぶりですサリーマ様、よく遠目からわたしだとお気づきに」


 カキカキカキカキカキカキカキカキカキ。


「……あの、サリーマ様?」


 カキカキカキカキメモメモペラリカキカキカキカキカキメモメモメモメモペラリカキカキメモペラリカキカキ。


「サリーマ様、ちょっとサリィィィマ様?」


 カキカキカキメモメモペラリカキカキカキシャシャシャシャペラリカキカキメモメモカキカキカキカキカキペラリシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャメモメモペラリカキカキシャシャシャシャシャシャシャ


「サッッリィィィマ様何描いてるんスかァ!?!?!?!?」

「えッ、あッ、ごめんあそばせアルリー様、つい」


 わたしの呼びかけにようやく反応した画爵は手にしていた画用紙を脇に挟んで微笑んだ。まあいい、彼女が画材を持ち歩いているのは許容範囲。以前などは社交界の庭先に場違いな完成作品数枚を持ち入れていたのだ、それに比べれば携えたのはたかだかスケッチブックとペンシルに過ぎない。

 それでも挨拶の初段を終えた途端に鉛筆を握り締め、無言で何かを描き始めたのはちょっと怖かった。滑らかで迷い無く一心不乱すぎて。


「久しぶりにお会いしたので、たしの中のアルリー様イメージを正確に更新しようと思いまして」

「……イメェジ???」

「はい。恥ずかしながらたしは作品にアルリー様の妖精を付け加えるのがひとつの楽しみになっておりまして」

「うん知ってる出来れば加減していただきたく存じ」

「ですがイメージはイメージ、現在の成長なされたアルリー様とは似ても似つかない絵になっているかもしれないのです。なのでこうして更新図を」


 どことなく自慢げに誇らしげに、サリーマ様は一旦仕舞っていたスケッチブックを広げて示す。

 そこにはなんということでしょう、真っ白だったはずの画用紙に今のわたしを模写した絵が何枚も何枚も何枚も何枚も角度を変えて陰影までつけて!

 なんか設計図というか設定みたいな文章もメモ書きされている、こわい!


「…………10秒程度の時間だったと思うのですが」

「慣れです


 それだけが取り得ですから、みたいな照れたハニカミを見せるサリーマ様は実に芸術的才能特化型である。

 貴族社会でも下の方、子爵家では上級貴族のお坊ちゃまお嬢様が名前を連なる美術界に大きな影響力を持っていたとは言い難いはずなのに、既に彼女は某侯爵家令嬢をはじめとするファンを貴族層にも多く獲得しているのだ。

 狭い界隈に蔓延るコネを凌駕する才能なくして不可能な所業、凡骨の理屈を超えた天才でなければ為しえない。


 そんな天才が。

 なんかわたしを被写体として気に入っている。何故ェ。


「そうですね、お友達になってくださった方なのもありますけど」

「けど?」

「アルリー様の瞳に惹かれるのです」

「え、特に変わったところはないですよ。宝石眼でもなんでもない」

「いえ、そういう意味ではなくて、上手く言えませんが」


 理由を聞いたわたし以上に戸惑った様子で、サリーマ様は自身でもどう言葉にすればいいのか迷った風に沈黙した上で、


「アルリー様の、を見ておられるような瞳の輝きに」

「……」


 ウィットの利いた返事が尊ばれる社交会話、わたしは不意を突かれて黙り込む、そして心の中で畏れを含んだ賞賛を零す。


(これが芸術家特有の感性特化!? 何も話してないのに真実を射抜いてきてるゥ!!)


 彼女の言う「違う世界」が前世か、それとも未来を指しているのかは分からない。それでも信用できる執事や友人の誰にも零していない転生事情に関わりそうなわたしの普通でない要素を感性だけで表現したサリーマ様は、やはり天才なのだろう。

 自らが異才だからこそ、他者の違和感にも気付いたのか──


「過分な評価です、わたしは自分と周囲が幸せならそれでいいと思ってる器の小さい『上がり盾』令嬢ですから」

「ご謙遜ですたしにはかります。アルリー様はきっと」

「それより文通で色々面白エピソードを紹介したクルハとデクナの婚約者カップルも一緒に居るんですよ。ご紹介させてください」

「え、本当ですの!? 是非紹介していただきたいです!」

 

 にこやかに睦まじい恋人同士の絵もモチーフにあるんですのよ、と笑顔で応じるサリーマ様を見て「話逸らせたァ……」と安堵する。

 何の情報も根拠もなく直感でいきなり正解を出す感性特化の天才は恐ろしい。


 しかし、この安堵は今だけの安寧。

 わたしがこれから立ち向かう運命には幾多もの異才が立ちはだかるはずだ。

 各ルートの攻略対象ヒーロー、ライバルヒロイン達にバカ殿やアホ姫は存在しない。全員が全員地位の高さに驕らず己を磨き、3年生時点でステータス18の項目をひとつ以上有する優秀な人材であり。

 万能型天才の女主人公マリエット・ラノワールはあらゆる意味で台風の目、順調に成長すれば2年生から3年生の間にステータスオール18の輝きを放つ超新星と化すだろうこと請け合いである。


 そんな彼ら彼女らの意思を左右することが出来るのか。

 起こるはずのイベントに介入し、好感度上昇をやり過ごし、本来の政情カップリングを守り通すことが叶うのか。


「頑張れわたしィ……!」


 示された天才の一例、朗らかな天才画爵を目の端に留め。

 わたしは転送先の箱庭で予想される壁の高さに立ち向かう。


****************

他所で誤字だと思われたサリーマ様語(「わ」を「和」に変換する)にルビ導入実験

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