9-03
ロミロマ2は第2部『戦争編』を見据えた設定から移動通信の手段が極めて限られた世界観で構築されていた。貴族ですら主な移動手段は馬車、一般通信手段が手紙であるように文明の利器は不便になるべくロックされた状態だった。
しかし一方で学園のイベントや休暇中のキャラ間交流を促進すべく、例外的な移動手段は用意されてもいたのだ。
それが『転送ゲート』。
旧魔導期文明の遺産とされるこれは門というより機械的な魔法陣であり、王国各地で発見されたゲートは現代でも機能が生きており、膨大な魔力と引き換えに一瞬で大質量を遠方に届けさせるワープ装置。
原理の解明も再現も未だ為しえない過去の叡智。
(専門家すらもよく分からないものを日常的に使う、いかにもファンタジーな感覚だけどリアリティ持たせると怖い案件だわァ……)
利便性は危険性よりも優先される、特に戦争が些細なことから起きる世界であれば。これもまた悲しいリアリティ。
しかし転送ゲートは避けられない欠点、燃費の悪さから使用条件が国の大事か礼典式典に限ると王国法で制定され、移動先こそ送受信機の間で限定されるものの、ロミロマ2の世界観では破格の性能をしている。
(これの存在が他国に優位、軍を素早く動かせて侵略を容易に退ける一因なんて設定がゲームマニュアルの用語解説にあったけど、あちこちにプレイヤーキャラを移動させてイベントを拾うためのコジツケよねェ……)
ゲームでは転送ゲートで林間学校に行ったり他キャラの領地に遊びに行ったりと便利に使ったものである。
未来の使い道に思いを馳せる中で馬車が向かうのはセトライト伯爵領にある転送ゲートのひとつ。普段は教会が管理しているもののひとつで王都付近に繋がっている主要ゲート。
国境付近の領地から王都までは馬車だと2ヶ月以上、季節や路面の状況によってはそれ以上の時間がかかる。そしてカーラン学園入学式の日付は様々な要因、主に王侯貴族の政治的事情から早期に決定し変更が利かない。
よって地方貴族の子息子女は入学時期に限り転送ゲートの利用が認められているのだ。期日を定め集団での利用をとの但し書きを添えて。
「集団登校みたいなものよね~」
「お嬢様、何か?」
「いいえセバスティング~、なんでもないわ~」
貴族は集団登校なんてする機会もないしね、と前世のマイクロバス幻想を揉み消して効率的運用だと大人の表現に置き換える。
そもそも学園は寮生活が基本、校外敷地の通学路を歩くシチュエーションがまず有り得ないといえば有り得ない。王都に居を構える、または別邸を所有する貴族もいるにはいるが、公務か長期休暇で外出の許可が出される以外で外に出る機会は与えてもらえない。
「城詰めの役人体験かしら~?」
「或いは他家に出されて自由のない実質軟禁な奥方でしょうか」
「不吉なことを~」
学園生活は貴族にとってひとつの区切り。
デビュタントが社交デビューでお披露目存在アピールの区切りだとすれば学園卒業は役目を帯びることが求められる区切り。
婚姻政策の定めし相手に婿入り嫁入りを果たすタイミング、家名が切り替わり文字通りの新生活を始める区切りなのだ。入学前に婚約を果たした子息子女ならなおのこと、卒業後すぐに式を挙げる者も珍しくなかったり。
そして我が友人リストで既に婚約しているふたりといえば、
「デクナも卒業すると正式にストラング家に入るんでしょうね~.既に入り浸ってた気もするけど~」
「お嬢様は他人事ですな」
「そりゃ~相手もいないしね~」
「学園で良縁に授かるかもしれませんぞ?」
「アハハ~、それはどうかな~?」
笑って回答を避けたものの学園は社交場の性質も兼ねているため、そういった一面があるのは否定できない。そしてお父様の様子と誤解っぷりを考えるとすぐさまお見合い、御家が決めた婚約者がポップする可能性も低そうである。
本来なら学園で良縁見繕えとの発言は正しいのだろうけど。
わたしは学園に遊びにいくわけでも婚活をしにいくわけでもない。
どちらかといえば他人の婚活を、フラグ建てを邪魔しにいくというか……。
「なんだかモテなくてさもしい嫉妬女みたいだわ~」
「お嬢様?」
表面上の行動を第三者視点で観測した感想に自らダメージを受けてしまった。
悲しみのわたしは目と口を閉じて意識を途絶えさせた。
──要するに居眠りを決め込んだのである。
******
朝早くに出立した甲斐があったのか、チュートル家所有の軍用馬車は夕方頃には目的地に辿り着けた。
転送ゲートは重要拠点ゆえに護衛隊が常駐している他、時には軍が通過駐留する中規模施設。そのために駐車場も馬を面倒見るスペースも留め置かれた客が宿泊する建物すらも存在しており、周囲の様相はちょっとしたキャンプ場。
広さは充分、そして転送ゲート使用は一ヶ月置きなので今回分を逃せば入学式には絶対に間に合わない事情を併せ、明日転送予定にもかかわらず前日から待機している歴々も少なくない。
「ま、わたしもそのお仲間なんだけどさ」
「そうでございますな」
「学園デビューで遅刻は流石に無様でしょ」
などと貴族的理由は表向き、ノーマルエンドを目指す立場では学園生活が極めて重要であるため、比較的近いのに念押しで泊りがけ待機を選んだのだ。
学園で幅を利かせるなら劣等生よりも優等生、当然の選択である。
セバスティングの操る馬車は滑るように定められた駐車場へと侵入し、指定の停車位置に入り込む。わたしも馬車の操縦はそこそこと自認するがまだまだ及ばない。
果たしてわたしは生きている間に執事という異能存在を何かひとつでも上回る分野を作れるのだろうか。
「さ、お嬢様。足元にお気をつけください」
「うん、ありがと」
手を預け、しゅたりと馬車から降り立つ。静まりかえった場内は多少薄暗く、長々と人が留まるスペースではない。馬好きの子息子女がいたとして彼らが向かうのはこれから馬を休ませるべく連れて行く厩舎だろう。
よって、こんな場所に好き好んで留まっていた輩は、何かしらの目的を持って
「取った!!」
唐突に、何の前触れもなく頭上から勝ち誇る声が降り注ぐ。
誰の声、何の声、何が起きたのか。
それらを確認するよりも早く、わたしの口は囁きを紡いだ。
「魔法『旅の荷物は少ないに限る』」
わたしの右腕が無造作に何もない空間を貫き、ぞぶりと引き抜いた後には木刀を片手に掴んでいた。
脳天を襲うだろう一撃に木刀をかざして盾とする、程なく衝撃が剣掴む右手と添えて支えた左手に伝わり。
襲撃者はこちらの跳ね上げた力を利用して空中一回転、すたりと曲芸師めいて地上に降り立った。
見事な体術を見せたのは貴族らしからぬジーンズ生地で上下を固めたボーイッシュスタイルの軽装少女。
「ああもう残念、取り損ねた!」
「クルハ、変わらず元気なのは嬉しいけど、もうちょっとこの」
「常在戦場!」
「ああうんそうね、四字熟語覚えて偉いね……」
駐車場に潜みし襲撃者の正体は我が友クルハ・ストラング。
片結びの髪が元気に揺れる様子は本人の気質の表れか、共に剣腕を磨いた仲の女友達はよくも悪くもいつも通り。
わたしを見かけると勝負を吹っかけてくる、本当にいつも通りの様子だった。
天真爛漫な姿は彼女の長所、これを失うなんてとんでもない──故に魅力的な笑顔で物騒な座右の銘を言い切るクルハに反論は難しかった。やむなく頷き、代わりに視線で文句を言えそうな相手を探す。
絶対にいる、近くに居る、彼女を完全には野放しにしない彼がいるはずだと見まわし気配を探り、
「デクナ、また離れたところに」
「デッキーこっちこっち!」
わたしの気付きとクルハの呼びかけが同時に突き刺さった、婚約者の手綱を握らない不甲斐なき少年に。
二対の声にも慌てず騒がずおっとりやってきたのはクルハと同程度の身長にまで成長した眼鏡少年。残念ながらフィジカル的逞しさの方向は変わらぬ未発達を維持しているが本人は文官を目指すから気にしてないと主張している。
デクナ・リブラリン。
リブラリン子爵の次男でありクルハの婚約者。ストラング家に婿入りする予定といいながらほとんどストラング家に入り浸っていたのは仲睦まじきことなり。
「5日ぶりだねアルリー。あとクルハ、外ではデクナと呼ぶように言っただろ」
「だいじょーぶ、他に誰もいないからクッパでいいよー」
「まったく、君って奴は」
互いを愛称で呼ぶ、婚約者同士とても慎みを求められる昨今、独り身他者の妬みを買う言動は避けるべきではあるまいか。
「デクナはデクナで口調よりじゃじゃ馬の行動力を制限するべきでは?」
「ハハハ、人間出来ないことをやろうとするのは無駄だろ」
「せめて努力目標を置きなさいよ」
「うん、だから学園で無条件に打ちかかるのは君だけにするよう言い含めた」
「信頼が重い」
ここ数年お互いを高めるべく務めたバトルマニアの相手役、今後も引き続けろと申すか。鍛錬の観点では願ったりの側面もあるけど毎日不意打ちは色々困る。
学園で地歩を固める手段は主に社交、無作為な殺伐空間展開はお上品なお嬢様方から不評なこと請け合いだ。可能な限り自重を求めたい。
「その点は大丈夫だろう。君の暗殺者属性は以前より磨きがかかっている、人目のつかない場で応対してもらえば」
「人聞きの悪いことを言わないで」
「そうは言うが君が閃いたふたつ目の魔法、武器を隠し持つのにうってつけの性能をしているじゃないか」
「それも言わないで」
手にしていた木刀を再び何もない空間に差し込むと手品のように消え失せた。
魔法『旅の荷物は少ないに限る』。
短期留学から帰国後、ふと脳裏に閃いた『愚者』の神由来のふたつ目の魔法。
荷物とお土産の整理をしていた時に浮かべた感想「旅行の荷物って準備も整理も面倒だな」などと考えた瞬間に閃いた、遅きに失した魔法である。
効果は言うまでもない、異次元ポケット作用。容量制限はあるが好きなものを異空間に詰め込め自在に引き出せる魔法。
成程、旅には便利な魔法だとの感想と感慨もそこそこに。
暗殺騒動でこの世界の物騒さと地位ある人間の近くにある危険性を肌で感じたわたしは異空間にサバイバルグッズと武器を迷わず詰め込んだ。あの木刀はそんな一本、竹刀からレベルアップした穏便に事を済ませる用の護身具なのだ。
使い方によっては武器持込フリーが可能な、まさにデクナが言うように暗殺者垂涎の魔法。まさかその実戦投入が友人の不意打ちに対するものになろうとは夢にも──いや、半分くらいはそうなるかもと思っていたけれど。
「クルハ、せめてバトルは1日1回、不意打ちは止めて果し合い形式にして」
「うん分かった! 正々堂々ね!」
「クルハ、四字熟語を覚えて偉いぞ」
これにて騒動の寸劇はひとまず終わり、しかし面倒事をこちらに押し付けつつ無自覚に惚気る系男子に文句のひとつくらい言っておいてもバチは当たるまい。
「あとデクナ、さっき無駄なことはしないって言ってたけど」
「うん?」
「毎日一時間鉄棒にぶら下がっても身長は伸びないと思う」
「な!? 何故それを!」
「クルハがボヤいてたから。体鍛えるなら打ち合ってくれればいいのにって」
「クッパお前ー! プライバシーを軽々になー!」
馬引いて厩舎に向かうセバスティングの目礼を視界に収め、年頃の少年特有の悩みを雑談の肴にしつつ休憩所へと向かう。
転送予定の少年少女が揃うにはまだ時間がかかりそうで、話に花を咲かせるには充分な時間があるのだから。
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