9-02

「あっちでもとりあえず3年間よろしくね、セバスティング」

「は、お任せくださいお嬢様」


 ここに不可思議がひとつ。

 わたしが学園に供連れる執事はニンジャではなくセバスティングである事実だ。


 半年ほど前の難事、リンドゥーナへの小留学に紛れての密使完遂には大公家から報酬が用意されていた。

 学園に連れて行く世話役探しに難航していた男爵家、この窮状が筒抜けだったのか大公家付きの執事をレンタルしてくれるとの報酬。

 その報酬がセバスハンゾウ、執事にして潜入工作のプロフェッショナルというかニンジャだろう。小留学で暗躍しある程度の付き合いを重ねた彼が我が家に貸し出されたわけなのだけど。


 連れて行くのは彼でなくセバスティングになったのには当然理由があった。

 それはこんな顛末である。


「お父様!」


 ある日、まだ冬に入ったばかりの頃。

 公務を終えて帰宅したパパンことチュートル男爵家当主ダンケルさんに土下座をかます。ズシャアと勢いつけたスライディング土下座で絨毯との間に生じた摩擦熱が膝を焼いたが構うことはない。


「な、なんだアルリー、我が娘よ。突然の土下座とはいったい」

「折り入ってお父様にお願い事がございます」


 奇襲めいた平身低頭からの隙を見せない上申。親子関係でも公的な立場を優先すれば当然ながら上下を意識せざるを得ないのが貴族社会。

 いざ身分が下の者が要求を通そうとするなれば相応の態度と言葉遣いが求められるのだ。


「……余程重要事と見える」

「はい、わたしの今後に関わる重要なお願いです」


 こちらの真剣味溢れる態度を汲み取ってくれたのか、チュートル家当主は重々しく頷いてひとつ。


「──分かったぞ、男だな」

「………………………………は?」


 ちょっと理解が追いつかなかった、フリーズした脳の再立ち上げに数秒かかった。そのタイムラグにダンケルパパンは脳内水蒸気を高圧で放出し始めていた。


「男が出来たと申すか、どんな相手だ、いつどこでどんな出会いをしたと言うのか」

「あの、お父様?」

「やはり留学か? 羽を伸ばした非日常でアバンチュールが発展したか?」

「お父さ」

「いや出会いは聞かぬ、出自も問わぬ。だがしかし」

「おとう」

「まさか青瓢箪の軟弱な輩ではあるまいな」

「おと」

「このワシの娘に並び立つなら相応の腕を示さねば納得はいかぬ。セバスティング、ワシの私室より剣を持てい。棚から3番目の奴だ」

「これにて」

「うむ、どうれ今すぐそやつを連れてまいれアルリー、このワシ自らが剣腕を以って人品を見定めてやろうぞ。うわはは」

「パパン」

「ふごッ!!」


 ズビシ。

 ポケットから取り出した飴玉を親指で弾いてパパンの顎を下から撃ち抜く。ちょっと沸騰した頭で正気を失っていた感ある戦闘系男爵は指弾の不意打ちによろめいた。


「何をするアルリー、人体急所狙い撃ちは割と痛かったのだが」

「そういう、浮ついた、お願いでは、ありません」

「ぬうう?」

「わたしのお願いとは、学園入学の準備に関するものです」


 噛んで含めるように仕切り直す。

 第一歩から暴走したパパンの鎮まった瞬間に要求を畳み込む。これは相手の弱点を探り集中して攻撃する戦闘にも通じるノウハウ、制止や中断を許さず優位を保ち、勢いのまま決着を狙うのだ。


「学園入学に連れて行くお世話係、小留学が縁で都合をつけることが叶いましたが、やはり身の回りの世話を任せるなら気心知れた相手が望ましく」

「ふむ」

「なのでセバスティングと臨時執事のセバスハンゾウと交換してください」


 セバスハンゾウ。

 彼の素性には嘘を貼り付けている、あくまで小留学が縁で雇うことが出来たフリーの執事という建前を通している。

 ──そうでなければ大公家が伏せた密命の存在を明らかにしなければならないので止むを得ないのだ、うそつきは貴族の始まりとはこのことか。かなしい。


「是非、連れて行くのはセバスティングで、是非」

「……ううむ」


 豪胆なるパパンダンケルはらしくなく即答を控えた。理由はごく単純で、


「しかしセバスティングがいなくなると領地の仕事を回せるか不安が残るのだ」


 『上がり盾』の武人貴族は書類仕事の多くを初老の敏腕執事に頼っていたのだ。自身の文官ぶりに過大評価を出来ないパパンはブレイン執事を引き抜かれると困る本音を語ったわけだが、そこはそれ。

 セバスハンゾウは大公家の執事である。無能が就ける役ではない。


「それは大丈夫ですお父様、セバスハンゾウの能力はセバスティングも太鼓判を押すほどですから」

「お嬢様のおっしゃる通りでございます」

「なのでまずは試しにどんどん押し付けてみてください」

「そ、そうか?」


 こうして半月の試用期間を経て執事交換の上申は承認を得るに至った。ニンジャの仕事ぶりはパパンをしても合格を出して余りある働きぶりだった。ウチの帳簿に後ろ暗い点は何もなく、どんどん仕事を任せることが出来てパパンご満悦、誰もが笑顔で終われる取引に終わったのだ。

 これにてめでたし、めでたし。


「それはそれとしてアルリー、ワシは残念だ」

「は、何がでしょうお父様?」

「ワシはこう、お前が留学で良い男をガシッと捕まえてくると思っておったのに」

「……あの、一応他派閥の人間が大半の行事だったのですが」


 めでたしと言っているのにパパンは追撃をかけて来た、というか浮ついた話題を蒸し返して来たので反論しておく。

 あのイベントは、リンドゥーナ小留学の参加者はブルハルト派閥の人間が中心で大公家派閥に属するウチとは異なる。そこから婿探すのは如何なものかと。

 なのに、


「ハハハ、構わん構わん。所詮ワシは先祖代々のあれこれがない『上がり盾』よ。お咎めを受けて騎士階級に戻されてもたかが知れている」

「えー……」

「それに『恋愛は下々に許された最大の娯楽』だ、上の方々に出来ない選択のひとつくらい娘に与えてやりたいのが親心というもの」


 恋愛は下々、或いは庶民に許された最大の娯楽。

 貴族の婚姻は御家の地位向上や安定、または国家安寧に根差した政略。情愛よりも計算が先立つ冷たい論理の結実だ。

 クルハとデクナのように下手な恋愛よりも以心伝心水魚の交わりになる例もあるが基本的には心情二の次、身分は婚姻に対して心の自由を縛る鎖である。貴族子女に恋愛小説が人気なのは手の届かない夢の世界の話だからこそ。

 そして身分に縛られない庶民が唯一貴族に勝る点が愛する相手と結ばれる権利、恋愛事だとは物の本で読んだことはあったが。

 末席でも貴族の椅子に座る男爵がそのような配慮を示すとは。


「だからなアルリー、お前はどこの誰でもよいから気に入った男、自分の目に叶った相手を連れてくればいい。後のことは心配するな」

「お父様」

「まあワシの娘の婿になる覚悟は問うし、腕試しはするがな! 今から備えは忘れまい、フハハハ!!」

「パパン剣は片付けて」


 機嫌いいのか悪いのか分からない勢いで剣を振り回すこの世界での父親を宥めつつ苦笑いを浮かべる。

 配慮はありがとう、でも多分そんな余裕が生まれるのは最低でも4年くらい後だと思う──未来を見据えた本音を片隅に。


******


 馬車に歩み寄るほんの道行きに少し前の出来事を思い出した。これから旅立つ無骨な鉄の箱、乗り口で扉を開いて頭を下げているセバスハンゾウを見たからだろう。


「いってらっしゃいまして候、お嬢様」

「うん、セバスハンゾウもこっちで頑張って」

「まさか後詰を仰せつかるとは思い至らずでござったが」

「セバスティングと信頼度が違うから」

「そう言われればぐうの音も出せぬにござる」


 わたしに付いて学園に赴くはずだった彼、その役目を姫将軍から請け負った彼。

 しかしあくまで契約は「執事を貸してくれる」であって学園に連れてくる云々では無かった。レンタル人材の配置は自由、故に現場で引っくり返して今に至る。

 しれっと不満、或いは苦情、本来の役割から外されたクレームらしき軽口を叩いたニンジャに飾らない本音をぶつける。あまりにも率直な回答に表情隠しの微笑を絶やさないハンゾウの顔に僅かな苦笑が浮かんだ。


「いま少し早くお嬢様に仕えていれば信頼を勝ち得たやもしれませぬが」

「どうかなー、わたし猜疑心が強いから」

「本当に疑り深い御仁は吐かぬ言葉にござる」


 実態は猜疑心よりトンチキな転生事情から下心を以って姫将軍にも近付く必要があるのと、未来予想を覆す不可解行動を許容してくれるか否かの度合いである。

 学園では時に意味不明、第2部『戦争編』に繋がる好感度稼ぎイベントの内容を知るからこそ理屈で言い表せない行動を自分や周囲に強いる場面もあるかもしれない。

 セバスティングやクルハデクナ、そしてランディなら多少は笑って許してくれるとの確信があり──


「まあ縁がなかったと諦めて」

「御意」


 もう一度深い笑みを浮かべてセバスハンゾウは深々と一礼した。ただし引き下がった上で一言添えるのが転んでもタダでは起きないツワモノ。


「このセバスハンゾウに用向きあらば一筆お送りくだされば」

「へ?」

「遠方の地にてもふたり分くらいの働きはこなしてみせ候」

「分身しそうで怖い」


 いざとなれば彼の情報収集能力を頼れるかもしれない、でも大公家に行動が筒抜けになるのは遠慮したい──悩ましさを残しつつ上位者から貰った厄介払いは一応の決着を見せた。よって物語は次のステージに向かう。

 わたしが馬車に乗り込んだのを確認し、既に御者席に着いたセバスティングは軽やかに馬を操り鉄の箱は目的地に向かい始める。

 最終目的地はカーラン学園。

 男爵家の屋敷が遠ざかり、市中を抜け、町外れに至り、街道といって差し支えないほど踏み固められた道を北上する頃に。

 馬車の前窓、御者と会話するための小窓からセバスティングの声が問いかけてきた。


「しかしお嬢様、本当にわたしくめでよろしかったのでございますか」

「え~、なにが~?」

「このセバスティングめは老体。彼の者に比べれば全盛期をとうに終えた枯れ木にございます。お嬢様のリクエストに全てお応えできるかは」

「ああ~、そんなこと~」


 常に隙が無く、しゃんとした立ち姿を自然に整え、いかなる作業をも手際よくこなす万能執事が珍しく発した自信なさげな問い。

 情報を伏せていなければ、セバスハンゾウが大公家の執事だと知っていれば「上級貴族の執事の方が優秀」だとの点も付随してそうな疑問。

 性能だけならそうかもしれない、ただでさえ万能存在の貴族執事にニンジャ属性を交えた彼は能力だけならセバスティングを上回っているのかもしれない。


「でもわたしが無条件で信じられるのはセバスティングの方だから~」

「お嬢様……!」


 馬車の振動がもたらすビブラートに負けじと真剣味を添えて答える。

 というか正直二人とも凄すぎて差が分からない、執事が優秀すぎるロミロマ2世界では多少の誤差があっても素人には計りきれない。

 いずれも小娘の理解を超えた存在ならば、より信用できる方がいいのが人情ではあるまいか?

 わたしの心からの回答をどう受け取ったか、セバスティングは感激にむせぶ声で納得した旨を伝えてきたのだ。


「分かりました。このセバスティング、お嬢様のためならユグドラシア国の伝説にある岩の聖剣を探し当て引き抜いてお嬢様に献上致しますぞ」

「それ意味なくない~? 引き抜けた時点で剣に選ばれたのセバスティングだから貰っても意味なくない~??」


 馬車は走る。

 先の運命を識る少女と忠義溢れる老騎士を乗せて。

 向かうのは学園への中継点、伯爵領に鎮座する旧時代の遺産。


 『転送ゲート』。

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