カウントダウンの章

モブの入学編

9-01

『ここがカーラン学園、貴族様たちが通う学び舎なのね!』

『こんな素敵な学園に通わせてくれたお義父様お義母様のために、あたしは頑張らなくっちゃ!』


 ロミロマ2。

 正式タイトル「新世紀ロミジュリロマネスク2 ~乙女擾乱~」という乙女ゲームのパッケージを本格戦略シミュレーションに仕立て上げてしまったゲームは、とある男爵の養女となった女主人公が学園に入学するところから始まる。

 このゲームは2部構成で、第1部は少年少女の入り乱れる場として定番中の定番、小世界にして社会縮図の代表ステージ『学園』を中心に人間模様が描かれた。


(そう、第1部はまだちゃんとした乙女ゲームの体裁だったんだわ)


 学園。

 貴族専用の高等機関『カーラン学園』。

 市井の立ち入れぬ教育機関であると同時に貴族社会の未来を担う人材が集った若人たちの社交場、時には海外からの留学生を受け入れて外交の場としての機能も果たす様は鉄を組み煉瓦で固め青い血で染め上げた伏魔殿。


 学園の掲げる「学園内では皆学生、身分の差を考えず広く交流を持つように」との理念は誰もが聞き流す。立場を忘れて振る舞うのは前世社会でも社会性欠如の烙印を押されかねない所業、まして面子を重んじる貴族社会では言わずもがな。

 例外的振る舞いが許されるのは身分が上の者から下の者に対し、気さくに接するがせいぜいだ。悲しいかな身分制度が骨子の世界観ではこれが現実である、好漢ムーブをするにも権利や立場が要ったのだ。


(『公爵』ルートの彼はそういう一握りだったっけ)


 理念は空しい綺麗事だが学園での生活は今後の人生に大きく貢献する。

 集った貴族の子息子女たちは共に学び、派閥に参加し、上下関係を意識し、気に食わない相手とも表面上仲良くする術を会得し、にこやかに握手しながら逆手にナイフを握る訓練を己に課す。

 この学び舎の形をした戦場、剣持たず矢の飛び交わない戦場、授業によっては時々剣持ち交える戦場に足を踏み入れる時が来た、来てしまった。


「わたしの入学まで、とうとう一週間かァ……」

「然様でございますな」


 既に雪は溶け、明るい日差しに小鳥たちが舞い跳ぶ季節。

 隣国リンドゥーナに赴いた短期留学からの帰国後、平穏無事な日々を過ごすも光陰は矢の如し。迫る危機は刻一刻と近付いての今。

 思わず漏らした独り言、重大事を前にしてわたし自身どんな感情を篭めたのか計り知れないそれに気の利く執事が合いの手を入れてくれる。

 実にそっけない、それだけにただ事実を述べた気負い無い言葉に落ち着く。ならばと続けた台詞も事務的な手続きに関するものとなる。

 落ち着いて、第一歩は冷静に段取りを踏まんと欲す。


「準備の方は?」

「無論、とうの昔に完了しております」


 後ろに控える執事の頼もしい保証を背景に、わたしことアルリー・チュートルはバッドエンド回避の最前線、最大最後の戦場に向かうのである。

 ──とはいうものの、決着にはまだ4年の時間がある。


 ロミロマ2の没キャラ、わたしが転生したアルリーというキャラクターはゲームの女主人公マリエット・ラノワールの1年先輩だった。

 つまり、つまり、わたしの入学とは。


(ロミロマ2のゲーム開始1年前、365日カウントダウンが始まるゥ)


 この世界がゲーム通りに進行するならば、との前置きは付くが。

 男爵令嬢でしかないマリエット・ラノワールが入学を果たした後、前述の誓いと義理の両親が注いだ愛情に報いてみせると頑張りを見せて。

 ──否、頑張りすぎて。

 ただの田舎貴族らしき少女は瞬く間に恐るべき才能を開花させ、上級下級を問わず学園中の耳目を集め、その多くを魅了し、様々な問題を解決した挙句に他人の婚約者と仲良くするチート無双を発揮し始めるまで残り1年。

 それまでにわたしは学園内で地歩を固め、マリエットの活動行動に干渉できる程度に立場を築かなければならないのだ。


(勿論、遊び呆けていたつもりはないけどさァ)


 転生時点の9歳スタートから状況を把握して6年ほど。

 可能な限り努力をしたつもりだ、経験が身になるチートの下で勉学に武術に舞踊に話術に魔術にと打ち込み、ステータスはゲームスタート時の上限12で埋め尽くした。


(このオール12キャップは入学後に制限が外れるのかもしれない。ゲームの仕様だと入学直後のステータス上限が12だったわけで)

(ゲームでのイベント発生条件はステータスと好感度だったんだから今後の鍛錬も疎かに出来ないわ)


 交流を促進し、筆まめに生き、信用できる友人も作った。


(クルハとデクナ、ゲームには居なかった2人は頼れる友人だけど甘えすぎないよう気をつけないと。2人も自分達の御家を背負ってるのだから)

(サリーマ様は何をどこまで頼っていいのかわたしにも分からない問題)

(ランディは……流石に帰国間に合わなかったわねェ、入学前にみんなで会いたかったけど残念)


 おかしな政情や騒ぎにも少々巻き込まれ、おバカなボンボンを咎めたり腕を捻じ曲げたり心当たりを引用した詭弁でへこませたりもした。


(あれからバカボン達からは特に干渉が無いのだから言葉で凹ませたのはベターだったと信じたい)

(別に仲良くしたくもない連中なんだからミギーの隠しキャラ疑惑の真偽がハッキリしてくれればねェ……)


 そして、暗殺騒動に身を置くもどうにか生還したりもした。筆頭公爵家からの理由は伏せた礼状が届いた件はパパンを通じて上に報告がいったはずだけど何の音沙汰もないのは特に問題なしと判断された、んだと思う。


(我ながら自分を褒めてあげたい頑張りだったんだけどォ)


 だがしかし。

 悲しいかな、これらは全てマリエット・ラノワールが居ない場所でのことであり、彼女が関係を持つ主要キャラクター達にもあまり関わり無い事象。ブルハルト四女様の暗殺騒動とても魔女ホーリエからすれば他家の者が国家重鎮たる一族のために頑張った程度の認識に違いなく、わたし個人が目の端にすら映りこめたかどうか怪しいものだと思っている。


(感謝状とか貰ったけどあくまで御家からの定型文だったし、四女様から別個に来たから尚のこと)


 とても個人同士の交友を約束するものではなく、そしてマリエットが学園で積み上げるのはそれこそ大きな身分差を取り払った等身大の人間同士、個人同士の関係性を重ねた先にあるものだ。

 わたしの目指すノーマルエンド、マリエットが攻略ヒーローの誰とも結ばれることなく終わる平穏を得るには彼ら彼女らの個人行動こそが重要時で。


(しょうがないけどそこには何も、全く、全然干渉できてないわけでェ!)


 少年少女の出会いと接触交流対立反発激突を繰り返すのが学園である。

 よって学園入学からがルートの選別、干渉を行うべく真なる本番の地となるのだけど、大きな懸念材料がひとつ。


(わたしとマリエットの年齢差、この1歳差は吉と出るのか凶の目なのか)


 僅か1歳、されど1歳の差。

 学年の違いはたった3年間の学生生活ではかなりの大きなハンディキャップである。何しろ学生は往々にしてクラス単位で活動する。ダンスの授業のように広い空間を使うため学年を超えた合同授業などもあるにはあるが、個人的な交流のない身で年下と一緒に行動する機会などは極端に少ない。

 そしてロミロマ2において学年の差はキーワードのひとつ。


(マリエットと主要キャラたちはほとんど同学年同級生になるんだけど、ひとりだけ上級生のキャラがいるのよねェ……)


 ここに大きな頭痛の種が根を張り始める。

 即ちひとりだけの例外、他のキャラクター達よりも1年先の入学を果たすライバルヒロインの存在がある。

 ひとり学年違いで生活する彼女は学園内で婚約者と物理的な距離を置き、要所で登場するも個別にはロクな交流を描かれない。その結果、攻略ヒーローが婚約者を差し置いて同学年の女主人公マリエットと交流を深め、衝突と対立の果てに急接近してしまうルートが存在するのだ。

 このルートの芽を摘むのは同じ教室で学ぶ機会の少ない先輩の立場では難しそうで早くも頭が痛い。


「残り1年、彼女との関係構築は大きな課題のひとつだわねェ」

「は、何がでございましょう?」

「どうにか関係築いて彼とマリエットとの間に割り込ませないと……」

「はて、仲人ですかな?」

「別に写真持って紹介するわけじゃないから」


 むしろ婚約はもう済ませている者同士、様々な政情を背景に組まれた婚約関係を瓦解させるのがロミロマ2である。もはや仲人の役割は終わり、後はせっかく組んだ縁談が反故になったと慌てふためくのがせいぜい。

 わたしが自分に任じた役割は、そのようなものではないのだ。


「お嬢様、そろそろ出立のお時間でございます」

「うん、分かった」


 最後に姿見を軽く覗き込む。

 鏡に映るのはゲームで見覚えある立ち姿とあまり変わらない、中肉中背中庸平凡フェイス&ボディのオレンジ髪少女はザ・モブとの表記がまさに相応しい。

 それでも「あまり」と表現した理由の違いを上げるなら、ゲームではショートボブだったアルリーに対しわたしは髪を背中ほどまでに伸ばしている点。

 前世世界では手入れが面倒等の理由で忌避される長髪に挑んでみたのだ。


 新生アルリーここにあり、と言うには少々大袈裟だけど。

 わたしはゲームとは異なる形に、立ち姿になれる。

 つまりこの世界はゲームそのものではない──との理解を篭めた髪型でもある。


(なら行くか、わたしがここで平穏に、友達と楽しく生きられるように)


 しっかりと己の欲を背景に、ばさりと旅装のマントを翻し自分の荷物を両手に鞄提げた貴族子女らしからぬスタイルで門扉前に控えた馬車に歩み寄る。

 在学中は基本的に寮住まいの学園生活、長期休暇でもない限りは自宅に戻ることはない。貴族の邸宅としては手狭とされるお屋敷はわたしにとって心安らぐ空間で、ちょっと絵の具の匂いが満ちすぎる自室ともしばらくお別れだ。


「いってらっしゃいませ、アルリーお嬢様」

「家のことはお願いねエミリー。まあ頼れる執事も残していくけどさ」

「念押されずとも分かっておりますわよ、バカですね」


 6年経ってもあまり改善されないメイドの口悪さに見送られ、男爵領を後にする。目指すはカーラン学園、王国中央に屹立する教養と階級の殿堂。

 先立って荷物を運ぶ執事に改めて声がけする。学園への供連れ、友人以外に頼れる最強の存在に。


「あっちでもとりあえず3年間よろしくね、セバスティング」

「は、お任せくださいお嬢様」

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