8-16

 旅は終わった。

 長きに渡ると口走るには期間的に物足りず、出来事的にはもう勘弁してくださいと言わんばかりの小留学は確かに終わったのだ。

 そして旅先から出戻った後で消化すべきイベント事といえば旅行の手土産を持ってのご近所周りと相場は決まっている。

 パパンや使用人2名に渡す他、文通先には絵葉書などを送りつつ、個人的に顔を出すべきところと言えば


「というわけで来たよー」

「ひさしぶりアルリー受けてみよー!!」

「挨拶くらい平和にしようよ、太刀筋が素直すぎる」


 言葉を追い抜く勢いで木刀一閃が鞘走るのも久方ぶり。

 相変わらずの友人に抗議しながらも手土産で受け止めるくらいには慣れた行事。訪問先のストラング男爵家、一人娘のクルハは外見こそ成人を前にしてナイススタイルに育っているのに中身は今日も野武士だった。


「わ、それ仕込み武器!?」

「暗器バグ・ナク。本場のリンドゥーナ土産で買ってきた、クルハにプレゼント」

「わーいやったー!!」


 バグ・ナクとは「虎の爪」を意味するインドの鉤爪武器。

 元々は手のひらに握って隠し持てる暗器だったらしいがフィクション引用でどんどん巨大化し、手甲に三枚の刃が付いたような暗器要素皆無のものが出始めた。まあビジュアル的に手の中に隠されると映えないから仕方ない。

 旅の土産に武具、冷静に一歩を踏み出せばおかしい気もするが喜んでもらえたならチョイスは間違っていなかったようだ。

 やはりプレゼントとは自分の押し付けよりも相手の気持ちになることが肝要だ。

 なおグラビア界で通用しそうな美少女が笑顔で暗器を手に装備してるシュールさからは目を逸らすこととする。


「あんなもの買い与えるなよ、また面倒なことになるだろ」

「開口一番手厳しい意見だわデクナァ」

「あとはお帰り、無事で何よりだ」

「そっち第一声にするのが普通じゃない?」


 まだ入り婿してないのにストラング家に常駐している感あるデクナ……デクナの家名なんだっけ? というのは少々酷いだろうか。

 彼もまた成人を前にして立派な眼鏡キャラに成長している。身長が少々物足りないと嘆いているのは知っているが文官キャラなら問題ないさ。

 既に生活空間を共にするのが当たり前と化している彼らの密着ぶり、デクナの実家リブラリン子爵家ともども放任ぶりに驚くべきか、ベストカップリング成立の妙を褒め称えるべきか、とにかくこの2人はいつも一緒だ。

 心のオアシス、どうか泉よ涸れないで。


「クルハには物的お土産がメインだけどデクナには土産話の方が喜ばれるかしら」

「ほう、それは見聞を深めて来た自信かな?」

「思った以上に密度が濃かったのは確かだと言い切れるかな。これが露払いのお土産。あっちの歴史書」

「ふむ、興味深いものを買ってきてくれたな」

「目を通したけどリンドゥーナ側の歴史書だから王国の悪口が直接間接仕込まれてて面白かった。両国の溝は深いわねェ」

「歴史なんてそんなものだろう。目の上のたんこぶなら尚更だ」


 ライバル関係にあるからこそ見方がきつく厳しめになる。

 脳筋クルハの婚約者とも思えないクール視点の14歳、プラスマイナスでちょうどいいナイスバランス。両家の未来はきっと明るい。

 その明るさを守護らねば。


「で、本命の土産話なんだけど──」


 かくして文官系冷静紳士候補のデクナに旅先の出来事を話せる範囲で話した。

 ──話せる範囲で、という点がポイントだ。色々話せないことに巻き込まれたり噛んだり噛まれたり穿たれたりしていたのだから仕方ない。

 特に大公家の密使イベントと四女様暗殺未遂事件については固く口を噤む必要があった。前者は言い含められなくても自粛案件、後者は事件の影響と今後の捜査を鑑みて緘口令が敷かれたために。


「──という感じで話せる範囲はこんな具合なんだけど」

「聞いた内容だけでもお腹一杯なのに、その言外に隠してる機密含んでますって言い回しは止めてくれないか?」

「で、話せない内容はここに書面でしたためてきたからよかったら」

「文字にすればいいってものじゃないだろう!?」


 冗談で用意した紙束は即座に焼き払われた。ひどい。


「でもデクナ、火属性の魔術を使えるように鍛えたんだ?」

「ランディに触発されて魔術関係は熱を入れたからな。生憎火属性はランクCで高みは望めないんだが」

「それオールランクDのわたしに言ってる?」

「すまん」


 素直に謝罪されるとそれはそれで虚しい。

 しかし懐かしいエピソードだ、庭師仕事が原因かランディはわたし達の誰よりも魔力の肉体強化に秀でており、それが原因でクルハデクナも魔術訓練に雪崩れ込んだんだったっけ。


「あ、先に名前出されちゃったけどランディと会ったのよ」

「へえ、どこでだい」

「だからリンドゥーナで」

「……すまない、ちょっと意味が分からないんだが?」

「わたしもよく分からなかったけど事実は事実。リンドゥーナ貴族の邸宅で庭師してたところで偶然再会したってわけ」

「……………………有り得るといえば有り得る、の、か?」


 その時の状況を上手く誤魔化して説明する羽目になった。

 幸いにして四女様のお貴族邸宅訪問の日常は話してよい範囲だったので、出会った場所を捏造すれば他の点については嘘を付かずに済んだ。

 友人にはなるべく虚偽申請をしたくないものである。


「──というわけでお母様の病気を治すために帰国してたらしいわね」

「ふむ、ご母堂が無事なら安心できる話だが」

「あははは、世間ってせまいねー! あははは!」

「クッパ、会話に混ざるのか武器振り回すのかどちらかにしろ」

「あははは、あははは!」

「混ざれ」


 クルハの陽気なアメリカンぶりにわたしなどは心和む光景、しかしデクナは手厳しく矯正を施そうとするもあまり効果があるように見えない。

 来年には貴族学校に入学を控えている時期ともなればナイーブに心配が加速するのも無理ないかしら。


「こっちはこっちで相変わらずだったと解釈しても?」

「人間、一朝一夕に変わらないんだ」

「出会ってから6年近くが経ってるんだけど」

「人間、出来ることと出来ないことがあるんだ」

「手のひら返しすぎでは?」

「ま、今日に限れば君の帰国が嬉しくてはしゃいでる面が強いんだ。普段はもう少しまともだよ」

「婚約者の評価とも思えない辛辣さに目頭が熱くなる」


 彼の忠言に従ったのか、それとも珍しい武具をひとしきり振り回して満足したのか、クルハはおとなしくはないけど席に着く。素直で愛らしい目付き、機嫌よさげな笑顔などは可愛らしく尻尾を振る柴犬を思わせる。

 中身は闘犬だけど。


「それでランディ元気だった?」

「うん、身長すごく伸びてたわ」

「強くなってた?」

「戦ってはいないからなんとも……」

「どうして!?」

「そんな心外みたいな顔されても。貴族子女と庭師が再会を祝してまず戦うってどんな修羅の世界よ。ストラング家じゃあるまいに」

「あたし的には凄く強くなってると思うな!」

「それはお前の願望だろクッパ」

「デッキー弱々だからその分を期待したいし」

「ハハハ次のハロウィンを楽しみにしとけ」


 二人のイチャツキぶりを直視する致死量が迫る中、魔力の肉体強化先駆者に対するクルハの期待は重いというかおかしい。力仕事の庭師を続けていれば衰えはしなくとも強くなる必要はあまりないだろう。農具に縁はあっても武具には無縁な生き方なのだ、彼女には残念なことに。


「本人申請だと来年にはこっちに戻って来る予定らしいから聞いてみれば?」

「え、戻って来るの?」

「念押しした、間違いなし」

「やったー! アルリーも嬉しそう!」

「……うん、まあ」


 何の飾りもなく率直に図星を突かれると少々面映ゆいものがある。頬をかいて誤魔化しつつも「貴族社会は婉曲表現が好まれる傾向にあるのに、その辺の機微は教えなかったんスか」とデクナに非難の目を向ければ、


「基礎固めが大変なのに応用テクニックまで細かく手が回るはずないだろう」

「正論を言いよるゥ」

「せいぜい他人には踏み込んだ発言をするなと言い含めるので手一杯だよ」

「……それはそれで照れる」


 明後日の方角を見る形で2人から顔を逸らす。

 つまりクルハにとってわたしは身内同然で、デクナもそれを容認しているという図式が成り立っている。

 なんやこいつら可愛い奴らめフハハハ。


「アルリー顔赤いね、どうしたのー?」

「触れてやるなクッパ、それが人情というものだ」


 可愛くないぞグギギギ。

 こうして幾分恥をかかされた気もするが、二か月もの間に足りなかった癒し成分の多くを取り戻すことが出来たのは幸せだったと言えよう。

 残りのシーズンはこうして平穏に暮らせますように。

 その先、来年の春には、とうとうカウントダウンが始まるのだ。


 わたしがカーラン学園に入学する時。

 それはヒロインマリエットが入学してくるまでの残り時間が365日しかないことを意味するのだから。

 マリエットが1歳年下、これはわたしことアルリーが没キャラに成り果てた原因であり、『第2王子』ルートを成立させた、もしくはこじらせた要因でもある仕込み。


「では見聞を広げて一端の知識人ぶるアルリー君にはクッパの教育係を手伝ってもらおうとしようかな」

「早速人を使いッ走ろうとする姿勢、イエスって言い難い」


 少ない残り時間にどこまで詰め込めるのか、学園で婚約者に恥をかかせないよう努めるデクナにとっては死活問題かもしれない。


「君に教えてもらいたいのは国語数学理科社会の──」

「待って待って待って、今まで何を教えてきたの!?」

「道徳」

「くっそ正論を言いよるゥ!!」

「冗談はさておき実際は国語や社会歴史はそこそこ教え込めている。戦史や戦由来の故事成句に絡めると意外と聞き分けがよくてな」

「ウィークポイントを突いた見事な作戦だと褒めずにはいられない」


 人間、興味のないことを覚えるのは苦痛なのだ。どうやって他者の関心を引いて煽るかは教育者の、ひいては指導者の器が問われると言っても過言ではない。

 こういう話題を論じるのは嫌いじゃない、何故なら政争暗闘に関係しないから。


「わたしもそっち路線で攻める方法を組み立ててみるか……」

「武術訓練ならいつでも歓迎だよー?」

「その自主性は他で発揮して欲しいな、具体的には理系とかァ!!」


 短期留学が無事と言えずとも終了を迎えたように。

 負担はあれども害のない、子供の日々は終わりに近かった。

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