8-11

 送迎会が卒業式相当の行事ならばお別れ会は後輩が先輩に花束を渡したりサイン帳に記名を求めたり写真撮ったり、個人的に別れを惜しむ会に当たるだろうか。

 ただし今回の短期留学は政治主導の外交的側面が先走り、とても個人的交友を深める環境になかった──との言い訳を付け足しておこうと思う。


 代表生徒による花束贈呈の儀がしめやかに行われ、そのまま別れを惜しむ様子もなくお互いに解散する様をおざなりに感じてしまうのは学校行事と同一視が過ぎたわたしだけかもしれない。


「ま、学友作ったりの場じゃなかったから仕方ないかしらん」

「さもありなんで候」


 留学に便乗しただけのニンジャがしたり顔で頷いている。

 いや、あんたこそこの行事を100パーセント留学以外の目的でありがたく政治利用したお人の遣いなのでは?

 実に嘆かわしいみたいな表情をしても嘘臭さが限界突破で白々しい。


「この後の予定にござるが、今日半日を休養していただき、出立は明日。日和よく冬前の今なら予定通りに帰国でき候」

「慌ただしいことこの上ないわねェ」

「こと此度の行事に関しては帰国後の情報検討と分析が主。早けき帰国を待ちわびたのは我らに限らぬという話にござる」

「世知辛いィ」


 かくいうニンジャ一行も密書の返信を大公家に届ける他、リンドゥーナにおけるブルハルト家使用人の動向を監視していたのだろう。王家でなく筆頭公爵家、王家と大公家に次ぐナンバー3が良好ならざる隣国との交流を進めた思惑などを掴むために。

 四女様と次男様は表向きの使節代表、その裏で実務を仕切る使用人、おそらく高位の執事や行政官が誰と接触しどんな折衝を行っていたのか、何を目的としたものなのか等々。


「考えまい」

「それがよろしいかと存じまする」

「一言だけしか呟いてないのに詳細を察知しないで欲しい」


 油断すれば発生する政治の闇から目を逸らし、半日の休息をカレーでも食べて過ごそうと気持ちを切り替えたのだけど。


「失礼致します。アルリー様、アリティエ様がお呼びでございます」


 音も無くすっと現れた四女様付き侍女長が晩鐘の鐘を告げ、わたしの食べ歩きを許してくれなかったのだ。

 自由は死んで、結局半日魔術鍛錬した。


******


 明刻。

 セバスハンゾウが口にしたように、ブルハルト家一行も帰国する日が待ち遠しかったのだろう。

 一応は持て成される貴族一同に含まれていたわたしが寝台から身を起こした頃、既に旅支度を完璧に整えた馬車群がピッカピカに磨かれて学舎前に勢ぞろい、列を為していた光景が窓から見下ろせたのだ。


「とうとう帰国ですわね」

「もうすぐただいまを言えます、遥か懐かしの故郷」

「大袈裟ですイスメリラ様」

「わたくしとしてはもう少しリンドゥーナ美術に触れていたかった気持ちもありましたけど、仕方ないですわね」


 リンドゥーナ学舎でいただく最後の朝食、お供3人娘も華やいではしゃいでいる。もはや堅苦しい行事予定が無いことも作用しているだろうが、彼女たちからすれば派閥の長が課した使命を全うしたわけで、御家にそこそこの加点と当主からの評価が見込まれるだろう。

 古人いわく「無事これ名馬」との言葉もあるが、無事な上に成果を出せればより満足感を得られるのは言うまでもない。


「それにリンドゥーナ美術も未練ですが、帰国した先にはもっと楽しみが待ってるのでこれはこれでありでサリーマ」

「分かってますから、覚えてますから」

「わたくしとしてはこのまま直行してもいいのですが」

「落ち着いて、冷静になってプリーズ」


 サリーマ様ファンの侯爵令嬢ヴェロニカ様が圧力かけてきたので早々に降参するも気が逸りすぎだと押し留める。主催のブルハルト家ほどでないにせよ帰参の報告は重要事だろうし上級貴族子女ともなれば帰国後に早速の公務が待ち受けている可能性は低くない。

 そういう立場をすっ飛ばして他派閥の家に駆けこまないで欲しい。引き抜きか転籍かと色々疑われかねないタイミングであるからして。


「ごちそうさまでした、締めがカレーじゃなかったのは心残りだわ」


 胸中でのみ手を合わせ、ワンシーズンを過ごした学舎を後にする。

 最後の見送りは良く言えば厳選された生徒たち、悪く言えば生徒会メンバーだけの負担かからない総勢6名と教師陣。むしろ早朝に召集された生徒たちにはご苦労様ですと声をかけるべきだっただろうか。それとも上級貴族の義務として諦めてもらうべきか。


「それでは皆様方、どうかお気を付けて」


 伯爵の地位にあるという校長の言葉を背に、使節団は馬を歩ませ始める。先頭を往くのはリンドゥーナの軍馬、国内は彼ら軍隊が先導兼護衛を務めてくれるのだ。


「使節団の復路に何か不祥事あれば国の体面に傷がつきます所存」

「それって往路はいいの?」

「国内でなければ自己責任、そういうことにござるな」

「世界は冷たい」


 前世でも国賓を迎える警護体制なんかはそんな感じだった気がする。リンドゥーナの国軍が守ってくれる領内は安全が保障されていると思って良い。

 良いのだけど、一番危ないのは領地の外なのだから心の安らぎに直結はしない。


「一番危険地域ってどちらの国も距離置いてる空白地でしょうに」

「筆頭公爵家の護衛団、面目躍如にござるな」

「出来れば見たくないんだけど活躍するところォ」


 事は消防士と同じ、活躍するイコール難事が発生したことを指す。

 空白地、互いに接触すると国境争いの小競り合いが頻発するために両国ともに支配地と定めない国境間の土地。

 両国がアンタッチャブルにしているがため無法地帯、町は無くとも集落などは点在し、また盗賊野盗が跋扈しているとも聞く。


「そーいうワンダリングはレベリングのあるRPGだけに限定していただきたい」

「あちらも獲物は厳選、与しやすい相手を見極めるで候。わざわざ強い相手に喧嘩を売る愚か者であるなら既に屍を晒しているかと思う所存」

「まあそうなんだけど」


 口に出して言えないが、根本的にゲームが元になってる不安材料がある。

 ゲームだと明らかなレベル差があっても機械的に襲ってくるモブモンスター達などが存在する。百歩譲って知能が動物なモンスターはいいけど何故襲ってくるんだ人間エネミー。

 ロミロマ2の『戦争編』でも割と輸送任務中に野盗団が襲ってきたりしたのだ。ちゃんと護衛をつけておけばまず負けることは無かったものの、もっと敵は選ぼうよと思った記憶が蘇った。


『手段を選ぶ余裕があれば盗賊になんてならないだろ』

『どういうことだい兄者?』

『盗賊なんて職業盗賊な奴以外は食い詰めた農民か何かが村を上げて農閑期にパートタイム感覚で他人を襲ってるんだし』

『……そのココロは?』

『内戦で国が荒れて農業だけでは食えないから他人から奪ってでも生きようとする盗賊が増える。悲しいけどこれってリアリティ溢れる設定なのよね』

『そーいう現実感をどうして乙女ゲームに組み込むの……?』


 現状は戦争も内戦も起きておらず、盗賊団が大量発生なんて事象にはなっていないはずだけど「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」の歌通りにゼロにもならない。

 そこに何故か厄介事や政治的陰謀、有り得ざる再会などゲームにないはずの出来事や稀有なイベントに引っかかってる確率論的なあれこれを加味すれば。


「警戒だけはしておこう……」

「見事な心構えにござる」


 こうして空白地を進む数日間、わたしは必要以上の緊張を以って過ごすことを強いられたのである。


 1日経過、大丈夫。

 2日経過……大丈夫。

 3日経過……だ、大丈夫。

 4日経過、まだ、空白地通過まだ……?


「お前、魔力の放射が不安定でしゅよ、しっかりするでしゅ」

「よ、容赦ないです四女様」


 無法地帯を通る緊張感の中、四女様の日々は変わらず。

 むしろ公的行事から解放された彼女は頻繁にわたしを招集して鍛錬に付き従わせた。実に負担かかる毎日と化したが心の中で協力を約束したので頑張った、頑張るには頑張ったのだ。

 しかし残念なことに。


「今日で空白地を無事に抜けられそうですね」

「口を動かすよりも魔力を流すでしゅ」


 この3か月で彼女が魔女ホーリエに追いつけ追い越せを実現できることはなかったのである。四女様の努力は定説を覆すに至らず、この時彼女が何を思ったかは窺いしれない。

 実らなかった四女様の努力、それと異なり毎日の行軍は着実に我々の位置をゴルディロア王国へと近づけており、地平線よりこちら側に巨大な船影が見えて来た。

 地上に横たわる大きな建造物、輸送船、木製のロイヤルボックス。


「翼よ、あれが陸上船よ!」


 往路でブルハルトの面々に宿を提供する運用に使われた軍用の地上輸送艇。白い船体は純国軍製ではなく筆頭公爵家が専有する特別機。

 王国の支配地に停泊するそれはわたし達を出迎える用途の移動ホテル、そして旅の終わりを巨体で具現化していた。


 ほっと安堵の一息が漏れる。これにて危険地域、空白地は通り抜けることが出来たと証明されたのだから。張り詰めた気も緩もうというもので、


「アルリー様」

「え、何でしょう」

「此処にておさらばでございます」


 唐突に口を開いたニンジャ執事が零した意味をすぐさま理解は出来なかった。

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