8-12

『此処にておさらばでございます』


 血しぶきと共に吐かれた無情な台詞。

 それまで仲間だった関係が切り捨てる者と切り捨てられる者に分かたれた瞬間。

 己が流した赤い水たまりに沈むながら問う、叫ぶ。


『な、何故!? 私はあの方の右腕のはず!』


 地に伏した体は動かない、ただ両眼と舌に恨み辛みを乗せて言葉を叩き付ける。誰かの不義理を責めるように、不条理を呪うように。

 しかし返されたのは凍り付く視線と誰かの意思。


『我が主人より伝言が。「最期の奉公として永遠に口を噤むように」と』

『う、うわあああああ!!』


 同士討ちですらない、一方的な切除。不利益を生み出しかねない尖兵の口封じ。

 使い捨てられた走狗に救いは訪れず、白刃は身を貫いて息の根を止めるのだ──


******


(これそういう奴では!?!?!?!?!?!?!?!?)


 ニンジャの「おさらば」発言に連想し脳裏を過ぎったのは前世で見慣れた時代劇の定番展開。

 悪の手先、率先して悪事の下働きをさせられた三下は正義の介入、追及の手が伸びる前に黒幕から始末される。或いは大物権力者の弱みを握って金を脅し取ろうとするようなフリージャーナリストなども同様の道を辿るテンプレ。


 秘密を守るには相手の口の堅さを期待するよりも口を利けなくする方が確実、理屈は分かるが自分に当て嵌まるとなるとこれ以上に嫌なことはない。

 待って待って待って待って。

 わたしは自分が可愛いんだからそんな危険な橋は渡りませんよ誰にも口外しませんよ沈黙を守りますよ見て見ぬふりだってやってみせますよ。


「だから話し合おう」

「……何の話にござるかな?」

「だって密命を知る者は口封じするって感じのことを言ったじゃない!」

「…………深読みが過ぎるで候」


 これまで一歩後ろから俯瞰する余裕と無関心で薄い笑顔を保っていた鉄面皮ニンジャがとてつもなく呆れた視線を投げつけてきた。解せぬ。


「先の発言はそのままの意味にござる」

「そのままとは」

「使節団の歩みに合わせることをせず、この身ひとつで帰国の途に着く。その挨拶に過ぎぬで候」

「……はい?」


 ちょっと何言ってるのか分からない。

 危険地域の空白地を抜けたとはいえ、まだここは王国の最南端。彼のご主人様がどこに逗留しているかは分からないが徒歩の1日2日で辺境域を抜けられる距離ではないはずだ。

 そこを、ひとりで?


「走るの?」

「無論にござる」

「走って馬車より早く戻れると?」

「昼夜をかけて走破すれば難しいことにござらぬ」


 改めて思う、サブカルチャーにおける執事って無敵の存在では?


(いや、セバスハンゾウの場合はニンジャ要素も入ってるからそっちの影響?)


 前世のジャパニーズ漫画界で高名なるニンジャのひとりは単身山を踏破し谷を飛び越え町へとやってくる猛者の逸話もあることだし、彼もそういうトンデモ系譜の一員なのだろう。

 ──そういえば彼はセバスハンゾウ、いかにも服部ハットリ一族っぽい名前だ。きっと鎖帷子に草鞋わらじ装備、頬に渦巻き模様と覆面被れば風呂敷で空も飛べるに違いない。


「これは我が主の命にて既に確定事項。しかれどもアルリー様には一言必要あると思い立った所存」

「あ、うん。意見を求めたわけじゃないのは理解した、うん」


 これは相談でもなければ裁可を求めたのでもない、ただの通知。突然姿を消せばわたしが騒ぎかねないので知らしめておく、親切というよりは火種の処理。

 口封じじゃないなら別にいいよ、と言い足すのはちょっと格好悪いのでただただ頷いておくのみである。


「ではこれにて御免。主命を終えた後、約定の下に貴女様の影となるべく帰参致しますゆえ、しばしのお別れに候」

「……そーいえばそういう約束だったわね」


 音も無く魔術を使った気配もなくニンジャが影と消えた後、これで縁切りでないことを思い出した。

 目まぐるしい3か月を過ごす中でついぞ忘れていたが、姫将軍の依頼は「学園に通う間の側付き執事が雇えてないチュートル家にセバスハンゾウをレンタルしてくれる」との報酬付きだったのだ。


 大公家の姫将軍が抱える執事のひとり。優秀なのは否定しようもない、このワンシーズンで彼の暗躍を察知できたことは一度も無く、それでいて役目を仕損じた様子も一切ない。まさに「目にも映らない」働きぶりはニンジャに相応しい。

 ああ優秀、優秀だけど。

 わたしに仕えるというが、それは大公家の目となって監視する上での協力体制なのではあるまいかとの疑念は晴れない。


 ヒロインマリエットの入学以降、イベントの内容を先んじて知る者として場当たり的突発的に行動、時に理屈ではない判断を下して動く必要も迫られるだろう『学園編』の攻略、それに求める素質とは。


「今のわたしが一番欲しいのは相手が信用できるって確信なんだけどなァ」


 信じて用い、信じて頼れる友人、仲間、バカ。

 おそらく王国でもトップクラスに優れたニンジャ執事、しかし信用の度合いで言えば我が師セバスティングの足元にも及ばないのが致命的で。


「やはり最終手段に出るしかないのか」


 帰国後にすべき事柄がひとつ増えた。難しいことではないが少々みっともない、それでも成果は出るだろうと腹を決めておく。

 頼れる同志を確保できるのなら安いものだろう、たとえ親相手に初手土下座をかますことになろうとも。


******


 人知れず消えた執事と入れ替わり、遠景の巨影は実体を持って姿を白く顕わにしつつある。

 これは使節団の一行が空白地を抜け、王国の支配地最南端に停泊する陸上船に近付いている証。馬の蹄が踏み締める一歩が安堵に変換されていく心地よさ。

 ゲームでは火矢や火属性魔術師の前に脆かった木製の船体もこうして目の前にすれば頼もしく感じる。移動するホテル、横倒しのビルディング、立派な装飾船体。

 凄いぞ運ぶぞ燃えるぞ、それが陸上船。


 陸のクジラを前にぞろぞろ馬車を降り、または荷駄隊から船を目指して歩いていくのは四女様付きの面々だ。元より高貴な方をテント住まいさせないために持ち出した大きな箱舟、四女様ご本人だけでなく世話役一同も乗り移るのは至極当然のこと。

 身ひとつで、またはお供を引き連れ、もしくは両手に荷物抱え、重そうな背負い袋込み、手押し車ごと、周囲を警戒した軍隊活動めいた動作……色んな立場の人間が大陸大移動を始める。

 こうして移設作業の手間含め、今日はこの場で羽を休めることになる。出発は明日、なるほどセバスハンゾウが文を届けるべく先を急ぐ理由も分からなくもなかった工程だ。団体行動とは遅々とするものである。


(それでも不眠不休で踏破は色々おかしいと思うけどさァ!)


 陸の船旅、はっきり言って行軍速度は上がらない。陸クジラの船足は移動に厳しいロミロマ2世界らしく馬車と差は無いからだ。しかし往路で経験したことだけどガタゴトと馬車の木輪が伝える振動からは解放されるので快適さは増す。

 あの振動も嫌いじゃないけど流石に何日も続くと脳みそがシェイクされてる気分になるのだ。ここは不幸中の幸い、四女様の抱き枕に与えられた特権を復路もありがたく甘受しようと思った。


 ──ただし悪魔の取引には代償が求められる。


「アルリー・チュートル、アリティエ様のお呼びにより参上致しました」

「ご苦労様であります、どうぞ」


 既に顔見知りの感がある、扉前の護衛官に声をかけて入室を許される。

 ここは船内に設けられた四女様のお部屋。

 一流ホテルに比べて限られたスペースゆえにスイートルームとは程遠く、また色んな機材や魔術本の置かれた室内は上級貴族子女が留まるに相応しいとは言い難く、あまり広く感じない。

 しかしそれら所感を些事と切り捨てた女主人は開口一番、


「さあ、早速始めるでしゅよ。魔力放射を開始するでしゅ」

「はァい……」

「気が抜けてるでしゅね」

「気力が回復しきってない気分でして……」

「体内の魔力を無駄に放出してるのが原因でしゅね。もっと効率よく、上手く運用するように心がけなしゃい」

「きびしい……」


 もはや終着点まで目と鼻の先といっても過言ではないこの頃。

 四女様は変わらぬ熱意で魔術の鍛錬に徹し、光と闇属性の後付けを目標に当て所ない努力を続けていた。

 当然わたしも付き合わされる、彼女の見出した方法のひとつが属性魔力を自分に浴びせるとのひらめきが原因だからして。


「ふむ、そこそこ属性放出がサマになってきたでしゅね」

「ありがとうございます……」

「その分を頑張ってわたちに魔力を放射するでしゅよ、いつの世も時間は宝石よりも貴重なのでしゅ」

「きびしいィ……」


 それ宝石が珍しくない特権階級の台詞では、と思わなくもない。庶民は宝石を換金すれば時間を買えるのだ、貧乏男爵家もその範疇。ウチはせいぜい宝石より鉄が身近な御家柄。

 しかし宝石があっても才能は買えないのも世の常。

 どれほど強気でも彼女の努力はこのまま潰えようとしている、ああ無情。


『──船内の皆様に申し上げます』


 気持ちを切り替えるべく頭を振った時、艦内放送が野太い男の声を伝えて来た。

 船といえば昔ながらの伝声管を使用しない有線放送、これも一応軍事技術。すわ何事かと反射的に船内窓から外を見ると風景が動いてないことに気付く。

 どうやら船は停止しているらしく、その理由とは


『航路先にトラブル発生、遊牧民と思しき一団が横断中につき一時停止致します。繰り返しお伝えします、航路先にトラブル発生──』

「思わぬ時間が稼げましゅたね」

「その感想どうなんですか」


 大名行列なら無礼討ちが発生しそうな事象だけど、四女様は寛容で尚且つこれ幸いと受け取れる余裕があったらしい。

 王国の領域とはいえまだ空白地の近い位置、いずれの国にも属さず、または美味しい上澄みのみを掬って生きようとするたくましい人々がいるのも乙女ゲームで掘り下げなくていい要素だと思う。

 ここまでの往復で2度ほど群衆を見かけたが、いずれも遠間で接触することはなかった。まさか最後の最後でおかしなニアミスを果たすとは、四女様は運がいいのか悪いのか。


「鬼の居ぬ間に魔術鍛錬と言うでしゅし、お前も気合を入れ直すでしゅよ」

「洗濯する暇はないんですか──」


 魔女の一族ブルハルト家特有っぽい故事成句に発したわたしの愚痴を強めのノック音が乗り越える。

 普通、ノックとは相手の返事を待つ合図、入ってもよろしいかとの確認である。身分が上の相手なら尚のこと守るべきルール。

 しかし此度は四女様の許可なく扉が押し開けられる。入って来たのは護衛官の制服を着込んだ男がひとり。やや息を切らした様子が慌てて駆けつけたのだと印象付ける。


「無礼でしゅね、何事でしゅか」

「お叱りは後ほど。四女様に申し上げます。緊急マニュアルに則り、念のため四女様には艦中央の避難室にて待機していただきたく参上致しました」

「ああ、そんなものあったでしゅね」


 流石は筆頭公爵家の用意した船。

 いわゆる緊急避難スペース、危機が過ぎ去るまで逃げ込み立て籠もる区画、パニックルームのような場所を完備していたということだろう。


「でもこの部屋に比べれば魔術の鍛錬に向かない設備なのでしゅが」

「規則ですので、お急ぎください」

「分かってるでしゅよ」


 文句は一言、それでも護衛される立場の果たすべき責任として四女様は男の誘導に従おうとした。

 ──その肩を抑えつけ、少女が立ち上がるのを阻む。


 代わりに立ち上がったのは、わたしだ。


「何をするでしゅ──」

「──失礼ですが、あなたは誰ですか」


 わたしの視線は四女様を無視して男に向いていた。

 誰とも知れぬ、護衛官の姿恰好をした何者かを。

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