8-10
光陰矢の如し。
この言葉通りに時間が過ぎる速度は意外と早い。やるべき課題、打ち込む目標が多ければなおのことそう感じるものだ。
『この3か月、短くも充実した留学期間も最後の日。我々を温かく迎えてくださったリンドゥーナの皆様方に、ブルハルト家の四女として厚く御礼を申し上げるもので──』
ブルハルト家の四女様に随行したリンドゥーナ短期留学、3か月の勾留期間はあっという間に過ぎ去って終わりの日がやってきた。
学校挙げての歓迎式と同じく壇上で演説ぶつ四女様の原稿読み上げを聞き流しながら回想する。
少なくとも退屈で長い長い時間には思えなかったのが個人的な感想。息をつく暇を与えた後で発生するイベント、緩急つけてトラブルがやってくる仕様はゲーム世界らしいといえばらしいのかもしれないけども。
(ただのお供、ライナスの毛布、四女様の抱き枕で終わるとは思ってなかったけど色々盛りだくさん過ぎたわァ……)
リンドゥーナ往路からサリーマ様フリークによる男爵令嬢絞殺未遂事件。
学園で挨拶を任された四女様の講堂演説暴言未遂事件。
校内見学中に四女様が身内の婚約者不在をネタにし始める口害未遂事件。
留学のさなかに四女様が魔術適性の計測を始める珍事。
裏イベント、大公家による密書送り届けミッションと思いがけない再会。
心優しいわたしに訪れたバカボンの精神へし折り事件~解決編~。
繰り返される無駄な鍛錬から人品の真意を覗かせた四女様のノブレス・オブリージュ事件。
(──こうして思い返すと四女様の占める比率高いわね!)
短期留学の主役は他ならない四女様だから仕方ない、むしろ御付き仲間の上級貴族子女が奇行を起こす機会があるとは思わなかったのが振り返った感想だ。あとバカボンは外様なのによくこの面々に割り込んでやらかしたなお前。
いずれにせよ、四女様を注視し続けた日々もこれで終わり。別段名残惜しいわけではないが、得たものも多かったので全く心身疲れる嫌なイベントだったと切り捨てるつもりもないのが正直な感情。
(ランディと再会できた点だけでも感謝すべきかもしれないわけで)
寝耳に水で喜べるとは中々に得難い経験。
元がゲームに近しい世界、こうしたドラマティックな出来事は起こり易い可能性はあるかもしれない。バカ友が国内に知られた有名画家になっていたり、彼女の熱狂的ファンが襟首を絞めてきたり劇的ではないか。
その上こじ付けで考察を進めれば、元々ランディとその親方一行は貴族相手の庭師をしていたのだから普通の平民に比べて貴族の領地で出会う確率は多少なりとも高くはあったとも考えられる。それでもこんな形で再会したのはかなりの低確率、10連ガチャで最高位レアを5枚抜きくらいの幸運だったに違いない。
(禍福は糾える縄の如しって奴ね)
教会と貴族の政治に巻き込まれて海外に飛ばされた時はどんな災難かと思ったものだけど、こうして幸運の帳尻を合わせてきたのは感心する他なかった。ピンチはチャンスと表裏一体、それを思えば他の面々が背負わせてきた面倒事も笑って許せるというもの、でもバカボンはランディが許すまでは許さない腹積もり。
『名残惜しくはあるものの、我が気持ちは兄のリドラがこの地に芽吹かせてくれると信じております。短くはありますが──』
3か月前にはハラハラして見守っていた四女様の背中、同じ場所で今の心境は昔に比べて多少は気楽。時折発動する傲慢さは悪意から来るものではなく、ちょっと方向性が音痴な責任感の裏返しなのが判明した分だけ歯止めが利くと知ったから。
『最後に──』
でもやらかす時はやらかすんだけどね!
せっかく穏やかにお別れ会へと雪崩れ込めるという局面、言葉で引っぱたくアドリブに見下し発言混ぜるのは止めて欲しい。
仕方なくわたしは左袖のボタンを引き千切って親指に力を籠めるのであった。
狙撃事件の証拠品はセバスハンゾウが人知れず回収してくれる、これも四女様を気楽に見守れた一因だ。犯行が発覚せずに済むのだから。
******
歓迎会が入学式っぽいのであれば、お見送りは卒業式のそれなのは順当。
四女様が短くも余計な付け足しをしそうだった送辞を終えた後、在学生側が答辞を行うのも自然な流れ。舞台上から下がり、わたし達一同が貴賓席に戻ったタイミングでひとりの少年が壇上に登場。
『──遥かゴルディロア王国より両国友好のため訪れてくださったブルハルト家の皆様方にまずは感謝の言葉を。そして短き間の交友を胸に刻み──』
亀の甲より年の劫。
演説始めた少年は四女様に比べれば原稿を読む姿勢を隠すスキルがやや高い、読んでるんだろうけど視線が前を向いてる頻度は彼の方がお上手に見える。
年のころは十代半ば、ぱっと見わたしと左程変わらないくらいだけど入学生なら15歳には達しているだろう。
外見を評するならミギーよりも野性的でヒダリーよりも優雅。身長はデクナより高く庭師で鍛えているランディよりも細身。
しなやかな豹を思わせる目付きが少々鋭すぎ、ファーストコンタクトでは人を怖がらせかねないなァというのが素直な意見だ。
淀みなく流暢に言葉進める調子は流石答辞読み上げ係に選ばれただけのことはあると感心するし何もおかしくはない。ブルハルト家の格に合わせて少年の御家もそこそこ格調高いところだろう。
『今後変わらぬ友好を願い、短いながら答辞とさせていただきます』
『在校生代表ダムドーラ・クーベラ』
(……うん?)
クーベラ?
クーベラ???
四女様の登壇が終わり、この後はのほほんと行事進行を受け流せると高を括っていた精神に僅かばかりの冷や水が浴びせられた。
(あれ密書届けた家の人だ!!)
クーベラ家。
かつて王家の軍神と称えられた辺境伯家、しかし現王の不興を買って没落の憂き目にあった元・最上級貴族な御家。
格は高い、否、高かったと言うべきか。血筋の高さは変わらなくとも御家の格は下がって下級上位の伯爵に収まってるのをどう評価するべきか。生まれながらの貴族ならざるわたしにこの辺の細やかなニュアンスは把握し難い。
(血筋だけ重視する貴族ならありがたがりそうだけど血筋以外も当主選出で重要視するブルハルト家のお見送りにはアンマッチな気がする)
戦争が国家利益だとする世界観で軍神の呼び名持つ程の立場から階段転げ落ちたのだから御家を支えた武力辺りに大きな翳りが出たのだろうか。ブルハルト家で例えれば魔術師適正がガタ落ちの子々孫々ばかり生まれるようになったとか、そういう感じで致命的な何かが。
しかし武力と魔力、力の違いはあれど国家から特別な能力を引き立てられているっぽい両家が送辞答辞を務めたのは果たして偶然か否か。
心落ち着かせよう、第一歩の判断は冷静に下そうと精神の深呼吸を置く。
比較的どうでもいい話題で乱れる思考のパズルを組み立てる。
(うん、そりゃ、うん。お貴族様なら跡取りはいるだろうし学生だったとしても不思議はないわよね、うん)
何も知らなければ「ああ終わった終わった」と背筋伸ばして済んだ式典。
しかし盤面の裏事情を半端に知っているせいで色々深読みしてしまう、せざるを得ない警戒心が先走る。
現王の覚え悪く落ちぶれた一族、レドヴェニア大公家がどんな思惑で秘密裡に接触したのか、国家を股に掛ける陰謀の気配が怖いから目を逸らそうと思ったのにまたこうやって目の前に飛び出てくるのは何の嫌がらせかな?
野生のポケモンじゃあるまいしそういうのやめてくれませんかね。
(なんやかんやランディと再会できてよかった、めでたしめでたし。それだけで心安らかに終わらせてよ大公家とクーベラ家ェ!)
わたしの憤りと苦悩など知るはずもない彼は壇上で一礼し、答辞の終わりを態度で告げる。生徒たちの熱狂的というには寂しい拍手をバックに貴賓席へと向かい再びの礼。こちらも座りながらの会釈を返して
──視線が合った。
(うん?)
気のせいだとか自意識が高いだとかそういう問題でなく、貴賓席で着目すべきは四女様であるはずだ。
この認識に間違いはない、クーベラ家の彼もまずは四女様に向けて立礼をしてみせたのだけど。
顔を上げた彼は、確かにわたしの方を見て来た。
チラリだとか僅かに視線がズレただとかそういう雰囲気でなく。
しっかりと、誤魔化すつもりが無いレベルの注視を。
数えて2秒にも満たない見つめ合いの後、クーベラ家の彼は何事もなかったように顔を逸らして舞台袖に退場していった。
(いったい何なの……って密命のせいかな)
大公家主導で密書を届けたミッション、基本的に脇役だったわたしは庭でひとり寂しくお茶しつつランディと思わぬ遭遇をした。個人的には極めて有意義な時間ではあったがそれ以外何もしていないしクーベラ家のお貴族様方とは出会っていない。
あの寂れた屋敷で顔を見たのは門番の人達、わたしを庭に案内しお茶の準備を整えて姿を消したメイドさんとランディくらいだ。こちらに見覚えは皆無。
それでも、わたし自身が家の人々に目撃されていた可能性はある。
だとすれば密使と共に現れた謎の貴族子女が貴賓席に座っている、なるほど確かに不審だ。不審しかない。
(ただ詰問する雰囲気の視線でもなかったんだけど……まあいいか、どうせ立ち去る身だし今更何か言われたりする機会も無いでしょ)
最後の最後、不可解な視線を浴びた謎を残しつつ送迎会は終了した。これで公的な使者の役割は完結、帰国の途に着けば全て良しである。巻き込まれた時はどうなるかと思った短期連続イベントも無事に終わったのだ。
(……まあ半年もせずカーラン学園入学が待ってるんだけど、今はただ目の前の厄介事がひとつ終わったことを素直に喜ぼう)
この時はそう考えて自分を慰めていた。考慮すべきは入学後の未来、避けるべきは『戦争編』に至るヒロインマリエットが乱立するフラグの数々だと。
しかし、しかし。
わたしの前世世界にはこんな言葉があったのを後で思い出す。
百里を行く者は九十を半ばとす。
物事は最後まで気を緩めるなとの戒め、遠足は家に帰るまでが遠足だとの教訓と似たような意味。
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