7-06

 短期留学というのは、あまり留学ではない。


 何を言ってるのか分からないと思われるが「学問のために留まる」と書く留学にしては留まる期間が短くて学ぶ気ないだろって実態なのだから意味的には正しい。

 そのため世の短期留学とは雰囲気を味わう長期旅行程度なのが真相に近しいが、ここに公的立場を加味すると「視察」なる別種に化ける。

 視察。

 その場に出向いて己の目で確認調査すること。


 長期留学の次男様はちゃんとした学問の徒として机に齧りつき、こちらの教育を己が身に刻むべく数年の時を過ごす。おお、留学だと感心するし何もおかしくない。

 一方、事前スケジュールを確認した限り四女様は我ら友人役を引き連れて王都のあちこち行脚も主な仕事となっている。まあわたし含む御一行は相手側から物珍しく観察される見世物要素も大きいだろうと理解はしている。

 そして裏で外交的折衝事があればブルハルトの執事が影で執り行っている、と。


 かくして留学なのに公務の半分は校外での活動なのだから我々の役割は実に分かり易く「やっぱりこれ留学じゃないな」状態だった。


******


 この日の予定が留学か視察かを答えるなら、かろうじて留学の範疇だろうか。少なくとも活動範囲が校内だから。


(でも学ぶ内容は学問じゃないから視察かなァ……?)


 朝早くよりヴェーダ学園の校内を練り歩く四女様御一行、わたし達を誘導するのは学園の教頭。彼自身も爵位を持つ立派な貴族である。


「我がヴェーダ学園も次代の国を担う若者たちに教養と知識を学んでいただく教育機関として設立されたもの。貴国のカーラン学園と交流を経てより良い将来を築く礎となれる努力に務めております」

「立派な理念ですわ」

「此度の留学も我が校にとっては大きな一歩となりましょう」

「貴国からの交換留学生も我が王国の良い刺激になっていると母から聞き及んでいます。今後とも良き付き合いをと」

「勿論にございます、アリティエ様」


 四女様が儀礼上褒め称えた理念。淀みない口ぶりから台本のある台詞なのが窺えて暴言の心配がないのは安堵出来る。

 しかし言葉通りの立派な教育理念であるかは微妙なところだ。何しろ最初から教える対象を絞っているのだから。成績でなく、才能でなく、家柄や血筋で。

 平民には平民用の学校制度は存在するものの、貴族の学府とは完全に切り離され、平民が特待生で貴族用の学府に入学してくるような学園物あるあるシステムはロミロマ2には適用されていなかった。


(王国のカーラン学園は養子もオッケーだから血筋はこだわってないかもだけど)


 例えばヒロインのマリエットは男爵家に養子縁組された上で入学してくるのだから入学基準で重視されるのは家柄ってことになる。お家の存続は必ずしも血縁にのみ優先されるわけではない事例だ。

 前世の歴史でも家名を引き継がせるのに養子を入れて後継にするケースは色々思いつくし、そもそも婚姻ともなると片方は他人が入るわけだから打算的な差配も出来ようというものであろう。

 視察間に沈黙を作らないようお友達役のひとり、メヴェルド侯爵家のイスメリラ様が案内役の教頭に質問を飛ばして時間を埋める。


「立派な学び舎で教養を積まれた長子の方々はお家を継がれるとして、席を同じくした次男次女達が官僚になる割合はどれ程なのでしょう?」

「武官になる者は少々、それでも文官は宮廷貴族の閥が主でございますな。やむを得なきことかと」

「どこでもそうですのね」


 良い学校を出て良い企業に就いたり公務員になる、というのは貴族社会だとあまり一般的ではない。学校は知識を蓄え社会のシミュレーションを行う場所でなく、同年代相手のコネ作りや「あの派閥とはこう付き合おう」と定める人間関係の整理を念頭に置く小世界。学んだことを活かしての就職を選ぶ者は少数派、むしろ貴族の論理からは外れた存在だと言えるかもしれない。


 長子、特に後継と定められた嫡子は家を継ぐことを生まれながら宿命づけられている。

 後継者以外の男女でも学園の卒業生が選ぶ道は家付きの補佐役、或いは騎士になるか、婚姻政策の一助になるか。一族の繁栄に貢献する道を選ぶのが大半だ。

 次男三男とてもデクナのように最初から文官を目指す貴族は割と例外的である、まあ彼の場合は婿入りで政略結婚をこなしつつの離れ業だけど。仲も睦まじいし爆発すればいいと思う。


 そんな環境で唯一官僚、文官になることを主な生き方としているのが宮廷貴族、或いは法服貴族と呼ばれる「領地を持たない」貴族。

 一般的な貴族は領地を継ぐことこそ家門を維持する必須条件に対し、地位こそが家名を保証する文官の家系はどこの国にも存在した。


「宮廷貴族の一門、王国では確か」

「シルビエント家に連なる閥ですわね。憚りながら我が家も一門の端を担わせていただいております」


 視察トークで飛び出した意外な、そして聞き覚えある家名に少し背筋が伸びる。

 シルビエント家。

 授かりし爵位の格は大公家、しかし宮廷貴族であるこの一族は公的な文書でもなければ大公と記されることはほとんどない。彼らは地位と役割によって己が身を立てているゆえ、呼称もそれに準じた形が与えられていた。

 爵位とは異なる呼び名とは即ち、教頭が頷いたように


「ああ、ゴルディロアの宰相家でいらっしゃいましたな」


 宰相。

 宮廷に務め王権が執る政治を補佐する側近中の側近。

 文官の長、王国宰相を代々輩出する家系、それがシルビエント宰相家。

 そしてシルバー、銀色を冠した命名法則からも読み取れるようにメインキャラの家系、ブルハルト家長子にしてライバルヒロインのホーリエが婚約するお相手が属する御家でもある。

 ちなみに宰相家なのに『大公』ルートと名付けられたのは、その攻略対象ヒーローは宰相を継ぐ立場になくブルハルト家に降りる予定だったからである。

 ──もっとも、ゲームの結末で彼がブルハルトの婿になるか否かはプレイヤー次第であり、宰相を継いだ彼がヒロインを選ぶのが『大公』ルートのハッピーエンドだったわけだが。


(イスメリラ様はブルハルト閥のお人じゃなかったのね。まあ現時点では似たようなものかもしれないけど)


 姫将軍フェリタドラと第2王子が婚約していることに対抗したのか、魔女ホーリエと『大公』ルートヒーローの婚約も既に発表されているはずで、筆頭公爵家と宰相家は政治的に近しい関係にあった。ブルハルト閥外から四女様のお友達役抜擢はそのラインなのだろうとの背景が見えてくる。

 色んな意味で蚊帳の外なわたしでも筋は通ってるなァと関心くらいは出来た。


「ではお嬢様も宮廷に上がられる予定で?」

「それが微妙な立場なのです。わたくしは三女ですので現在は宙ぶらりん」


 勤めるか嫁ぐかは分からないんですのよ、雰囲気を馴染ませるお友達役の面目躍如と言わんばかり、教頭の話題振りにおどけて答えるイスメリラ様。この辺の現場感覚は宮廷貴族ならざるお子様たる四女様には水を向けづらい内容ではあったが見事にフォローしてみせていた。

 ──にもかかわらず、


「貰い手が無さそうなのでしゅか?」

「アリティエ様」

「だって今のはそういう意味ではないのでしゅか?」

「アリティエ様」


 穏やかな笑みの空気に黒い絵の具を混ぜてくる四女様。ヴェロニカ様の制止する小声を無視して余計なツッコミを続けるのは無邪気さゆえか。

 しかし無邪気とは無神経と同義だとは誰が言ったのか。


 貴族は政略結婚の坩堝、特に上級貴族の子息子女は多くが成人前に婚姻の相手を決めている。中には生まれる前から嫁ぐ、婿入りする先が組まれているケースすら珍しくないまであるという。

 そういう社会で侯爵家の令嬢が成人直前に将来図が定まっていないというのは身の置き場が無くて戸惑う立場だろうに、気を遣い場の空気を和ませる自虐ネタで提供してくれた彼女を追い打つ小悪魔が。


(本当に空気読む気がないな、この幼女ァ!)


 ご本人も内心は気にしてはいるのだろう、ロミロマ2世界の貴族が果たす役割を考慮すれば。そこをあえて自分を引き合いに軽妙トークを繋げてくれたイスメリラ様の心情を汲まないのは流石四女様。

 或いは彼女からすれば年上のお姉さんをからかいたい、意地悪できて楽しい、その程度の認識かもしれない。筆頭公爵家一族の悪意無き言葉の棘がリンドゥーナ関係者に向かなかったのはマシだったと思うべきと理性は告げるものの、


「──つまりイスメリラ様は宰相家のお目に留まるかもしれませんね」

「アルリー様?」


 それはちょっと、気分的によろしくない。


「確かシルビエントのアティガ様のご入学は再来年辺りとか」

「よく知ってましゅね、一門でもない男爵家の者が」


 この辺はゲーム知識、ゲームの主要キャラはひとりを除いて同学年、わたしが入学したタイミングの1年後に入学してくる設定である。

 そして1年のズレがあったゆえにアルリーはマリエットの友人から没キャラに成り下がったのだから忘れようもない──しかし今はどうでもいいことだ。


「嫁ぎ先を決めてしまえばそこまで、優秀な人物でも政略婚の先で果たせる役割は限定的でしょう。しかし同年代たるイスメリラ様を侯爵家がアティガ様と長き交流を得られる学舎に留める算段を立てているのは、ご当主が彼の人の眼鏡に適う自信があるのかと」


 などの解釈も出来ますわね、で〆る最後の言葉は伏せておく。

 シルビエント閥が文官一門だとて全員が文官に就くわけもなく、また誰しもが重用されるはずもない。政略に優れたセンスがあろうと文官に必要な知識があろうと他家に出てしまえば能力を発揮できる場など限られてしまうだろう。


 学園という箱庭で上級貴族達が行うコネ作りとは自らが扱う手足の選別も含まれる。同年代の貴族子弟と接し、頭垂れる下々の人格的能力的な面を測る場としても機能する貴重な空間。

 親の部下の子供だからとて忠誠を尽くすとは限らず、また能力の高さも保証されない。上に立つ者ならば他者の人品を見定める目をも要求されるし、発揮できなければ待っているのは無能呼ばわりか傀儡の屈辱か。


「イスメリラ様はこのまま他所へ出すのは惜しい、きっと能力が評価され見出されるのを期待された、そういうことだとわたしなどは思いますけどね」

「……アティガ様の目は厳しいでしゅよ、ねえさまの伴侶になる人でしゅから」


 興が冷めたと言わんばかりに四女様は顔を背け、付き従う侍女の方へと駆け寄り暑気払いの冷水を飲み干している。悪気はなくとも突いて面白そうな玩具を取り上げられて興味を失ったかのような様子は本当に我儘で気まぐれな子供なんだなとの印象を補強していく。

 その子供が半端ない立場と権力を伴ってるのが最悪の問題点なのだけど、弱い者イジメを本能的に楽しんじゃう年頃なのがさらに凶悪であることよ。


 とりあえず文官語りのやり取りひとつでどうにか爆発を回避できたのは安堵すべき結果だろう。供連れ歩く環境で四女様の口を封ずるべく、誰にも気取られないようボタン指弾を連発するのは不可能に近かったし。


「ひとまずめでたしめでた──」

「アルリー様」


 弛緩した瞬間、がっしと力強く両手を掴まれた。すわ何事かと驚いて振り向いた先には目元を潤ませたイスメリラ様のお姿ありけり。声は震えながらも確かな意思と熱意を乗せた感情豊かに、


「わたくし、頑張り、頑張りますから!」

「はい?」

「わたくし、絶対頑張りますから!!」

「何をですか!?」


 メヴェルド侯爵家の令嬢がひとり、留学を経て何かを決意したらしい。

 ところで具体的に何を頑張るのかと続けて聞くに聞けないのだった。願わくば勉学であって欲しいものである。

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