7-07

 自分に出来ないことは他人に頼る。

 大人でも子供でも意外と難しいことである。大人はプライドが、子供は根拠のない自信がそうさせる。


 しかしわたしの場合は国家の存亡に関わる案件を抱えているがゆえに力を借りる必要性は充分に認識していた。入学前のコネ作りもその一環だったわけで、今更迷うことなく使えるものは使おうと思う。


「というわけでセバスハンゾウ、知恵と力を貸して欲しいの」

「改まって何事にござるかな」

「誰かが暴言で人間関係や国際関係にヒビを入れようとしそうな時に邪魔しつつ犯人がわたしだとバレない方法の急募」

「……ああ、四女殿対策にござるか」

「そうです」


 隠しようもないくらいに限定的な目的と手段。目指すべき平和は遥か遠くあれど、目の前の落とし穴に嵌っての人生バッドエンドは尚のこと回避したい。

 四女様の勘気を避ける、四女様の無体を封じる、どちらもやらないといけないのが辛いところなのだ。


「でも諫言って容れる度量の有る人相手じゃないと致命的だし」

「さもありなんに候」


 古人いわく忠言耳に痛し、そして触らぬ神に祟りなし。

 この二言を掛け合わせると「権力者には逆らわず黙ってる方が利口」との真理に至る。短期的には正しいが国家規模の騒乱を予想する立場では傍観許されざる。

 知らなければ関わらずに済んだのに、この外交行脚にわたしを是非もなく巻き込んだドクター・レインを日課で呪っておく。


「だから四女様が致命的にやらかす前に上手く場を和ませたり揉み消したり誤魔化したりの小技とかあったら教えて欲しいのよ。協力してくれる?」

「止むを得ないでござるか。それがしも身分ゆえに同席できぬ以上は介入も困難、緊急帰国などともなれば密命を果たせぬで候」


 男爵令嬢の執事として同行している彼は一行の中で下位に属し、とても四女様の身近に控えることなど出来るはずもない。わたしが行った演説介入を観測、証拠隠滅は出来ても四女様の蛮行を直接阻むのは無理がある……万能無敵にも限界はあるというわけだ。

 こうして大公家の執事から幾つかの技や心得を伝授してもらうことに成功する。上手く扱えるかはわたし自身の判断力にかかっているのだけど。


「よいですかなアルリー様、会話に限らず妨害介入術の基本は『気を逸らす』『遠距離より仕掛ける』『第三者を使う』『偶発的な出来事を装う』の何れかで候」

「……不思議と暗殺術を習ってる気分なのは何故かしら?」


 虚を突いて事を為し何者の仕業かを隠蔽する、という意味では似たような技術なのかもしれないと後で気付いたのだった。

 そりゃニンジャは得意分野だよねェ……。


******


 貴族にも休息は必要だ。

 上級貴族ほど真面目に政務をこなせば安息日などは削られる運命を背負わされるが、それでも休みがゼロということはない。

 そして短期留学中のわたし達にも休日はスケジュールに組みこまれていた。もとより四女様はまだ子供、幼女に無理な負担をかけるほどの無慈悲さはブルハルトの魔女達にも無かったらしい。

 それなら子供に遠征なんてさせるなって気もするが、そこは筆頭公爵家の逃れられない宿業なのだろう、哀れみを覚えつつも巻き込まれたわたしだって充分に哀れな空模様。


「さて、この休日をどう過ごしたものかしら」


 与えられた個室で思案する。

 留学の体裁がここでは守られているせいか、一行の大半は学園備え付けの寮に部屋を与えられていた。地位によって4人部屋、2人部屋、個室と分かれており、わたしが個室なのは男爵令嬢評価よりお友達役評価のせいだろう。

 上記例外は四女様、他国からの貴賓を迎える専用の棟があるとかで次男様共々そちらを宛がわれており、友達役がひとりがシフト制で入れ替わり詰める形となっていることを付記しておく。


「見聞を広めるなら進んで外に出ての観光も捨てがたいけど」


 別に傷心したわけでもないから一人旅を満喫したい気分でもない。わたしを短期留学に押し込んだドクター・レイン辺りは転移魔法で跳べる先を増やして欲しい理由でそれを望みそうだけど。


「そうだ、ストラング家に跳んでみようかしら」


 わたしが得た数少ない切り札チート要素、これを駆使してクルハとデクナに会うのも悪くない。精神的な癒しはこの地で補充できそうにないことだし、息詰まるここよりも真の休息を味わうには本国の方がずっと


 コンコン。

 扉がノックされる音で思案は中断される。


「はいどうぞ、鍵はかけていませんよ」

「失礼致します」


 丁寧な文言と共に扉を開けてきたのは口調以上に物腰低いメイドさん。それこそ音もなくと表現するに相応しい挙措で頭を下げて来た。

 身のこなしは一言でいって洗練、貴族に仕える使用人の見本市。我が家の無礼メイドとは桁違いの有能オーラが目に見えるようだ。いいなあ。


「アルリー様、アリティエ様がお呼びです」

「………………分かりました、すぐ伺います」


 しかしてもたらされた伝言はよろしくなく、休息の算段は無為と消えた。

 友達役の宿命とはいえ、休日は何もせずひっそりと休んでくれないものかとごちる程度の自由は許して欲しいものだ。


******


 洗練メイドさんに案内されたのは貴賓フロア、わたし達の仮住まいたる量をシンプルで小綺麗と評するなら、ここは豪華絢爛の一言。

 なんとなく脳内にタージマハールって表現が浮かぶ、写真でしかしらない建物だけどインドモデルに相応しい印象ではなかろうか。


「アリティエ様、アルリー様をお連れしました」

「通していいでしゅ」


 自分から呼びつけたのに通していいとは尊大な、と軽く思う程度に四女様の振る舞いには慣れつつある。来年のカーラン学園で他の上級貴族と席を並べる前のシミュレーションにはうってつけだと考えられるくらいには。


「では失礼致します……あれ、パナシルテ様?」

「ごきげんよう、アルリー様」


 我がまま令嬢に呼ばれた先には当の本人の他、何故か格上3人衆の最下位に当たるオールガン伯爵家のパナシルテ嬢がいらした。もしや彼女もせっかくの休日に呼びつけられたクチだろうか。


「アルリー・チュートル、お呼びに従い参上致しましたが何用でしょうか」

「ふむ、まあお前たち2人で我慢してやるでしゅ、よく聞くといいでしゅよ」


 変わらぬ驕慢ぶりを発揮した四女様はひとり頷き、労いひとつなく己の要件を切り出して来た。用向きが何であれこちらに拒否権が無いと思っているのだろう。

 その通りだけどさァ。

 しかして四女様はどのような無理難題を投げてくるのかと思いきや、


「お前たちは今日を徹して、わたちの魔術鍛錬に協力する栄誉を与えてやるでしゅ」

「え、わたくし達がですか!?」


 パナシルテ嬢が驚きの声を上げた。

 成程、休日が台無しになる点から目を背ければ、一応は本当に名誉ある役目を仰せつかったと言えなくもない、のだろうか?

 ブルハルト家は魔術に秀でた一族、その魔術鍛錬に携わる一助を担わせてやるとの表現は本当に光栄な役割を付与している心づもりなのかもしれない。

 わたしにとっては別にどうでもいいのだけど。


(ただし教会推薦理由が魔術全属性ってのだったからだし魔女ホーリエにもよろしくって言われたから幾重にも避けられない断れない。おのれしがらみィ!)


「学園の訓練場を借りていましゅから、ついて来るでしゅよ」


 無邪気幼女はわたしの胸中など知らず、配慮って概念すら覚えているか怪しい足取りで我々休日台無し班はスイートルームから訓練場へと誘われた。

 ちなみに目的地の位置は四女様ルームよりも寮からの方が近い。要するに無駄に遠回りさせられているのだ、パナシルテ様とわたしは。豪華な一室で命令を出す、そういう貴族的構図の体面を崩さぬように。


「気力が削がれるわァ……」

「楽しみですわね、アルリー様」

「……なんですと?」


 やる気の抜けるわたしとは対照的にパナシルテ様は笑顔である。正直なところを言えばかなり意外な反応だ。

 我らお友達衆は四女様の言動に心臓の調子を握られている者同士、寿命を削って来る幼女を忌避している心情は共通しているとばかり思っていたのに。

 こんなわたしの見解を伯爵令嬢は異なる視点で斬り込んだ。


「まさかブルハルトの御方と魔術に触れる機会があるなんて!」


 成程、そういう物の見方もあるのか。

 筆頭公爵家は歴代を通して魔術的側面で王国に寄与している魔女の一族との設定がある。言い換えれば王国で最も魔術的権威のあるお貴族。

 同じく派閥、魔術を追及する家門出身なら嬉しいものなのだろう、多分。


(漫画家志望の子が超売れっ子漫画家さんのアシスタントを任されて嬉しいです! って張り切るみたいなものかしら)


 神村優子の短い人生では特別な何かに傾倒したことがない身空、この辺りの熱烈な憧れ的感情はいまいち理解しかねるというのが本当のところだった。

 それに今世で一番熱を入れているのはバッドエンド回避であるからして、なんとも趣味嗜好に入れ込む暇もないことよ。


「ヴェロニカ様やイスメリラ様とご一緒に休日を満喫する方が有意義では?」

「あはは、アルリー様はレドヴェニア閥の方でしたっけ。ならわたくしの気持ちが分かり辛いかもしれませんね」


 この場におらず有意義な休日を過ごしているだろう2人の名前を挙げてみるも、どうやら彼女の喜色は本心からのものであったらしい。

 まあご本人が楽しそうならこれ以上何かを言うのも野暮というもの。


「それにヴェロニカ様は早朝に『美術館巡りしてくる!』とお出かけして、イスメリラ様は『図書館に籠りますから』との申請を受理されたようで」

「しまった、出遅れたのがミス……!」

「あはは」


 護衛や御付きを引き連れてずんずんと先を行く四女様、ご機嫌な足取りでそれに続くパナシルテ様、両者に物理的にも心情的にも置いて行かれている男爵令嬢ひとり。前世が学生のわたしが感じる、ああこれが休日出勤を強いられた社会人の哀しみ、精神的苦痛かと。

 その上で魔術の鍛錬ともなると魔力消耗は必至。せっかくの休日がダブルで心を摩耗させられるのは休日手当なしで耐えられるものではない。

 どうにか、どうにか負担を和らげる方法はないものか──


「なんだ貴様、不景気な顔で歩いて。暇なのか」


 この時ばかりは。

 そう、この時だけは。

 この横から降って湧いた不愉快な物言いがダメージ低減クッションに出来ると感謝したと言えなくもなかった。

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