7-05
(演説の最後にアドリブ入れようとしてるゥ!)
登壇し背中を晒す幼女を目の当たりに思案する。
四女様と我々の間に信頼関係は成立していない。むしろ幼さゆえか高慢ゆえか目下に対する放言暴言失言を悪意なく行うイメージがわたし達の共通見解。
そんな彼女に自由な発言を許せば留学先の全校生徒に「群雀」発言を言い放ちかねない危惧を覚えてシンクロしたのだ。
──果たしてあの少女にフリーで話をさせていいのだろうか?
(え、これ放置していいの!? どうなの!?)
視線だけで可能な限り左右を見渡す。しかし護衛官は勿論のこと舞台袖に控える世話役や執事、メイド達に揺れる気配はあれど何か行動する様子は見られない。
少なくともこの場に駆け寄って四女様を制止する者は居なさそうだ。
事態を理解してないのか、己が仕える主人の性質に鈍感なのか、仕事で仕える以上の関心がないのか、そもそも身を張ってまで主人の軽挙を諫める忠誠心は持ち合わせていないのかは測りかねる。
御付きの人達の事情や心境は分からないが、わたし的には困る。とても四女様のアドリブトークを止めて欲しいのに誰もやらないのは非常に困る。
(ここで万が一にもリンドゥーナと険悪の芽が蒔かれて『戦争編』が前倒しになったりしたら超困るゥ!!!)
根拠に乏しい、誰に打ち明けたとても理解され難い未来予想を根幹に焦りが胸中を先走り駆け抜ける。
それでも第三者の介入は期待できない、身近で危機的状況を見守る格上友人3人衆も諦めに沈むオーラを放ち始めた今、天からの助けを期待するのは愚かなこと。
自らが動かなければどうしようもないと覚悟を決めた、割と悲壮に。
要は予定を超えた演説のやる気を逸らす、もっと彼女が気になることを作りだせばいい。調子に乗って偉そうなことを言う前に外的刺激で少女の語りを食い止めるのだ。
(原因がわたしだと気付かれないよう、可能な限り身動きしないままで!)
現状は立ち位置は四女様の斜め後ろ、両手を腹の前で合わせた直立姿勢を保っていた。いわゆる貴婦人立ち、直立不動とは異なる優雅な立ち姿。
このポーズのまま、わたしは借り物の式典用ドレスの左袖についたボタンをひとつぐいっと引き千切る。
そして右手親指とボタンを握り込んだ人差し指に引っかけて力をグググと籠める。
(その綺麗な頭を吹っ飛ばしてやるァ!)
バネのように溜め込んだ親指パワーでボタンを弾く。放たれたボタンは弾丸と化して一直線に空を切り、そのまま四女様の頭真後ろ辺りに直撃した。
別に吹っ飛ばしはしない、けれど割と痛いくらいの威力調整で。
『我が王国とリンドゥーナは──ッ!?』
壇上で予定にない文言を紡ぎ始めていた少女の言葉がやや前屈姿勢となって停止する。予想だにしない不意を突く衝撃に驚いたのだろう。ついでに痛みも作用したかもしれない。
ロミロマ2で『武力』ステータスを上げた影響は腕力のみならず、武器問わずあらゆる武術にもプラスの影響を与えるのだ。そこに『巧力』が加わると細やかな技術向上、クリティカルの発生率などに発展する。
そのため剣だろうと槍だろうと鞭だろうと無手だろうと、今のわたしは一般ステータス平均7の世界でステータス12の技量を発揮できる。
そして先の行い、ボタン飛ばし攻撃は『指弾』、れっきとした武術の技らしい。我が友クルハが留学前に教えてくれたのだ、武器がない状態でボタンや小銭があれば急場しのぎで使える暗器術として。
『指弾、または
『華漢央国の王都すら知らなさそうなくせにそんなことだけは詳しいなクッパ』
『オートくらい知ってるよ! 全じどーのことでしょ?』
『よし、今日は文意から異口同音の意図を読み取る国語の勉強だ』
いちゃつく婚約者を尻目に会得した技術が功を奏した。目立たぬように、式典の最中に乱入するような無作法もせず四女様の舌禍を阻むことが出来たのだ。
一方、標的たる四女様の背中からは懊悩が垣間見える。
頭頂と後頭の境目、後ろ頭のでっぱり辺りに何かがブチ当たったのは理解したのだろう。しかし壇上で、演説中に後ろを振り返るような振る舞いは礼を失する行い、衆目を集める礼典式典でマナーを欠いた行為だとも分かっているのだ。
結局、四女様は反射的に頭をさすろうとしたのか右腕を動かし、これまた無作法と気付いて2秒ほどフリーズした後に、
『──この留学が両国の新たな一歩足ることを願いましゅ』
実に無難な締めの言葉で早々に演説のアドリブを切り上げてくださった。
勝った、第1部完!
なおアドリブ発言を中断した理由、後頭部に何かをぶつけられた少女の周囲に揺らめく怒りの波動からは目を逸らすこととする。
(まあ調子よく演説で自説かまそうとしたらハリセンで頭ぶっ叩かれたようなものだから怒るよねェ……)
それでも我儘ッ子の頭を引っぱたいた気分がしてスッキリしたのは否定できない。
******
「で、誰がわたちを後ろから叩いたでしゅか?」
足早に控え室へと引っ込んだ四女様は付き人と護衛、友人役を緊急招集。何事かと問う前から怒りの口火を切り始めた。
「え、えっと、アリティエ様、いったい何の話でしょう?」
「とぼけないでくだしゃい! わたちの頭の後ろに、何かがドギャンと当たったのでしゅ! こう、ドギャンと!!」
一同を代表して問答の相手役となったハーディン班長に小鳥が食って掛かる。表面上は愛らしい少女で迫力のない様子は全く怖くない。身振り手振り使ってまでの主張ともなればさらに面白可愛い。
しかし権力は超怖い。
彼女の機嫌を損なえば一瞬で今の地位を失うかもしれない、そんな威力を存分に有した小型爆弾である。
「誰かが叩いたに違いありましぇん! 誰でしゅか!!」
「し、しかしアリティエ様、壇上の貴女様に近寄る不届き者など居りませんでしたが……」
「そんなわけありましぇん! わたちは叩かれたのでしゅ!!」
困惑8割に怯えが混じったハーディン班長の抗弁に水差す者は告発者の四女様以外に存在しなかった。それも当然か、四女様の主張は現時点で完全に方向音痴なのだから。
「念のために聞くけど、アリティエ様の後ろに控えていた君たちも不審者は目撃していなかっただろう?」
「え、ええ、勿論ですわ」
「万一にもあったとすれば、舞台袖の方々からもご覧になれたはずです」
「申し訳ありませんが、わたくしは何も」
「はい、近付く者などは誰も」
拓けた舞台上で不審者など見逃すはずもない。彼女に注がれる視線は舞台下、舞台横、真後ろと幾重にも存在したのだから。
しかし四女様のお言葉を頭から否定するのも後が怖い、そんな顔付きで行われるハーディン班長の確認に嘘偽りなく頷くわたし達。他の3人はおそらく心から、わたしだけは「近づいて叩いたわけじゃないし……」との思いで。
「そんなはずは──」
「ひょっとすると」
誰も信じていない少女の抗弁ぶりだけど、このまま追及タイムが続くと或いは真相に辿り着かれる可能性も芽生えかねないし、距離あれど後ろに立っていたわたし達がやり玉に上がる率は非常に高かった。
だからこそ間違った形でも結論を出してしまうべきだと解決の足掛かり、ネクストチュートルヒントを出しておく。
「ひょっとするとアリティエ様、長旅で体調を崩されたのでは?」
特に大声で主張するでもなく、ぽつりと呟いた程度の発言。怒りのままに猛り続ける四女様に比べればごくさりげない意見。
しかしこの場においては根拠に乏しい説よりも説得力のある見解であった。体調不良、実に便利な言葉だ。
「い、医務官、あなたの見解を伺いたい」
「後ろ頭の痛みとなると考えられるのは緊張型頭痛と呼ばれるものですな。頭全体、或いは後頭部などにも発生する症状で身体的精神的ストレス、または首や肩の筋肉が緊張することにより誘発される傾向があります」
ハーディン班長の問いかけに控えていた医務官がさらりと応じて見せた。
不可解な四女様の言い分に医学的かつ強引な解釈が盛り込まれる。現代医学でも頭痛の原因、ストレスから脳梗塞に至るまでに「後ろ頭をぶっ叩かれたような一瞬の痛みとそれに伴う衝撃」って症例はあまり無いだろうから常識的な頭痛の範疇で診断された。
真相から程遠い無理矢理な見地で症状に説明がつけられそうになっているが、わたし的にありがたく良い流れ。
「ですが不意に起きた頭痛であるなら万一の可能性もございます。念のため検査魔術を受けていただいた方がよろしいかと。さあアリティエ様、こちらに」
「ち、違いましゅ! 絶対、絶対誰かが叩いて」
「さあこちらに、こちらに」
貴女様のお体が心配なのですとの大義名分の下、他室に連行されていく四女様。留学に随行してきた医務官は彼女の身に何かあれば物理的に首が飛ぶ筆頭の立場、健康管理を託された彼にすれば原因よりも現状が何より優先されるのだ。心配と保身が内混ざったパワーに幼女は抗することも出来ず連行退場していった。
「なんだったんだろうな一体」
「ストレス性の頭痛か、意外だな」
「そうですわね、あの四女様も流石に不安や緊張を覚えていたんですのね」
「幼い身で他国に派遣ですもの、さもありなんかと」
色々酷い感想を漏らしながら集められた一同もそれぞれに解散していく。漏れ聞こえる言葉からも四女様のイメージのよろしくなさが伝わって来る。
しかし今回の一件で「意外と子供らしい繊細なところもある」との感想が付け加えられ、周囲の目が少し庇護的になるのだが、この時のわたしは別のことに気を取られていた。
即ち犯罪者心理。
(証拠を隠滅しないと)
既に終わった式典の後、ガランとしているはずの講堂を目指す。あの舞台の上にはわたしが犯人だという証拠、左袖のボタンが落ちているはずなのだ。
もはやストレス性の頭痛だと診断された事件後ではあるが、万一のこともある。名探偵幼女が「あれれー?」と言い出す前に痕跡は消すべきだと
「アルリー様」
思わずギョッとする。
突然わたしの眼前に立ちはだかる黒塗りの男、もとい黒服を決めた執事。
この留学で密使を務めるわたしの補佐を行う男にして大公家のニンジャ、セバスハンゾウその人である。いつ、どこから現れたのか分からない、そこそこ己を鍛えているわたしにも読めないタイミングで、
「アルリー様、お手を失礼致しま候」
「へ?」
問われた返事を返す暇なく、彼はわたしの左腕を取り、
──ほんの一瞬、風が吹いた。涼やかで玲瓏たる風が。
「って今の何?」
「失礼を、ドレスの解れを修復させていただきたく、しからば御免」
「ほつれ? って、あ」
意味が分からず見直した左腕、正確にはドレスの左袖には、あったはずの千切れたボタン痕が無くなっていた。
否、失ったはずのボタンが綺麗に揃い、損傷したことすら窺えない程に丁寧な糸仕事で元の場所に縫い付けられていた。
えっと、これってつまり……
「中々の御手前にござった、アルリー様が害意抱く間者なれば四女殿は八割方割けた柘榴の如く亡骸を晒しておられたと存じ候」
「……あのタイミングで8割しかないの?」
「頭蓋は意外と堅牢、
「その気は無いけどボタンの繕いはありがと」
もはや誤魔化すのは無意味とお礼だけ言っておく。
あの時、四女様が演説していた時、セバスハンゾウは舞台上に居なかった。
男爵令嬢の執事でしかない立場ゆえに舞台袖に控えることすらなく、おそらくは講堂の外に留め置かれていたはずの彼が。
わたしが指弾を放つところまで見ていた、ということになる構図。
それも証拠物品たるボタンまで回収していたと。
(──いつ、どうやって?)
未知の恐怖がここに。
ああ、やっぱり大公家の執事というものは正しくフィクション上の執事、万能にして無敵の存在なのだなあと。
間違っても敵に回してはいけないと頷くのみであった。
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