7-04

 リンドゥーナの往路中、画爵サリーマ様のお陰で友人役の格上3名とそこそこ仲良くなったような気のする旅路もようやく終わりを告げた。

 国家の威信をかけて平穏を約束された一行は予定通りの日数で王都リグ・ヴェーダに到着、これより留学の本番を迎えることとなる。


「ついに到着してしまった……」

「まずはひと段落で候」

「ここから真の苦難が始まるんだけどねェ」


 傍らに付く仮初の執事セバスハンゾウも苦難の付属物なのに、とは言わぬが華。

 この国で私の役割はふたつ。

 ひとつは公的なお役目、ブルハルト家四女アリティエ様の友達役。幼い少女が外交の場、本国より遠く離れた閉鎖社会で孤立せぬよう、孤独を抱えないよう立ち回る気働き。

 もうひとつは隠されたミッション、レドヴェニア大公家から仰せつかった極秘任務。とあるリンドゥーナ貴族に私的な手紙を届けろとの旨。


(前者は高度な柔軟性を示しつつ臨機応変なアドリブが要求される困難さ、後者は使者であるはずのわたしが何も分かってないのが最大の問題)


 そう、何しろ現時点においてわたしは何時どこの誰に手紙を届けるのかすら知らされていないのだ。本当に何をやらされるのか。

 「先方の関係者に出会い過剰な反応をされても困る配慮です」とのお言葉はごもっともなれど、何に加担させられてるのか分からない恐怖が残る。

 恐怖の中で最も恐ろしいとされるのは未知なるモノだと聞く。理由は分かる、事前の備えも対処のしようもないのだから。


(特殊詐欺の受け子をしている気分で憂鬱すぎるゥ……)


 少々礼を失した喩えかもしれないが、現実的にもそんな身分差なのが物悲しい。大公家からすれば男爵家令嬢などという立場は切り捨てても痛くも痒くもないだろう。

 自分磨きの派生の派生で陥った政治的暗躍の渦に巻き込まれた感、激流を制するは静水の心境で諦める、静かに流れへと身を任せるしかないのだ。

 あとは使い捨てじゃないことを祈るとか、助けて愚者の神。


 やがて来る危機よりも、今は目の前の課題をこなしていこうと切り替える。

 とりあえずはこれから同じ任務を開始する格上の同僚たち3人に挨拶を。


「ごきげんよう、ヴェロニカ様、イスメリラ様、パナシルテ様」

「あら、我が友アルリー様、ごきげんようでサリーマ」

「……あからさまな語尾で催促しないでくださいよヴェロニカ様、ちゃんと招待状は送らせていただきますから」

「いえいえ、わたくしここ数日の間は興奮して眠れなかったのでサリーマ」

「寝ましょうよ、帰国は三か月近く先なのに」


 格上友人役3人衆のトップ、ユーグラン侯爵家のヴェロニカ様。

 彼女はわたしの友人であるペインテル子爵令嬢サリーマ様の絵画ファンらしいのだ、それもかなり重度な。ひょんなことからわたしの家にサリーマ様の表に出してない絵があると知った彼女はウチに招待しろと迫って来たのが数日前の顛末。

 この一件で彼女たちとはそこそこ上手くやれそうな雰囲気である。それが「お前ンチのファミコンで遊びたいから友達な!」のような図式であっても。


(確実に欲目前提の結びつきだけど、求める利が明らかで付き合い方が分かり易い分マシかもしれない)


 豹変せし「我が友よ」とはストレート過ぎて、猫型ロボットの出てくる漫画のガキ大将が如きヴェロニカ様の振る舞いに心の中で苦笑する。

 遥か格上の彼女達に対しクルハやデクナ、ランディやサリーマ様のようにプライベートな仲良しを作れると思うのは傲慢が過ぎるというものだ。

 逆恨みマックスでわたしを敵視してくるバカボン3人衆に比すればマシもマシ、こちとらただの男爵令嬢、権力もカリスマも無いからして。


(ただカリスマよりも実利で忠誠心は上がったのよね、ゲームだと)


 ロミロマ2の『戦争編』では名有りキャラに美術品や名馬、魔導機械などの高級品を贈ることで忠誠心ゲージが上がる仕様が実装されていた。直截にも婉曲にも賄賂攻勢だろって仕組みだった。


『……これを忠誠って呼ぶの抵抗あるんだけどおにいたま』

『財宝の分配、戦果の公平性は信用される君主の一助だぞ妹よ』

『それ、金の切れ目が縁の切れ目って奴では?』


 付き合いに利益ある限りは味方でいてくれる関係性を忠誠と称する摂理があった世知辛さは前世でも今世でも変わらないらしい。沈みかける船からネズミが逃げ出すのと表裏一体の法則でもあるが。

 ゲーム版ロミロマ2に思いを馳せてふと閃く。


(つまりサリーマ様の絵画も贈呈すれば関心を買える……?)


 そこまで考えて発想を停止する。

 生粋の貴族なれば打算的に行動しきれたかもしれないが、わたしは所詮中身が庶民、人格の基礎はバンピーで固められたのだ。友情の証として貰ったプレゼントを現状で他人に横流しできるほど厚顔にはなり切れてないがゆえに。

 ──バッドエンド回避のため、いざとなれば絶対にやらないとも言い切れないのもまた小市民の小物さ加減だけどさ。

 そうはならないよう軟着陸させたいものである。


「余生の楽しみが増えたと喜びつつ、役目を全うすると致しましょうでサリーマ」

「そろそろ人前に出るんですから本当にその語尾止めましょう?」


******


 王国の壮行会に比べるとリンドゥーナの歓迎会は小規模と言えた。

 貴賓席の列席者は服装から格調高さが窺えるものの、何しろ場所が留学先の学園講堂。国家事業感を前面に出した王国の見送りと異なり、雰囲気どころか会場が入学式そのものと表現するのが近しかったからだ。


「大々的に友好を打ち出せる関係ではありましぇんから当然でしゅ」


 与えられた控え室でわたし達友達役を呼び集めて現状を評した四女様ことアリティエ・ブルハルトはこしゃまっくれた表情で事も無げに笑う。

 これでいちごミルクを飲みながら舌足らずでなければ幼さを感じる度合いも少なかったかもしれない醒めた見解である。失礼にならない程度に幼女を観察しつつ、


(四女様とは往路中に接触の機会は少なかったなァ)


 初対面の群雀発言以降、期間限定でお仕えする相手であるにもかかわらず、あの幼女とは主従の交わりと言うべき交流はほとんど無かった。ヴェロニカ様たちとは良くも悪くも一定の関係を築けたのに比べれば皆無といって良いほどに。

 故に彼女がどんな人物かを深く知ることは出来なかった。相手を知ることでリアクションの最適解を導く情報収集もチャンスが無ければ空振り以前、友達役の万全体制に不安を残すのが正直なところだ。


「これからわたちは壇上で演説をぶちましゅが、お前たちも脇に控えて聞き惚れる栄誉を受けるのでしゅ。せいぜい感激してみせるのでしゅよ?」


 コミュニケーション皆無の結果、第一印象の「傲慢な幼女」との認識を改める契機はなく、短い付き合いながら頭の痛くなる将来図。頼むから演説は事前打ち合わせで交わしたカンニングペーパー通りの台詞を発して大過なく終わらせて欲しいと祈るばかりである。


『──それではブルハルト公爵継承第4位、アリティエ様に一言いただきます。盛大な拍手を以てお迎えください』


 表面上は子供のお遊戯発表会、その実国家間交流の実績積み上げな隣国デビューが目の前で開催された。四女様の共連れとして先歩く少女の後に続き、数歩下がった位置の脇に控えるわたし達。

 眼下には一段下にて並ぶリンドゥーナの学生達、そして幼女の背中。


『リンドゥーナの皆さん、まずははじめまして。そして自己紹介を。ゴルディロア王国の留学使節団を代表し、ご挨拶させていただきますアリティエ・ブルハルトと申します。この度、両国間の友好を──』


 こういう時は舌足らずが鳴りを広めるのは使命感ゆえか、それともあらかじめ決められた台詞の音読のみで通用する仕様なのか。とにかく淀みないペーパーの読み上げぶりに我ら4名お友達一同安堵する。

 外見だけ見れば小鳥のように可愛らしい少女が一所懸命にお役目を果たそうとしている光景は胸を打つかもしれない。


「……どうやら恙なく挨拶は終わりそうですわね」

「……いつもこうならよろしいのに」

「……ええ、本当に」


 隣から聞こえる囁き会話。格上友人役3人衆の憂いはわたしも抱えていたもので、杞憂に終わった喜びもそれに等しい。

 この場の誰よりも四女様の近くでハラハラしていた者同士が安らぎを得ようとした瞬間、


『──最後に、少々手前味噌になるのでしゅが』


 ざわッ。

 わたしの産毛が逆立ったのと同時に伝わる動揺の気配フロム真横。

 我々は一致して察知した、「絶対何か余計なことを言う」と。


 四女様の姉こと『大公』ルートのライバルヒロイン、ホーリエ・ブルハルトは「私人として会話する際には語尾が『~ですわ』」になる特徴がゲームで示されていた。

 それと似た特徴で四女様アリティエは普段、私的発言は舌足らずになる。

 先程の演説はアンチョコの通りに読み進めたから流暢だったが、ついぞ今の語りが怪しくなった、言葉遣いが覚束なくなってきた。そもそも原稿の内容は既に離し終わっているのだ、即ち


(演説の最後にアドリブ入れようとしてるゥ!)

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