7-02

 ゴルディロア王国留学一団はリンドゥーナの支配域に入って以降、一行の生活はテントを組む野営生活から解放されて建物での接待を受ける立場と化した。

 飛行機の無いロミロマ2世界、旅路はひたすら陸路。中世ファンタジーの外観を守る世界観は移動制限の縛りも合わさって高速道路もままならず。

 一般道を馬車で進むペースでゆっくりゆっくり隣国の奥深くを目指すのだ。


「心無し気温が高くなってきたように思えますわね」

「わたくしは少しジメッとしているよう感じますわ」

「リンドゥーナの南東はもっと湿気が強いらしいです事」


 同室の友達役が語り合う評価は的を射ている。

 既に秋口、真夏の暑さは翳りを示す時期。それでも夏の装いを手放せない程度に汗ばむ気候なのは大陸でも南部に位置する国ゆえのことだろう。

 次男様と四女様が留学する先、リンドゥーナの貴族校『ヴェーダ学園』は我が王国の例に漏れず、リンドゥーナの王都リグ・ヴェーダに建てられている。そして王都とは仮想敵国と隣接するような位置には据え置かれず、しかし商業的には利便的融通が利くことを求められる。

 結果、交通網の要所を加味したほどほどの場所に設置された王都は陸路を走ること1週間程度の距離を空ける。


 そのため、わたし達四女様グループの短期留学は往復の2週間を含めてのワンシーズン留学となる計算、ヴェーダ学園に留まる時間はその分を差し引いた扱いでスケジュールが組まれていた。


(もとより四女様は権威付けで「訪れて留まった事実」があればいい感じだし)


 がっつり他国の学園で学ぶことを役割とされた次男様と異なり、四女様に与えられたのは友好的実績作りの一環がメインなのは明らかだ。

 実績の積み重ね、これが対外関係における友好の経験値。一朝一夕に固められるものでないし、失う時は一瞬で消滅する可燃物に過ぎないが。


「それとも発火物の方が正しいかしら」

「アルリー様、何か?」

「いえ、なんでもございませんことよ」


 王都リグ・ヴェーダを目指す中継地点の町、四女様のお友達役一行は宿の一室を与えられている。四女様の近くに侍る同国人として配置されるわたし達は四女様だけでなく、それぞれも交友を持っておけとの差配のようである。

 王国からずっと宿泊施設を共にしている3人は全員がブルハルト派閥のお嬢様。わたし含めて学園入学前の若年で揃えられているのは四女様の年齢を考慮した結果だろう。


 ユーグラン侯爵家のヴェロニカ嬢。

 メヴェルド侯爵家のイスメリラ嬢。

 オールガル伯爵家のパナシルテ嬢。


 実に格上家系で固められた面々。お近づきできれば今後のコネに成り得そうな、派閥が異なるので近付き過ぎると身内にあれこれ言われそうで複雑だ。

 それに、親しくなろうとしても住んでる世界が違い過ぎるような気配がひしひしと、言葉の端々から読み取れるというか。


「それにしてもイスメリラ様のお召し物、華やかで新鮮な色ですわね」

「まあ、パナシルテ様はお目が肥えてらっしゃる! メヴェルド領の特産品たる染料を使ったドレスですのよ!」

「そういうパナシルテ様のブローチ、アンティークの象牙と青の玉が似合ってよろしいですわ」

「そ、そんな、ヴェロニカ様にお褒めいただくなんて!」


 ファッションお値段上品トークは貴族の華、それは旅先でも変わらない。

 貴族の身ならいつ誰に見られるか分からない、会うともしれない、他国での行脚中──歩かないけど──であれば尚更身だしなみに注力するとの理屈はわたしにも理解できる。

 ただ男爵家令嬢にそんな余裕があると思うな! との僻みは入るかもしれない。

 ついでに口も挟み辛い。


(ファッションや芸術の知識はあるけどさァ)


 ゲーム的ステータスではファッションや芸術に関するものは『知力』『魅力』、自身が宝飾や裁縫、刺繍や絵画音楽等を手掛けるならここに『巧力』が加わる。

 いずれも現状のステータスカンストを完了しているわたしは子供レベルで極められる域に到達しているものの、それはあくまで知識や教養、机上で習える平凡な一般的見解に過ぎない。

 着飾るには相応の蓄財が、服飾やアートで名を挙げるのに必要なのはステータスでなくセンス、最終的には個々人のひらめきや才能が最重要視される領域。

 ──勿論芸術で身を立てるならパトロンや審査員、評論家のコネもあった方がよろしかろうが。


 学んでも金銭的に手を出せるか怪しく、手を染めても才能が光るか怪しい分野。

 なのでバッドエンド回避に確実な切り札を求めるわたしとっては不確実性が増し増しのジャンルだったのであまり縁のない道楽部門なのだ。

 結果、わたしはひと通り知識を得た後に放置してる方向性でもある。繋がりがあるのはせいぜい季節毎に贈られる絵くらいで。


「そういえばヴェロニカ様、先日の芸術祭には」

「ええ、とても眼福でしたわね」

「あの季節に巨大な氷像は壮観だったと思います!」


 お友達役で交流せよとの時間、3人がわたしにあまり話しかけてこないのは別段意地悪をされているのではない。

 共通の話題、会話で盛り上がれるとっかかり、口実に出来る何かが無いのだ。

 派閥違いや爵位に差があり関係性に乏しいのもあるし、ブルハルト領方面の流行り廃りなどに付いていくのも無理があるし、生活水準の違いでお召し物や服飾宝飾の話題を欠いているのが主な理由だった。わたしのドレスは見苦しくはないものの素朴でお高くない簡素仕様で口の端に上げるのにも微妙な代物なんだから触れてこないのは優しさかもしれない。


(日常会話や挨拶は出来てるから、それでいいと妥協しておくべきかしらねェ)


 わたしとても3か月は行動を共にする間柄、冷え切った関係でありたくはないが無理にクチバシ突っ込んで割り込むのもどうかと思う半端な位置。

 何か共通の話題が出れば社交スキルの使いどころだけど、そうそう上手く転がらないのが世の常で、辺境の男爵令嬢に知識以上の実感を伴ったお上品な趣味嗜好の最前線を期待するのが無理という話だ。


 クルハなら戦闘談義、デクナ相手なら学園入学に備えた勉学に関して話し合う余地は幾らでもある、しかし付き合いも何もない彼女達には難しい。故に適当な相槌を打つ聞き上手に徹していた。

 ──とあるキーワードが出るまでは。


「それでヴェロニカ様、お気に召した絵などありましたの?」

「ええ、サリーマ画爵の真作を何枚か」

「まあ、まあ、サリーマ画爵といえば若き天才として知られるあの!?」


(……うん?)


 意識が相槌モードから平常モードに覚醒する。

 サリーマ画爵?? 今サリーマって名前が話題になった??

 何か聞き覚えがあるような名前が彼女達の口から飛び出したような???

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