留学隠密編

7-01

 秋が始まる前、或いは『学園編』を半年後に控えた時期。

 わたしが巻き込まれた隣国リンドゥーナへの留学一行は大袈裟な壮行会を執り行った後に目的地を目指す旅路を開始した。


 国家の一大事、大々的に──というほどの規模でないにせよ、ブルハルト家の当主と配偶者、さらには王族数名が見送りに来る壮行会は必要以上の緊張感を以てわたし達の尻を叩いた。

 行き先は決して友好関係にあるとは言い難い大国ゆえに外交成果は国家の利益に直結する、そう念押しされている気分ではある。


(いやいやその手の圧はブルハルトの次男と四女にお願いします、随行の男爵家令嬢には荷が重い以前に無関係すぎます)


 実際は遠巻きに式典を眺めやる立ち位置ですんだもののプレッシャーは同行者に等しく圧し掛かる。

 ──わたしの場合は大公家の密命含めてさらに倍。


 もとより小旅行気分など皆無な拒否不能留学随行、どうすれば上級貴族の不興を買わず機嫌を損なわず軟着陸できるのか。


「お嬢様、お気分でもお悪うござ候?」

「ああうん、なんでもないわよ……」


 側に控えるのは老練にして我が師たるセバスティングに非ず。彼は今もチュートル邸を取り仕切る敏腕執事をしていることだろう。

 代わって隣に居るのは大公家から貸し与えられたニンジャ執事、セバスハンゾウ。密命の監督役にして工作員、ひょっとすると腕前はセバスティング以上かもしれないが信頼性が違い過ぎる。

 どう考えても非常時は大公家の利を優先してわたしを切り捨てるとしか思えない布陣。


 わたしが欲しかったのは『学園編』でイベントに干渉できる程度の繋がりだったのに、何故か貴族間の術策権謀に組み合わせた歯車の一枚だった。対立する双方に寄与を求められるってどうなのか。

 行き先不安しかない出立初日、早くも心が折れそうである。


******


 出立当日に開催された式典はアクシデントもなく弱小男爵家令嬢に妙な飛び火をすることもなく終了、ロイヤルな楽団の生演奏に背を押され、国軍の先導するままに留学の一団はリンドゥーナ目指しての南下を始めた。


「暫定国境付近までは国軍の誘導付き、それから先はわたし達だけ進めと。これ結構危ない橋を渡ってない?」

「とはいえ『空白地』に軍を入れるのも問題で候」

「そこは話し合いで特例とか出しなさいよォ」


 国境が地図上ではっきり引かれ、それが万全に守られていると思っているのは少々平和に染まっている思考だろう。

 わたしの前世ですら自国と他国の主張はすれ違い、世界中で領空領海侵犯当たり前、政治的判断で不当な線引きだとの一方的理由で踏み越える例は枚挙に暇なく。


 未だ戦争が国家利益の価値観溢れるロミロマ2世界では尚のことだ。国境と呼べるほど明確に分類などされているか怪しげな縄張り、どっちつかずの土地、いわゆる「空白地」と呼ばれる緩衝地、未開発な荒れ地や平地を挟んでの対岸関係。

 だからこそ『上がり盾』は曖昧な地域を与えられ、国家の盾扱いで貴族の地位を授けられていた。ちょっとした弾みで簡単に衝突しかねない小火の消火役として。

 パパンの立場は本来おつらい。本人は雑務に忙しいのが一番つらいらしいけど。


「それにリンドゥーナが我らを旅路にて騙し討つ理由は皆無にござ候」

「その心は?」

「仮にブルハルトの両名に害意を向けるとしても黙って待てばよいでござろう。勝手に国深くにやってくる一団を失敗覚悟で襲撃する理由は無きにて候」


 言われてみれば確かに。

 そもそもブルハルト家は王国の名家なれど次男と四女は失われて致命的な存在でもない。敵意を買うだけで王国の痛打には成り得ないわけで。

 例え現時点でリンドゥーナが王国と開戦を見込んでいても、全く利益にならない。


「ついでに言えば人質に取るのも秘密裡に始末するのも利益足りえないと」

「然り」


 むしろ友好的に振る舞って王国を油断させる方が合理的ですらある、とは口に出さない。セバスティング相手なら言える軽口、不吉な未来の予想を打ち明けるほどにニンジャを信用できないからして。


「あるとすれば商人狙いの野盗くらい、でもこの護衛付き大所帯を襲うバカもそうそう考えられないわねェ」


 馬車の窓から顔を出し、前後を見渡す。

 前を走るのは護衛官が搭乗する武骨な軍用馬車が矢じりのように並んで走り、軍用馬車を壁にするよう真中を続くのが、飛び切り豪奢な意匠をこらしたユアハイネス仕様の馬車が2台。それぞれ次男様と四女様、近衛騎士と友達役が1名乗っている特別車。

 その後にわたし達や護衛、高級女給などが乗る馬車が続き、最後尾にその他大勢の乗る幌馬車や荷駄が追いかける形。


 ──ここまでなら魔術魔法の無い非ファンタジー世界でも再現できそうな光景。

 この馬車群に並走する形で並び進む縦長の巨影がひとつ。

 大きさでいえば電車の一車両を縦横倍に水増しさせたくらいはあろうか、わたしはこのビルを横倒しにしたような存在をゲームで幾度となく見たことがある、運用したことがある。

 『戦争編』で。


「あれが『地上船』……実物は初めてみたけど大きいわァ」

「これでも最小寸尺の船で候」


 地上船。

 その名の通りに地上を走る木製の船である。船とは言うが車輪で走るので実態はトレーラーやコンボイの方がニュアンスは近いかもしれない。サイズがサイズなので町中に乗り入れる機会も滅多にない、陸の港に横付けするのが主な乗り物。

 最新の魔導技術を駆使した陸上のクジラ、地属性の魔術で重力を低減させての性能は見た目以上の荷を運べ、兵站が重要な『戦争編』では世話になったものだ。とてもお高く運用自体も金食い虫だったので数は限られたけれど。


『どうして木製しか作れないんだ、陸上戦艦の夢を追えないだろ!』

『そこまでやると最早何のゲームか分からないよ、にいたまァ』


 などとのやり取りも懐かしい。

 ちなみに兄の夢は「重力低減魔術は金属に阻害される」との移動力制限大好きな公式設定で夢破れていた。乙女ゲームかつ剣と魔術魔法のファンタジーを鉄と硝煙で無双するのは制作側も本意ではなかったのだろう。

 ただしこの影響で地上船は装甲に金属板すら貼れない仕様で低耐久度かつ火矢にも弱く、武具輸送も食糧輸送の数倍時間がかかる設定になってたんだよねェ……。


「でもあの船、白塗り金枠でとても軍用に見えない意匠なんだけど」

「おそらくブルハルト家が所有するもので候。式典祭典諸々用かと」

「上級貴族はスケールが違うわァ……」


 豪華な宝石箱の用途は寝台車と食堂車を足したようなもの、次男様と四女様の寝食を満たすための代物なのだから驚きの価格。

 理屈は分かる、筆頭公爵家の方々をテントで携行食を食べさせたり寝泊まりさせるのを避ける措置なのは分かるけど大仰すぎる。それともあれがロミロマ2世界での上級貴族では当たり前なのか。


(ゲームだと攻略対象やライバルヒロイン達も学園の林間学校や夏季休暇でログハウスやテント生活をしてたんだけどな)


 公式行事ともなるとああなるのかと驚くべきか呆れるべきか悩むところ。

 それでも一般的には軍用の輸送艇だ、リンドゥーナの警戒を最低限にするため一行全員の輸送を行うほどに船は集めず、また地上船の随行はリンドゥーナの支配地に入る前までだという。相手国では相手国の接待を受けるべきというローマがどうこうなことわざに従った真っ当な配慮に思える。

 ──或いは相手の賓客対応から誠意の度合いを観察し、力の入れ具合から王国に向ける好感度を見極めろとの意味合いもあるかもしれないが。


(普通はそうやって逐一相手の反応を確認しながら情報を更新するんだろうけどさァ)


 改めて並走する地上船を見やる。

 あれの存在が数年後に勃発するかもしれない『戦争編』を意識させる。しかし今わたしの置かれた状況はゲームには無い、そもそもゲーム開始よりも1年以上前の時間軸。

 この短期留学が今後の王国、リンドゥーナの関係を左右するのか否かすら判別が難しい立場にあった。


 果たして留学外交が成功すればリンドゥーナの進撃は無くなるのか、それとも失敗したからこその関係悪化なのか、もしくは成功させてようやくゲーム通りの水準に達する可能性だって有り得る。


 その一方でゲームに隣国への留学などというイベントは存在しなかったわけで、ゲームの範疇で捉えることが間違っているかもしれない事態。なんでもかんでもフラグフラグで考えるのはゲーム脳が過ぎるとの認識も新たに生まれては消える。


「何が正解なのか全く分かんないィ……」

「アルリー様? 如何致し候?」


 不審そうに視線を寄越すニンジャに上手い返事を思いつけず黙殺する。

 結局何事もなく目的地に到達するまで、わたしは「なるようにしかならない」との平凡な結論を出すことすら時間を要した。

 ──セバスティングならもう少し面白い混ぜっ返しで気分を変えてくれたんだろうな、との感想はおそらくわたしの我がままである。


 こうして孤独と溜息を共連れに、わたしの入学前最大級のイベントは始まった。

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