6-13

 古人いわく「過ぎたるは猶及ばざるが如し」。

 何事も上限超えると逆に足りないのと同じになるとの言葉通り、わたしの頭も沸点を通り越したのか逆に冷えてしまった。


 入り口前に立っていた執事に促されるままソファに腰かけ、淹れられた紅茶を前に身じろぎも出来ず、意に沿わぬ冷えた思考が成程なるほどとひとつの疑問を紐解いていく。

 筆頭公爵家の手掛ける事業の情報があれほど早く、伯爵の手紙に記されていた理由。家の格差から見て危ない橋を渡っていると思ったものだけど、前提が違った。

 短期留学の機密情報を調べていたのは伯爵家ではなくレドヴェニア大公家の仕業だったとなると「そりゃ出来るよね」と納得。

 王国のそれに匹敵する権力者が抱えた諜報員、きっといい仕事をしたのだろうと。


(でもそうなると、あのバカボン一味を留学随行メンバーにねじ込んだのも大公家の意向だったのかしら?)


 派閥違いで下級貴族の子息たち、普通なら組み込まれるはずもない木っ端でも大公家の力があれば他家の携わる国家事象であろうとどうにでもなっただろう。

 しかしそうなると尚更理由が分からない。

 わたしは身分より魔術全属性のせいだとまだアタリがつけられる方だ。果たしてバカボン一味を加えた意図とは。


 こうして頭の体操、或いは現実逃避をしていたのは僅か数分のこと。

 わたしは何の陰謀に巻き込まれたのか、どうすれば最低限の被害で抑えることが出来るのか、難題の解法を見つけることも適わぬままに、


「待たせたわね。書きかけの指示書を埋めてしまいたかったのよ」

「い、いえ! こちらこそすぐにお伺いできず申し訳……!」


 突然目の前のソファに座り込んだ姫将軍が視界に映り込み、思わず立ち上がる。

 注意せよ、相手はわたしの上の上の上の上の上の上くらいに身分が高い相手だ、無礼ひとつでお手軽斬されても社会的に問題ない関係性。

 一方的に訳も分からず呼び出された立場ではあるが、へりくだりマックスの態度を通さざるを得ないのだ。

 かなしい。


「まずは伯爵の名前で呼び出した非礼を詫びます。そして改めて名乗りましょう。わたくしはレドヴェニア大公家のフェリタドラ」

「は、はい、存じ上げております、その、デビュタントの席で」

「あら、覚えていてもらえたのね、ユニーク」


 忘れようがない、と直接言い放つのは危険すぎるので意思表示は首肯に留める。ただせめて己の目立ちぶりはもう少し自覚していただきたい。

 ……あれ、ちょっと待って、今ユニークポイント発動しなかった?


「貴女も色々あって今日は疲れているかと思いますので本題に移りましょう」


 配慮か威圧か、早くお座りなさいと大公家の薔薇は美辞麗句を放たせる時間も惜しいと言わんばかりの行動に打って出てくださいました。

 「今日の出来事で最強にストレスで疲労背負わせたのはあなたですよ姫将軍」とも言えず、これまた神妙な顔で頷く処世術。

 沈黙は金とは誰が言ったのか、ありがとう。


「レドヴェニアの者がどうして名を偽ったかについては」

「い、いえ! 何か内密な事情があったかと存じます!」

「察しが良くて助かります。その所謂『内密な事情』ですが」


 またもや拒否権の無いパワハラがわたしを襲う。立場の違いが頼み事イコール絶対遵守の命令になる関係性。

 イエス・ユア・ハイネスってもんよハハハ、でもこれで「留学を失敗させるよう暗躍しなさい」とか言われたらどうしよう。断っても受けても成功させても失敗させても命が危ないんですが。

 土壇場で醤油が手放せない毎日。


「リンドゥーナに出向く貴女に、手紙を一通届けてもらいたいの。誰の関与も許さず確実に」

「……手紙、ですか?」


 赤金色の薔薇が放ったのはピンとこない命令だった。

 この世界、通信と輸送には厳しい制限がついてまわるが郵便に関しては民間レベルに浸透している。無論移動手段の問題で届く時間は要するのだけど、男爵家令嬢が安っぽい私文書で手紙攻勢を四方八方に繰り出せる程に。

 むしろ大公家の出す手紙なら機密的かつ超特急速達での運用が可能に思える。

 なのに何故?


「とあるリンドゥーナ貴族に『大公家の人間からの文書』としてでなく『かつての学友からの手紙』を」

「……私文書、ということですか」

「そうです。件の手紙には大公家の意向は一切含まないものですが、そう主張しても無為なのを理解した上での差配です」


 成程、と頷く。

 立場には責任の他にも影響力が伴う。この強い力は本人の意図しないところで余波を発生させる。配慮や忖度、または邪推の波風を立てる。

 貴人が風邪を引けば本人の体調管理が問題視されるのではなく御典医が責められるが如く無理筋も起こり得るのだ。


「他国からの郵便物には検閲が入るでしょう。特に友好国とは言い難い王国貴族からの物であれば、そして宛先も貴族であれば尚のこと。そこに企みや後ろ暗さが無くとも『誰から』という一点で様々な憶測が発生するのは避けられない。物の出所が大公家などともなれば」


 大公家の看板には他者に警戒させるのに充分な威を有している。現に今わたしが超越恐怖を感じているように、他国の王侯貴族なら一挙手一投足を気にするかもしれない。


「それでも他国の貴族子女が出向くとなると結局は疑われるのでは?」

「けれど手紙は手元に届けることが叶う」

「……おっしゃる通り」


 明日は敵かもしれない国の要人が出した手紙、下手すれば横取りの挙句に焼き捨てられても不思議はない。疑わしきは罰する、安全管理の手法では決して誤りとも言い難い選択。

 もしくは隣国の大貴族から密書が届いたぞ、調略か内通か謀反かと疑い囃し立て足を引っ張る輩も湧くかもしれない。


「貴女に預ける手紙も、最終的に宛先の家の者が上に報告、暗号のひとつ仕込まずとも疑われ、最終的に処分されるかもしれません。それでも相手に渡り、文面を届けるまでは保証されるでしょう」


 わたしが気軽にやり取りしている文通、それを大公家の人間は手紙ひとつ届けるのにそこまで考えを巡らさなければならないらしい。

 こいつは大変だなと思う。

 ──まあその大変な偉い人から大変な命令を下されてるわたしもとても大変だけど。


「貴女には得るものの無い頼み事ですが、代わりの報酬は用意しています」

「報酬……ですか?」

「聞けばチュートル家は学園に引き連れる世話役の手配に難航しているとか」


 我が家の事情が筒抜けすぎる。

 いや、筆頭公爵家の機密情報を速攻で引き抜いてる諜報能力があれば簡単かもしれないけど、まさかウチに調査が入ってるとか思わなかった。それもそんな細かいところまで。


「なので『彼』を留学中から学園在籍までの間、貸し与えましょう」


 姫将軍が指し示したのは身動きひとつせず、また気配を消して彼女の横に控え佇んでいた存在感の無い若い男。

 黒髪は東方系の証とされるロミロマ2で見事な黒髪男子。主要女キャラではマリエットが唯一の黒髪ヒロインであるが、男は割とちらほら見かける色合いである。


「彼は我が家でもそれなりに優秀な執事です。挨拶なさい、セバスハンゾウ」

「大公家に仕えるセバスハンゾウと申し候、アルリー様」


 ニンジャだ。

 まごうことなきニンジャに違いない、挨拶受けるまでもなく名前で分かった。

 この理解がロミロマ2世界で一般的か、わたしのサブカル知識で特殊な理解かは定かでないものの、まず間違いない。

 執事と、おそらくは諜報員を兼ねた存在だ、絶対そうだ。分かり易いのは正義、時々涙雨。しかしゲーム中最強の西洋風美少女が「ハンゾウ」とかニンジャネームを真顔で言うのはちょっと面白く衝動的な笑いをこらえるのに全力を傾ける。


「役割と手筈はセバスハンゾウに任せています。引き受けてもらえますか、アルリー・チュートル」


 もとより最初からわたしに否を口にする勇気など持ち合わせなく。

 筆頭公爵家の仕切りでリンドゥーナに向かうわたしは、同時に大公家の密使という役目を仰せつかったのである。

 なんだこのややこしくも厄っぽいコウモリ的立場は。


 留学を瓦解させる内部工作員でないだけマシと思うべきかもしれないが。

 神様がいた設定ある世界で言うのもなんだけどこの世に神も仏も無いと思った。


******


 精も根も尽き果てた足取りでわたしは仮の宿に宛がわれた部屋に向かう。

 色々あり過ぎた一日に虚脱しきった心身。そうか、これがわたしの限界点かと馬鹿みたいな納得が胃の腑に落ちてくる。


(なんで出発前から重荷を背負わせてくるんですかねェ!)


 心の中で文句と溜息を同時に抱えつつ、重くなった気分の矛先リンドゥーナを想う。

 わたしにとってかの国は、バッドエンドの印象一色だったのだけど。

 この地に生を受けた後、気の置けない友人の出身地というのが追加されたのだ。まったく、今はどこで何をしているのか。


 ……ランディは元気かな。


************************

次回より新章となります。

次回更新は2月を目途にしております、しばらくお待ちください。


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助けると思って。


※追記

あと文字ありレビューを書いたユーザーは抽選で図書カード貰えるらしいですね。

目指そうWin-Win、或いは魚心あれば水心。

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