5-12

 お家のベンチに横たわり、うつらうつらしながら寛いでいたはずのわたし。

 それが気がつけば、何故か地面を枕に固い土の上で倒れていたのだった。

 ──なんだこれ?


「あれ? アルリー遊びに来るヨテイあったっけ?」


 実に不思議そうなクルハの声を聞いた時、これもまだ夢だなと思った。

 なんて理不尽でゆっくり出来ない夢なんだと。

 穏やかに体を休めていたはずなのに、これではまた戦闘が始まってしまうじゃないか。それとも夢らしく普段ならざるレアなクルハが労わるようにお茶でも立ててくれるのか。


「まあいいやー、ここであったが百年めー、いざ尋常に」


 残念、ノーマルクルハだった。

 鍛錬の途中だったのだろう、汗ばんだ様子のクルハが目の色を変えて手にした竹刀をぐるぐると振り回す。視界にかろうじて映り込む彼女は夢の中でもいつも通りで。


「……あれ、どーして立たないのかな。そのままじゃグシャっとなっちゃうよ?」

「それはやめて」

「じゃあスタンド・アンド・ファイトだよアルリー」

「いや、その、これ夢だから」


 突然地面に放り出された状況に突然現れた友人、これはどう考えても現実ではないだろう。うすらぼんやりした頭でもそれくらいの分別はつく。

 夢を夢と認識できる夢を明晰夢と言う。多分そういう奴なのだ。それにしても地面が固い。ゆっくり休むのには向いてない。体が動かない、眠い。


「ゆめ? ゆめって寝てるときのゆめ? なんで?」

「身動きひとつ取れないし、多分金縛りなのは夢だからなんじゃないの?」

「うーん、アルリーが何言ってるのかサッパリわからないー」


 わたしの見る夢の中でもクルハは愛らしく、裏表のない素直な挙動で心が和む。それでも急速にやってくる眠気を払うには至らない。

 地面の上で寝るなんて絶対に体が痛くなる奴だ、でも本当のわたしはベンチで寝てるのだからいいのか、いいよね。

 ここで眠ってしまっても構わないよね、鳩ラッシュ。


「ああ、ごめん、ちょっと駄目だわ。もう眩暈もひどいし熱も上がってきてどうにも……」

「アルリー?」

「うん、ごめん、夢の中だけど、寝るゥ……………………」

「アルリー? アルリー!? デッキー、デッキーちょっと来て!!」


 戦闘以外で友人の慌てる声を聞いた。

 実に珍しいこともあるものだ、そんな暢気な感想が沈む意識に鍵をかけた。


******


 翌日。

 わたしが目を覚ました時、昨日クルハと交わした会話のことは全く覚えていなかった。彼女の驚き、慌てぶり、それら一切のことはまるで記憶に留まらず。

 だから、わたしが驚いたのは。


 何故か今この時、わたしはストラング家の客間で目を覚ましたこと一点である。


「……なんで?」

「それは僕達が聞きたいんだがね」


 客人として身支度を終え、食事をご馳走になり、お茶を前に一息ついた後の、これが素直な感想だった。

 それ以上に不思議なものを見る目を向けてきたのがクルハの婚約者、この世界で唯一婚約なるワードに不穏を感じない子爵家令息のデクナ。キラリと光る眼鏡に咎める視線こそないものの、それでも不審さは滲ませている。

 なんでも昨日、急にストラング家の庭先に現れ、そのまま倒れたわたしをクルハ共々面倒見てくれたらしい。


「それはどうもご迷惑を……」

「そうだねー、デッキーひ弱だから今も筋肉痛に支配されてるだろうし」

「余計な事は言わないでいいんだよ!」


 そう、この光景よ。

 この姿こそ光の婚約者。第2部から闇の婚約者が屹立跋扈するロミロマ2では本当に癒し。和みの栄養失調にかかっていた心のビタミンとプロテインだ。このまま摂取を希望する。


「わたしに構わずそのまま続けて」

「いや、君の話を聞きたいんだが!?」

「そうは言われても正直よく分からないとしか」


 むしろわたしが驚いている。

 ここは現実のストラング家、夢の中ではなく本当のストラング家屋敷。何故、どうしてここにいるのか。どうやって辿り着いたのか、サッパリすぎるのだ。


「むしろわたしが知りたいくらいなのよ、どうして家にいたはずのわたしがクルハの家に転がり込んでたのか」

「少なくとも君が自分でやってきたわけではないんだな?」

「それはもう。魔術の訓練でヘトヘトになって正午過ぎから寝てたんだから」


 だからこそクルハとの会話から全て夢だと思ったのだ。こんなところにいるはずのない友人との邂逅、夢うつつの願望だったと判断するのが普通である。

 ところが現実と来た。


「あえて強引に解釈するなら、何者かが何らかの理由でわたしを拉致、何故かストラング家の庭に投棄して逃げ去ったとの推論しか立てられないのだけど」

「いや、色々な無茶な点を差し引いても時間的に不可能が残る。どれ程馬車で急いでもチュートル領からストラング家まで数時間、到着は夕方頃になったはず。正午すぎにここで倒れているのは不可解が過ぎる」


 風属性の高位で飛行魔術もあるにはあるが、移動に厳しいロミロマ2世界では誰かを抱えて素早く飛べる性能では有り得ない。

 かくして元より可能性は低いと思ってはいたが、デクナにより論理的にも「何者かに拉致されて運び込まれた」説は否定された。


「僕とクッパにすれば、君が正午過ぎに庭先で倒れていたのは動かせない事実。だから時刻に関しては君の錯誤を疑わざるを得ないのだが?」

「いや、そんなはずないってば。わたしは間違いなく正午過ぎまで魔術の訓練をしてましたー! じゃないとあんなに疲れてダウンしたはずないもの」


 なんだこの頭の悪い会話は。互いに妥協し得ない衝突、理路整然とした話し合いの不可能ミッションゆえに仕方ないのか。

 彼らの意見、正午にわたしはストラング家の庭で倒れていた。

 わたしの意見、正午にわたしは自宅の中庭で休んでいた。


「なにこのアリバイトリックみたいな状態」

「ここまでの手間をかけて何の犯行を誤魔化す必要があるんだろうな」

「さしずめタイトルは『凹凸川警部の駅馬車推理』って感じかしら」

「おうとつがわ警部って誰だよ」


 残念、こちらには時刻表トリックの大家はおられないらしい。まあ移動に制限のきついロミロマ2世界で公共交通機関は発達してないんだから仕方ない。


「サブタイトルは『脅威の時間差トリック、容疑者は瞬間移動の完全犯ざ』──」


 思考にブレーキがかかった。

 今、とても、わたしは何気なく真実を探り当てた感触があったからだ。

 そうか、なるほど、そういう考え方も出来るね。

 ──できるね!


「ごめん、少しお手洗いを借りてもいい?」

「うん、場所しってるよねー?」

「ありがと、大丈夫」


 話の半ばで中座する、淑女としてはあまり褒められたものではないマナー違反。それを承知で席をはずす。走り出さない速度で、可能な限り早足でトイレに向かう、催してはないけど急いで駆け込む。全てはステータス画面を確認するために。


「ステータス、オープン……ッ!」


 人目を気にせず済む空間に滑り込んだ途端にステータスを開く。見慣れた光の画面が眼前に展開するが早いか、ページをめくる。

 ステータスにはロミロマ2でお馴染みのキャラ情報が並んでいる。ゲームプレイ時はヒロインのマリエットを管理、今ではわたし自身の管理に役立っている。


 1ページ目はわたしの数値と一般スキル項目が並ぶ画面。

 2ページは装備一覧と詳細。

 3ページ目は戦闘関係、武技一覧、魔術一覧……魔法一覧。


 魔法適正『愚者』。ゲーム時はマリエットの適正『運命の輪』が表示されていた箇所に、わたしの背負った適正が上書きされている。

 そして、その下のリストに燦然と輝くNEWの文字と、


「習得魔法『愚者の辿る軌跡』、効果は……これかァ!」


 謎は全て解けた、セバスティングの名にかけて真実はいつもひとつ!

 違うんです警部、故意じゃないんです不慮の事故なんですゥ……。

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