5-13

 魔法とは、習うものではなく授かるものである。


 その言い伝え通り、或いはゲームの設定通り、わたしの身にも突然降ってきた。

 『愚者の辿る軌跡』。

 簡単に言えば移動魔法、過去に立ち寄ったことがある場所への瞬間移動を可能にする非戦闘系魔法だ。


 今回迷惑をかけた二人には包み隠さず真相を話した。

 わたしに魔法適正が確認されたこと、適正が『愚者』の神であったこと、そして降りてきた魔法が今回の騒動を起こした原因だったことの全てを。

 ──この二人には、転生にまつわること以外の隠し事はしたくないのだ。


「まほー、『力』の神さま適正でパワーが上がるならスゴいのになぁ」

「腕力は横に置くとして、実際凄いんじゃないかな」

「そーなのデッキー?」

「君も軍備の兵站がどれだけ大変かは習っただろう。物資や人員の輸送は距離があるほど手間・時間・人・物・馬とあらゆるものを比例して消費する。アルリーの魔法はその常識を根底から覆しかねない代物だ」

「ナニ言ってるのか分かんない」

「戦いで物をいっぱい運ぶの大変だろっていってんの!」

「当たり前でしょ、サイショからそう言えばいいのに」

「おまえー!!」


 流石はデクナ、後方支援の家系らしい観点からの分析と解説に浄化作用を感じる。

 成程、もし上限無しの制限無しな魔法ならデクナの言う通りに輸送任務で無双が叶う力、王国一の戦力と称えられたかもしれない。

 しかし。

 ステータス画面で効力を詳細まで把握できているわたしには、そんな夢は持てない。

 効果:ひとり。


 効果、、うん。


「この魔法、わたししか移動できなさそうなんだよねェ……」

「お、おう、そうなのか」

「所持品や荷物も一抱えくらいならいけそうだけど、とても兵站を担うには」


 ゲームプレイ中に兄も言っていた通り、『戦争編』を見据えた移動力の不便さにこだわった作りのロミロマ2。そこで「瞬間移動」など出来る時点で充分チートと言える。

 その上で戦争準備、戦略レベルの便利さを与えるほど開発陣は甘くなかったのだろう。あくまで個人の運用、移動ロスを減らしてあげる程度の優遇。

 バランス感覚に優れてプレイヤーの立場なら嬉しい、この世界で生きるわたしにすればもっとサービスしてくれても。


「こうして謎は解けたわけだけど、改めて迷惑かけたわね」

「僕としては興味深かったからなんとも」

「筋肉痛めたカイがあったねデッキー」

「そこうるさい」


 クルハは勿論のこと時々ギギギとぎこちない動きをするデクナには実に悪いことをした。しかし彼らは笑って許してくれた、友人とはありがたいものである。

 今後も持ちつもたれつでよろしくね、と言うのは台無しなのでやめておく。


「真相も判明したからそろそろ家に戻ろうと思うのだけど、男爵様に挨拶した方がいいかしら」

「それなら心配無用だよ、ヘラレス様は昨日も今日もご不在だ。外回りの多さは辺境警備を担う貴族の定めだな」

「だから今日も泊まっていこうよアルリー。昨日は戦えなかったんだしさー」


 もはやストラング男爵家のスケジュールまで把握している入り婿予定の彼に染み入る温かみを覚えつつ、期待に応えられない旨を表明する。


「嬉しいお誘いと避けたい戦闘の狭間だけど、黙って家を空けた状態だから早く戻って説明しないと」

「ああそうか、チュートル家で君は行方不明の真っ最中ってことになるか。それはまた一大事の予感がするな」


 構図だけ見れば令嬢消失事件。

 不慮の事故的に瞬間移動してしまったわたしを探し、自邸ではどんな騒ぎと化しているのか少し考えるだけで恐ろしい。

 エミリーは慌てふためき、激しく震え続け、奇声を上げているに違いない。セバスティングは……はたして動揺くらいはしているのだろうか。あまり想像が出来ない無敵ぶり。


「それでは帰宅してみますか、魔法『愚者の辿る軌跡』」


 意識して使うのはこれが初めてとなる。

 魔法の起動を唱えた途端、脳裏に浮かぶ様々な風景はまるでスライド写真のよう。

 成程、夢の中でもこれっぽい映像を見た記憶が微かにある。この状態で疲弊した心がクルハ達の居場所を選んだのは無意識ながらファインセーブというべきだろう。

 下手すれば行き倒れていたかもしれないし。


 意識の焦点を自邸、愛しの我が家にセットして。


「じゃあまた、今度改めて菓子折りと竹刀を持ってくるから」


 心で転移実行のトリガーを引いた途端。

 視界が涙で滲んだように、溶けた絵の具のように混沌と化したかと思えば。

 ──次の瞬間。

 わたしは昨日寝転がっていたベンチの前に立っていた。


******


 とりあえずやることは、家人にわたしの無事を知らせることだろう。

 セバスティングとエミリー、ひとまず2人の姿を探そうと邸内に踏み入れば


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいまセバスティング、むしろどうして平時と変わらぬ態度なの」


 一部の隙も無い格好で、いつもの調子で有能執事は立礼で出迎えてきた。

 慌てた様子どころか駆け寄ってきた気配すらない。わたしの帰宅時間5分前からそこで待っていたかのような自然さで立っている。

 これが執事か。人間なのか。


「いえ、お嬢様が強烈な魔力反応を残して姿を消されたので、或いはと思いまして」

「或いはって何を予想したのか」

「お嬢様の魔法は『愚者』、『旅人』であらせられます故、魔法を用いてどこかに旅立たれたのだと」

「察しが良すぎるゥ」

「年の功でございますな、お恥ずかしい限り」


 本当か、長年の経験と知識だけでそこまで事態を把握できるのか。

 万が一にも『戦争編』に突入した場合はセバスティングを軍師にしようと心を決める。勿論そうならないのが最善なのだけど。


「ちなみにエミリーは?」

「昨日から寝込んでおりますな」

「そっちはそっちでそれはどうなの」


 チュートル家は『上がり盾』の辺境男爵、いつ小競り合いから戦争までの荒事に巻き込まれ、または加担するとも限らない。

 当主や家人、所属騎士達や民兵、市民に至るまで死傷者と無縁ではいられない立場なのに、はたしてエミリーに耐えられる環境なのだろうか。

 不安は募るばかり。


「とりあえずわたしの無事を知らせておいて。わたしは先に着替えてくるから」

「承知致しました。しかしその格好、なかなか似合っておいでですが」

「クルハの借り物だから。綺麗なまま返さないと」


 着の身着のままでストラング家の庭に飛び込んだ挙句、色々お世話になったのだ。着替えもそこに含まれる。クルハから借りた衣装は彼女らしいシンプルかつ動きやすいドレス未満ジャージ以上の服なのだけど。


「胸がちょっと緩くて落ち着かない」

「ホッホッホ」

「黙るなら笑わない」


 ゲームの立ち絵を見た記憶を辿る限りアルリーは貧弱でも豊満でもなく、背も高低に特徴のない平凡体型だったと思う。ゲームの賑やかし、ヒロインの友人キャラならそんなものと納得できるデザイン。しかしわたし以上にモブなはずのクルハがわたし以上に育ってるとは、ゲームならざる人の生きる世界は驚きに満ちている。

 もうちょっとわたしにもサービスして。


 紳士スマイルで一礼して去っていく執事を見送り、わたしも自室に向かおうと


「……行った場所への転移って、この短距離でも刻めるのかな?」


 魔法の効果に関してはステータス画面で詳細に説明されていた。しかし極短距離やほぼ同軸での転移などさらなる細かい条件までは流石に記されていなかった。

 TRPGで言うところのルールの隙間、或いはマンチ行為という奴かもしれない。ちょっとしたニュアンスの違いをゲームマスターやルールがどのように解釈するのかを確認したくなる衝動。

 ゲームなら重箱の隅をつつく嫌な奴、しかし生きる世界では性能確認は大事だ。命令形チートの効果確認をすべく毎日壁に印をつけさせられる少女のように。


「いざって時に失敗するのは危ないものね。魔法『愚者の辿る軌跡』」


 脳裏に浮かぶスライドから自室を選択、転移を実行する。

 先程と変わらない景色の溶ける有様の後、瞬きの合間にわたしの身は自室へと到着する。


「……うん、極短距離でも問題なく魔法は使えるみたいね」


 近接戦闘中は無理でも逃亡中、または緊急時の退避行動に使えるかもしれない。こういった地道な確認が切り札を増やしていくのだ。今後も折を見て使い道の幅を研究することにしようと思う。


「セバスティング、いる?」

「は、ここに」


 魔法を使ったわけでもないのに瞬時に現れる光速執事。カルアーナの神々はこの領域に辿り着けるのか、と思うのは不敬なのだろうか。


「エミリーはどんな様子だった?」

「はい、知らない方がよろしいかと」


 なんでや。

 そこまで暴言放出がひどいと言うのか。まずは無事を喜ぶのが先ではあるまいか、たったひとりのメイド長。

 執事の忠言により、今日くらいは顔を合わさず避けた方がよさそうである。


「報告ありがとう。そしてセバスティング、もうひとつお願いしたいんだけど」

「は、なんなりと」

「起こして。指一本動かせないィ……」

「はて、うつ伏せのまま身じろぎひとつなさらないのはヨガのポーズか何かと思いましたが」


 そう、先程からセバスティングと普通に会話していたわたしだけど。

 床に倒れたままピクリとも動いていなかった。というか動けなかったのだ。

 例えるなら金縛り、或いはガリバー旅行記か。意識はある、怪我をしたわけでもない、ちょっと気だるさと熱っぽさが襲ってきたけどってこれ魔力切れの症状じゃないか──そう気付くのに時間はかからなかった。

 理由は考えるまでもない。


「随分と燃費の悪い魔法でございますな」

「本当だよ」


 色んなゲームに触れてきた経験が語る。

 移動魔法なんてMP消費が微々たる物なんじゃないのか、と。2回使って魔力枯渇、身動き取れなくなるって何なのよとの愚痴を零しても罰は当たらないと思う。

 そんなに移動力ペナルティを背負わせたいのか、世界よ、神よ、開発よ。


「転移魔法便利だけど、むっちゃ不便だわ」


 こうしてわたしは翼生やした靴を手に入れ、魔法に対する認識を新たにした。

 王国滅亡の回避に挑むわたしにとって、切り札足りえるかはまだ分からない。翼を得たというには重しがひどいし。


************************

次回より新章となります。

カクヨムコン対応のため次回更新は来年1月を目途にしております、しばらくお待ちください。


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