5-10

 まだまだ元気一杯のスタッフ一同を室内に残し、わたしは帰途に着くべくセバスティングが待つ控え室に移動した。ずるずると。


「おお、お嬢様。随分と生気が抜けておられますが」

「(魔力を)持ってかれたァ……」

「ははッ、お嬢様が無言でご所望なされたスポーツ飲料でございます。キンキンに冷えてございますよ」

「有能ゥ……」


 甲子園名物カチワリっぽく氷をブチ込んだ酸っぱめの白濁飲料がスゥッと五臓六腑に染み渡る。流石は使用人の頂点、仕えることに長けた霊長、死に体にホットチョコレートを勧めてきた学者とは格が違うのである。

 ぐったりと微熱状態が徐々に冷やされていく。ああこれが命の再生か。


「本当に生き返るゥ……」

「それにしてもお嬢様、何か測定でやり残しがございましたか」

「ああ、うん、魔法適正を見てもらって──」

「魔法適正だとぉ!?」


 艱難辛苦の果てに掴んだ運命力、補給の最中に身内の報告会を行っていたというのに、割り込んでくる無神経な声。

 残念ながら聞き覚えはある。ごく最近、ついさっき。


「……なんでまだ居るの?」


 ズズズズとスポーツ飲料を啜りながら、不機嫌を隠す必要もなく咎める。

 相手は下品な優男、口の悪い細顔。バカボン子爵令息の近侍、右側の男ミギー。


「フン、オレ達を追い出しながら自分はグズグズしてたからな、なんだか怪しいと思って見張っていたんだ」

「なんて気持ち悪い行動派だ」

「なんだとぉ!?」

「いや、自分の行動を顧みなさいよ」


 親しくも無い令嬢を見張り、付きまとい、挙句に盗み聞き。現実世界なら通報案件待ったなしの行状を自覚してないと申すか。それともゲームベースの世界ではイベントらしい行動にはセーフが適用されるのか。

 おおロミオ、あなたは割と不法侵入。


「それで何をコソコソしてたかと思えば、よりにもよって魔法適正だ? 思い上がりにも程があるんじゃないか?」

「全くの他人なわたしの行動にクチバシを突っ込む権利があると勘違いするのは思い上がりにも程があると考えないのか」


 後で思い返せば友人でもなんでもないミギー相手に言葉を費やすのが無駄そのものだと気付いたのだけど、この時は心身が疲れていたのでベストの判断を下せなかった。

 いちいちミギーのイチャモン行動を真面目に捉えた上で否定してあげていたのは、おそらく心身のリハビリ行為。脳の体操みたいなものだった。


「なんて失礼な女だ!」

「わたし男爵令嬢、あなた騎士子息。社会的に失礼なのはそっちなんだけどなァ」


 測定前の問答でそこはハッキリさせたはずなのに、既に忘却の彼方なのか。

 鳥頭め。だから髪型もトサカっぽいのか。

 それともバカボンの近侍を務めるにはストレスを脳内洗浄できる都合のいい人材な可能性も否定できない。瞬間沸騰してもすぐに冷えてそうだもの。

 いずれにせよこの男との会話は不毛だ、得るものが何もない。赤ペン先生の訂正で解答用紙が赤一色に染まるようなもの。拾い上げて継続性のある話題が皆無だし。

 せめて影から飛び出てくる野生の令息ならセトライト家の一族なヒダリーの方が利用価値を見出せる分マシだったとの思いで胸いっぱいである。


「もういいから仲間のところに帰りなさい。わたしも家に戻るから」

「その前に話すことがあるだろう」

「は?」

「魔法適正の結果はどうだったんだ」

「……それ素直に話してもらえる関係にあると思ってるのが怖い」

「なッ、この流れで話さないのはおかしいだろ!」

「むしろこの流れで話す関係にあると思ってる頭がおかしい」


 うん、まあね。

 それを聞き出したくて姿を見せたのは分かっていたけれど。

 まさか「話すのが当たり前だろ」と言われるとまでは想定していなかった。こればかりは疲れた頭でなくても予想は無理だったと思う。


「ケチくさい女だな、もったいぶりやがって」

「……セバスティング、無礼討ちって主張して通用すると思う?」

「そうですな、割といけるかと」


 礼儀作法の師匠が頷いてくれたのだから、もう何も怖くない。

 視線を右に、標的に焦点を合わせて警告を発する。男爵令嬢は不意打ちを仕掛けるほど鬼ではなく、相手に対ショック姿勢を許す度量があるのだ。

 願わくば、この一撃が彼のズレた頭のネジを直す一撃になりますように。


「じゃあそういうことで」

「ああん?」

「今からやるのは無礼討ちだから。それで数々の無礼を差し引きにしてあげる」

「お前何を言って」


 ギシリ。

 わたしの右手が緊張と弛緩を行き来する。流石に武器を使う無体はしない。

 ただし『武力』ステータス12の数字は素手でも充分な威力を保証する。

 手加減はする、しかし容赦は不要だ。


「人目が無いことを感謝しながら歯を食いしばりなさい」

「は?」


 こういうのを鞭打って言うんだっけ。

 疲労で少しボンヤリした頭で答えを探しながら、しなった右手は素早く絶妙な速度で振り抜かれ、ほんの半瞬だけ男の頬に触れて。

 形容し難い肉打つ音を立てて吹っ飛んだミギーの顔に、季節はずれの赤いモミジを色鮮やかに刻み込んで差し上げた。


******


 控え室に夢見心地なモミジ顔で休む男を放置し、わたしはようやく帰途につくことが出来た。あの状況で優しく介抱してあげる理由は何ひとつない。そのうち誰かが気持ちよく眠りに付いている彼を見つけるだろう。

 それよりも魔法適正測定の影響でまだ体が弱っているのか、普段なら心地よい馬車の振動を楽しむ余裕があまり無い。


「ごめんセバスティング、もう少しゆっくり走らせて」

「承知しました」


 いつも以上に牧歌的な馬の蹄打つ音をカッポさせての復路行。

 これは夕食も少し遅くなるな、と血の巡り悪い頭で暢気に寛いでいた。本当にわたしは伯爵領に踏み入ると色々出くわしすぎる。


 魔術の測定はまあいい、本来の予定だったから。

 そこからランディを虐待したバカボン子爵の手下たちと遭遇、無為な口論とコネに繋がらない伯爵令息とのやり取り、オマケの悪口雑言マシンガントーカー乱入。

 本命の魔術測定は全属性所持かつオールDランクの波乱。

 さらに思いつきから魔法適正検査で『愚者』の神適正発覚。

 ロストタイムに手下の片割れによる不快な面談と制裁無礼討ち。


「たった1日で色々起こりすぎでは?」

「流石はお嬢様、運命に愛されている感がありますな」

「わたしに降りて来たのは『運命の輪』じゃなくて『愚者』なんだけどなァ」


 タロット占い、もといカルアーナ神の適正は『愚者』の神。

 運命の渦中にあるよりも型に嵌らず世界を歩き、あちこち動き回る自由人・放浪者の象徴なのだから。

 ──ただし好きに彷徨った結果、あちこちで要らぬフラグを立てては踏んでしまっているのかもしれないが。笑えない。


「しかしお嬢様が『恋愛』の神の庇護下と言われてもこのセバスティングめは信じますぞ」

「は?」

「何しろお嬢様、今日だけでも既にモテモテでらっしゃるご様子で」

「仮にさっきのがモテている状態と仮定するなら、わたしは一生モテなくていいや」

「流石はお嬢様、理想の基準が随分お高くあらせられる」

「今ので高いと評される覚えは無いわァ」


 まったく、わたしのイメージするモテ期とは1ミリも重ならないひどいコミュニケーションを浪費したものだ、特にミギー。

 虎の意を狩る狐なのか、やたらと口調にせよ態度にせよ横柄で一方的に相手を見下し、下に置こうとするスタイルには教養の無さがにじみ出ていた。


「あれで一人称が『オレ』とか合わないにも程が……」


 疲れた脳が活力を取り戻しつつあるためか、新たなひらめきを得た。

 キーワードは『オレ』。


「……そういえばロミロマ2には『オレ様キャラ』がいなかったわね」


 オレ様キャラ。

 乙女ゲーム、或いは少女漫画でイケメングループが出てくれば高確率で登板が期待されるといっていい、定番性格のひとつ。

 特徴は非常にシンプルで「ひたすら偉そう」。

 優れた容姿と親の権力財力を背景に、ただとにかく傍若無人で傲慢に振る舞うキャラ付けは不良キャラの亜種だとは兄の弁。不良キャラが暴力的言動で恐れられ人を寄せ付けないのに対し、オレ様キャラは何故か多くのファンに囲まれる傾向が強い。


(わたしはあんまり好きじゃないけど人気あるわよね、オレ様キャラ)


 人格破綻者なのに何故かモテる。世の中顔と金なのか、では説明がつかない点もあるくらいに作品の中でも外でも人気者なことが多い。

 理屈は分かるのだ、普段傲岸で身勝手な男が自分との交流で違う側面を見せる、或いは身につける過程がいいらしい。これもまたツンデレの一種なのだろうけど、


(それなら最初から普通の性格でいなさいよ。捨て犬を拾う不良か)


 最初は落としに落とした評価をさりげない所作で上げてくる、反転させる系はわたしには合わない浪漫だった。だから似た感じのミギーにも他に無い程イライラさせられたのかもしれない。

 一言でいえば癇に障った──


(……ちょっと待てよ?)


 ミクギリス・アーシュカ。

 顔は悪くなく、背もすらりとして体格もスマート。性格はあれだけど、乙女ゲームでは定番のオレ様キャラ。

 家柄は騎士階級。貴族社会では最底辺だけど、ヒロインのマリエット基準で考えれば男爵家と騎士、上級貴族の子息に比べれば手が届く範囲の階級差。


(い、いや、まだそうと決まった話では……)


 結論を急ぐべきではない、そもそも身分差の恋といえる差がないじゃないか。

 思いつきのひらめきで第一歩を冷静に踏み出せなかった考察に修正に入れるも、悪い方向の判断材料が補填される。

 ミギーがイチャモンをつけてきた口実は魔術と魔法、どちらもマリエットが優れた能力を示すものだ。わたしにそうしてきたように、『学園編』で彼がマリエットに難癖つけないと誰が言えようか。

 それに、それに。


(……あの男にくっついて面倒そうな女キャラもセットで出てきてたァ……!)


 ロミロマ2、攻略対象のヒーローには必ず婚約者たるライバルヒロインが対になっているのが特徴。あの口から生まれてきた少女は自身に別の婚約者がいるような発言をしていたけれど油断はならない。

 何故ならロミロマ2は、婚約破棄から怒涛の紛争が始まるゲームなのだ。

 婚約イコール導火線、そんなゲームでこのワードが出てくれば警戒すべき事柄。


 そして何より。

 ミクギリス・アーカ──家名に「朱色」を示す兆候が。


 まさか、まさか。


 まさか、


「その可能性を否定できないィィィィ!!」

「お嬢様、少し元気が戻られたようでセバスティングめも安心でございます」


 主要キャラの命名法則「家名が色をもじっている」それらしき物が存在しているのが怖い。偶然かもしれないが必然かもしれないのがまた半端で腹立たしい。

 対象者の身分は低い、現状では上級貴族に飛び火して国内の大事になるとは思えない小規模グループなのだけど。

 冷静に考えれば、マリエットは先王のご落胤。

 ──そう、ヒロイン側が偉い前提の身分差恋愛に発展する恐れがあるのだ。


 そのことに気付き、警戒はしておくべきだと再び熱を持ってきた脳が結論付けた。

 つくづく。

 つくづく、隠しルートの情報ゼロ状態がわたしを苛むのである。

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