5-09
この日、この場所。
カルアーナ聖教会の測定室には笑顔の華と疲労困憊の枯れた花が同居していた。
「ハァイ、ミレディ、お疲れシルブプレー」
「本当に、疲れました、よ……?」
「んもう、ミレディったら押し付けがましいんだからあ。はいホットチョコレート飲んで沢山飲んで元気になって立ち上がって」
ドクター・レインはご機嫌だ。
理由は言うまでもない、魔法適正のある人間を覚醒前に観測できたから。機会少なく手間と負担のかかる測定で実りある結果が出せたのだ、学者キャラが浮かれるには充分な成果が得られたに違いない。
対してわたしは疲労に沈んでいた。上記の「負担がかかる」とは観測される側の問題であり、魔力を消耗した12歳には微熱発動の憂き目を見ている。
あと弱ってる人の胃にホットチョコレートは重い。もう少し気を遣って。
「ああしんどいィ……」
「やりきった顔しちゃってミレディ、まだまだ本番残してるのにノンノン」
「……本番?」
「ウィ、貴方がどのカルアーナ神と適合してるのか気になるでしょう?」
まあ確かに聞いておかなければならない事柄ではあった。
魔法。
タロットを元ネタにした二十二神の能力を人の身で再現する超パワー。そのうち自然に覚醒する力であっても、どの神サマに由来するものかを先んじて知っておいても損は無い。
むしろ該当する神サマの伝説や逸話を調べることで想像力の補完が進み、能力への親和性が上がる可能性もある。
(とはいえ、ねェ)
わたしはひとつ隠し事をしている。
詳細なる結果の通知に勿体つけてる感のあるレイン博士だけど、実はわたしには。
だからこそ魔法適正の測定を頼んだのだけど、あまりにも世界観離れしたその根拠を話すわけにはいかないのである。
(わたしの仮説が正しいなら、おそらく適合したナンバーはゼロ番でしょうね)
「聞いて驚け発表! 貴方に適合したカルアーナ二十二神は『愚者』の神、ナンバーで言えばゼロ番神でしたわよ!! セッシボーン!!」
「……そうですか」
「何かしら、不思議と驚きが無いですわねえ?」
「疲れてるんです、驚く元気もありません」
「ノン、それは失敗しましたわねえ、もっと時期を見て教えるべきでしたわ!」
リアクションの無さに悔しがる博士。それでも結局は博士キャラの説明したがり体質に負けたのか、続けて口を開いた。
「『愚者』の神、愚者って言葉の響きに気を悪くしないでミレディ。この神サマの意味する寓意は」
「だいたい知ってます」
タロットの寓意などはサブカル者の基礎知識であるからして。
愚者、ザ・フール。
故郷の言葉で表面をなぞると「馬鹿」となる恐るべきマイナス属性を感じる名前。しかしその本質は描かれるイラストを見ることで補完される。
ほとんどの場合、愚者の挿絵は「旅人」の姿で描かれる。よって『愚者/旅人』と説明されるタロットカードも珍しくない。
愚者の本質は無知の意味ではなく「未知への挑戦」に近い。新天地に赴き「何も分からない」という立場での愚者。安定や既知を捨て、新たな旅先での見知らぬ物に触れる挑戦者、踏破者の状態を指し示すのだ。
よく言えば自由人、悪く言えば根無し草の放浪者。
──確かに地に足付いた生活を放り出して新天地を目指すなんて家族に打ち明ければ家族会議必至の惨状、馬鹿と罵られても仕方ないかもしれない。
(なんだかとっても転生者の立場と合致してるゥ)
ロミロマ2のプレイ記録を顧みればかなりの確率で決まっているバッドエンド、王国滅亡の未来を没キャラポジションで覆すのはかなり「未知の領域」だ。
今のわたしに相応しい一致を見るのだけど、
わたしがこの力を得たのは、もっと違う理由。
「カルアーナ二十二神の魔法については過去の文献でそれなりに記録されてるけど、流石にどうすれば覚醒を早められるかは分からないわねえ」
「そちらは慌てず結果を待つつもりです」
「あらそう、ワタクミーは早くデータでなく本物の魔法見たいのに残念でシャノワール」
その点はわたしも同意する。
何しろゲーム上で見た魔法、ヒロインとライバルヒロイン達の目覚めたカルアーナ神の能力に『愚者』の神は含まれていなかったのだ。
例えばマリエットは『運命の輪』、姫将軍は『女帝』と1対ずつの4種類分しかゲーム上では表現されていない。つまりゲーム知識を持つわたしですら『愚者』の神の能力は全く分からない。
ちなみにロミロマ2に二十二神全対応のワイルドカードは存在しなかった。マリエットにすら与えられなかった。1種類でも充分強かったから全部乗せは出来なかったんだろうなァ。
「ついでにですが、過去の記録に『愚者』の神の魔法にはどのようなものがあったかをお聞きしても?」
「あら、それは教会の秘匿情報なので部外者には教えられないのよねえ。ミレディも残念でシャノワール」
「教えてくれれば早く本物が見られるかもしれないのに」
「…………だ、騙されないでセシボン!」
少し葛藤したようだけど無念。
「それにしてもミレディの思いつきで予想外に良いデータが集められそう。その点はありがとシルブプレ」
「いえいえ、どういたしまして。約束通り定期的に立ち寄らせてもらいます」
こうしてわたしの目的、魔術の測定に加えて魔法適正まで調べる大型イベントは終了したのであった。
──ちなみに、レイン博士に説いた「属性所有に特化した才能」云々は真っ赤な嘘、状況を都合よく汲んだ屁理屈のでたらめである。
わたしが本当に閃いた「可能性」というのは。
(開発者、
通信販売のネット会員登録画面でもあるだろう、「必須入力」の項目。
必須項目を入力をしないとエラーが出て登録が完了しない系の煩わしいあれ。
デジタル社会のデータエラーは大別して3種類。
データの読み取り自体をミスするか、データ自身に誤った数値が入力されていたか。
あるべきデータが存在しないか、である。
ゲームのキャラクター作成を大量に行うとすれば、この手の必須項目漏れは手間の原因となる。『戦争編』で使用する駒、有名無名の武将や騎士モブを数百数千単位で作らなければならないロミロマ2では尚の事面倒だっただろう。
なのでキャラの初期設定は、最初から全項目を最低値で入力された状態にしておけば未入力エラーの検出が不要になる。設定や数値の微調整は後からやれば済むのだ。
エラーチェックの手間を省いた結果、魔術資質の初期値は最低値の設定でDにされた一方。
(だから魔法適正もタロットカードの1番目、ナンバーゼロの『愚者』にチェックが入ったままだったと仮定した結果がこれ)
それでも本編キャラに起用されるなら後から能力の調整をされただろう。しかし没キャラのアルリーは『戦争編』に登場しないものとして、初期値のままで放置されたのでは──。
(この説で魔術も魔法も使えて資質が最低値だった説明が付いちゃうのよねェェェ)
入力エラーが起きない程度の最低限かつ未修正な盛り設定。
この推測はわたしが魔法を使えるキャラだったことで補強された。
本編に採用されたヒロインの友人キャラに比べ、全く調整されてなさそうな結果でより証明されてしまったのだ。
──ただし。
今回に限れば、没キャラが吉と出たと言えなくもない。
(そう、だって友人キャラのように調整されたら、本当に何の取り得もない噛ませパラメータになってたかもしれないから)
何しろヒロインとライバルヒロイン3人用の特殊スキル『魔法』を得られたのだ。正式な友人キャラでは絶対に有り得ないお得能力だったと断言できる。
「降って湧いたチート能力、大事に育てないと」
開発者の合理性と手抜きから得られたっぽい授かりもの、今後の運命に抗う切り札足りえるか。
それは没キャラ未踏の地に踏み込むわたしにも分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます