魔術と右往左往編

5-01

 転生を経てから3年の月日が流れ、アルリー・チュートルも12歳を迎えた。


 元が16歳の神村優子にすればプラス3歳は即ち19歳、成人年齢に手が届く手前だけど、正直に言えば中の人の精神年齢は単純に年数を足して良いのか非常に怪しく思う。


 例えるならロールプレイをしている感覚。

 このキャラクターはこのような設定なのだからこのように思考して行動するだろうな、との視点を捨て切れていない気がするからだ。ただしそれも仕方ないと考えている。

 生まれ育った間に身につけ、わたしの根本を形作った価値観と。

 ゲーム知識として触れ、転生後に知り得た価値観と。

 この両者には小さくない齟齬があり、分けての判断は出来ても混ぜ合い完全に一致させ得ることは出来ないだろうから。


 もしかするとこのふたつの価値観で物事を捉える視点を、わたしは一生捨てられないかもしれないと思っている。


「ではお嬢様。本日より魔術の行使について教授しますぞ」

「待ってました、ドンドンパフパフー!」


 このような超常、元の世界に有り得ざる力に触れる機会があったとしても。


******


 ロミロマ2世界には『魔』を関する技術が3種類存在する。

 『魔導」『魔術』『魔法』。


 『魔導』は魔力を動力にした機械とそれを扱う技術だとの認識が一番理解を早くするだろう。各種電化製品に相当する魔導品は世界を豊かに、生活を便利にする一方、決して安価ではないこれらの利用は格差を象徴する具現であるとも言える。


 『魔術』は人が発動させる魔なる現象の術式を指し、行使された現象そのものをも指し示す。具体例を出すなら『雷撃行使の術』と『放たれた雷撃』双方を意味する。

 魔導品のような機構無しに魔力を操り、不可思議な結果をもたらす術は人間そのものを便利グッズから優れた職人、兵士、果てには「ひとりで軍隊」領域まで引き上げる。やめて姫将軍単騎で騎士団を蹂躙しないで。

 

 トラウマはさておき修めることで人間の幅が広がる技術、それが魔術である。


「それではお嬢様、まずは」

「まずは?」

「『教会』に出かけましょう」

「……ああ、『属性水晶』?」

「流石はお嬢様、予習は完璧でございますな」

「うん、まあ」


 ゲームでの予備知識なのだけど、間違ってはいない。

 ロミロマ2の魔術には『地水火風』の基本4属性と『光闇』の特殊2属性が存在する。この属性は生まれつきの才能であり、努力等で増やすことの出来ない天性のものだ。属性の種類はそのまま才能の証で『学園編』の測定イベントでも生徒達がハラハラドキドキさせる様子が描かれていた。


(まあヒロインは全属性持ちだったけどね!)


 これら属性と魔術の資質、向き不向きを調べるのに使われる魔導器が『属性水晶』。

 基本的に魔術の才能を調べるためだけの道具、扱いは医療機器のようなもので各家庭が所有するものではない。よって専門機関に頼るわけだけど、それが『教会』。

 

(教会か、そういえばこの世界だと神様は「本当に居た」んだっけ)


 正確には『カルアーナ聖教会』。

 ロミロマ2で信仰される、多くの神々を擁した一大宗教の総称。魔術の源である界魔力マナは失われた神々の残滓と解釈し、信仰を集めている。

 ちなみにこの教えはゲーム設定だと「だいたい合ってる」扱いで、神々の実在を肯定的に記してあった。


「……とはいってもウチにある出張教会じゃ無理なんじゃないの?」

「その通りにございます。故に少々遠出することとなりますが」


 一大宗教の教会にもランクがある。

 ウチのような辺境にして国境沿いに置かれた教会は地元の信徒が運営し、時々正式な認可を受けた神官が訪れる「出張教会」がほとんどで値段の張る属性水晶を設置しているような場所ではない。

 教会の格は「出張教会」「小教会」「大教会」「司教会」とランクアップし、それに応じた人員や設備が配置される……といえば軍事拠点のようにも聞こえる。有事の際は避難民を預かり野戦病院化するのだからあながち間違ってもいない。


「魔術に学習意欲を向けない貴族はわざわざ計測しない、それこそ学園に入学するまで計らぬ者も少なくないとの話です。お嬢様の努力を欠かさない姿勢は立派でございますな」

「ああ、うん、まあ」


 学習意欲の差よりも危機感の差、ゲーム知識の差に過ぎないのだけど──とは言えない辛さが走る。

 王国滅亡の未来を予想し得る知識と努力が実を結ぶチートを背景にした積み重ねを「努力」と言ってよいものか。小市民マインドには胸を張ってその通りとは頷けない棘である。

 気まずさを誤魔化すため、話題を本筋に引き戻す。


「それで、ウチから一番近い、ちゃんとした教会ってどこ?」

「ちゃんとした、ではなく大教会と呼ぶべきですが──最寄で考えるとセトライト伯爵領の教会となりますな」

「この周辺で一番大きい町ってなると、どうしてもそうなるかァ」


 南方の辺境警備を任された長の面も強い伯爵が構えた領地。

 下級貴族といえど上の侯爵を視野に入れた伯爵家の力は決して弱くない。特にセトライト伯爵は大公家の令嬢をデビュタントさせた影響で人心を集めていると聞く。


「その飛ぶ鳥を落とす勢いな伯爵の社交場で、何やら揉め事と大立ち回りをやらかした令嬢が居るとも聞き及びましたが」

「反省はしているけど後悔はしてない」

「舞台上でエミリーと踊った一件は如何です?」

「反省と後悔をしているゥ」


 何かと因縁深い伯爵領、周辺の貴族を束ねる権力者のお膝元かつ権威に相応しく、経済的にも栄えているから足を伸ばす機会が多いのも仕方ないのだけど、あまり良い思い出に繋がってない気もする。

 ……良かったのは、いつ会えるとも知れぬ友人を得たくらいだろうか。

 あの後、彼の属していた庭師一団はセトライト伯爵領から離れたと聞いた。今どこで誰に雇われているのかを知る術もなく、再会を胸に伯爵領を訪ねる期待は既に霧散していた。

 かなしみ。


「1勝2敗1引き分けって感じかしら」

「今回で勝率を5割に戻すチャンスですな」

「勝ち負けを決めるような機会に出くわしたくないんだけど」

「失礼ながらお嬢様は波乱万丈の相を得ておられる気が致します故」

「やめやめろ!」


 人をトラブルメーカーのように言わないで欲しい。

 そういうのはマリエット・ラノワールの担当であって没キャラには似合わないのだ。もっと日陰に、目立たず使命を遂行したい。

 しかし現実は非情である。

 適度に目立たないと攻略対象やライバルヒロイン達、上級貴族の彼らには相手にされず、イベントに介入する機会を得られるかが怪しくなる社会実態が横たわるのだ。

 この舵取り困難な二律背反がわたしを襲う。


(とりあえず「大は小を兼ねる」を信じて自分を磨かないと)


 無視されるよりは注目された方が手を打てるとの方針の下、『学園編』開始前の魔術習得もその一環だ。

 何かに打ち込むことで将来の不安を忘れようとしているのも否定しないけど、ボンヤリして難事をヒロインに丸投げよりはきっとマシなのだ、多分おそらく。


「それで教会にはいつ出発しようかしら」

「可能なれば今すぐにでも」

「じゃあ手紙書いたら出発しましょうか」

「はて、あの量を全てお返事できますかな?」

「きょ、今日の分ならなんとか」


 お手紙交流を続けて幾年、広く浅くのコネを築くべく筆まめを目指して12歳。

 文通相手の数がそろそろ3桁見えて来たのが実情である。


「正直やりすぎた感」

「昨年から急に増えた感じにございますな」

「うん、以来凄く増えた」


 あの日、即ちわたしが筆頭子爵家のバカボンの腕をひねり上げてから以降だ。

 貴族にとってはちょっとした醜聞めいた諍い。紳士たるべき身分ある男子が貴族子女に暴力を揮いかけた事件。後に伯爵家が揉み消しに奔走した事件。

 しかし人の口に戸を立てたとして、目にした光景を忘却させるのは不可能であり。


「面白がった子息子女の皆様方から手紙が増えたのよねェ……」


 それもかなりの比率で好意的な文面で、わたしの武勇を褒める方向で。

 大丈夫かイルツハブ家、人徳無いんじゃないかソルガンス・ザ・バカボン。まああの振る舞いから察して出来た人間でないのは充分汲み取れたけどさ。


「何かの教訓になればよろしいですな」

「なるかなァ?」


 無手では関節技に気を付けろとか?

 ともあれあの騒動でセトライト伯爵一門の下級貴族キッズ層に顔が売れたのは嬉しい誤算、文通に割く労力増を除けば得る物の多い出来事だった。ただし筆頭子爵家のバカボンに泥を塗りたくったわけでもあり、下級貴族の頂点たる伯爵家とのコネを得るのは難しくなったのかもしれない。

 何事も一長一短あるものだ。


「そういうわけで馬車の準備だけお願い。ノルマをこなしてくるから」

「かしこまりました」


 善は急げ、思い立ったが吉日。

 魔術の扉を開けて秘奥に触れるべく、わたしは馬上の人もとい馬車内の人となったのだ。


 ノーマルエンドのために、その5。使える魔術は極めるべし。

 今回は二人旅、目指すは伯爵領、魔術の殿堂・カルアーナ聖教会の大教会。

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