5-02
神村優子は世界的に見て、良く言えば宗教観に寛容な、悪く言えばいい加減な国の出身だ。なので元の世界での教会に礼拝だの参拝だのの経験は勿論なく。
教会といえば「礼拝堂の壇上に神父か牧師の人が立ってありがたいお話を説き、信徒の人が祈りを捧げながら話を聞いている」イメージを漠然と持っていた。
あとは懺悔室。
「まあそういうスペースもあるみたいだけど……」
辿り着いた教会は、どちらかといえば役所な雰囲気が大半を占めていた。
大勢の人々は礼拝室に留まるより雑多に歩き回り、立ち止まり、窓口に詰め掛けている。神父牧師シスターの皆様方は楚々として説法を語るよりも書類を片手、両手に詰んで各所を渡り歩く。
そして何より広い。
脳内に描いていた縦長で大きめの洋館イメージは完全に粉砕されていた。
「ここ教会?」
「無論でございます。宗教施設かつ公共施設の側面も強うございます故」
「なるほどォ」
なんとなく理解した。
宗教がお祭りイベントの口実だった国の現実と異なり、権威と結びついていた時代ならこういう光景も普通なのかもしれないと。
「それではワタクシめは属性水晶使用の手続きを進めて参ります」
「うん、お願い」
不慣れなわたしがやるより数倍は手際よく終わらせてくれるだろうとの信頼でお任せする。一礼して歩き去るセバスティングは執事から公務員にジョブチェンジしていた。相変わらず頼れるゥ。
如何に彼が敏腕を鳴らしても人の列を消化する待ち時間は出来てしまう。手持ち無沙汰なわたしは始めて訪れた本格的な教会を物珍しいと観察することにした。
まず最初に目に付いたのは、
「ここにはあるんだ案内板……」
伯爵家の別邸には無かったデパートめいた鉄板は公共施設だと貼られるものらしい。流石はトンチキなのに分かり易く構築されたロミロマ2世界観。現代日本人にも親切である。
ただし案内板には紳士服・婦人服売り場や家具小物、雑貨屋にデパ地下の記載は存在しない。ここは公共スペースであって商業スペースではないからして。
(ふむふむ、礼拝堂に懺悔室、ここまではイメージ通りの教会ね。あとは役所窓口、図書館に運動場、公営プールに文芸ホール、展示スペースまで)
完全に公共施設の集合体扱いだ。
「でもこういうのって王家というか、国が運営するんじゃないの?」
「ウィ。勿論、資本は王国が大半を占めてございます」
「うおッ!?」
思わず口をついた独り言に即レス、少々驚くには充分な理由だろう。
振り返った先にはシスター服に身を包んだ背の高い女性。いやシスターだから女性なのは当たり前か。
謎のシスター、しかし語り口はどこか教師を思わせる固さを残した調子で問うてもいない続きを解説してくれた。
「ですが魔術たるもの、必ずしも公共に専有されたものではありません。こと民間で活かす形で還元されるものも多くございます」
「ああ、うん、そうね。魔導機械とか」
「ウィ、その通りでございます!」
「ひわッ!?」
思わず返事してしまったのが悪かったのか。
背の高いシスターはさらに背が伸びたのか、いや、わたしにのしかかる勢いで顔を近づけての圧力が伸び上がって見えたのか。どことなく鎌首もたげた大蛇を思わせる大迫力で超接近してきた。
なにこの人こわい。
「故に我々カルアーナ聖教会は官民一体、官公庁が請け負う一部業務を委託される形で民間活用を行いつつ活動を保障されているわけなのでございます!」
「ああ、うん、そうなんだ……」
電気とか水道とか、それ系のインフラ事業を想定すればいいのかもしれない。
この世界の魔力は元の世界の電力にも等しく、世界を動かす力であるからして有り様は似たようなものだろう。
「でも魔導機械ってお高いからあまり民間に還元されてるとは」
「ええ、はい、そうでございますね、ノン……」
大蛇が萎えた。塩を浴びたナメクジめいて縮んだ。
ロミロマ2は貴族と庶民に差の有る世界観、インフラの整備率も貴族優先で民間普及率はまだまだと言わざるを得ない設定があったりする。
水道を例に挙げれば民間だと共同の井戸が水道に置き換わった程度、まだまだ各家庭に引かれているとは到底言えない状態なのだ。
「しかしお嬢さん、よく勉強してございますね。ワタクミーは関心致しました」
「教育係が良いんだと思います」
前世のゲーム知識ですとも言えず、セバスティングに功績を投げておく。全くの嘘でもない、発電機ならぬ発魔機の扱いなんてのは執事に教わったのだからゲーム知識の細やかなフォローはまさに彼の地に足つけた知識が欠かせない。
「このセバスティングめをお呼びされましたかな、お嬢様」
「あれ、手続きもう終わったの?」
「はい。他にも属性水晶の使用を求めた方がおられたようで、まとめてと」
「あらまあ属性水晶の使用ですって!? ウィ!?」
意外と早く戻ってきた執事の結果報告に、何故か大蛇が伸び上がる。今の会話のどこに爬虫類の注意を引き興奮を促す箇所があったのか。
「まさかお嬢さんはその若さで、魔力の計測を?」
「あ、はい、そうですけど」
「トレヴィアン!!」
大蛇の大きな口にバックリと噛まれた!
もとい、シスターが両手でわたしの両肩をバンバンと叩いてきた。とても興奮している様子で加減を感じない。
超痛い。
「昨今は自身の可能性を探求する若者が少ないというのに、その若さで偉いよお嬢さん! お嬢さんは将来大物になるわ、間違いノン!」
「は、はあ。ありが痛うございます?」
どこの誰とも知らないシスターから太鼓判を貰った。ただしわたしが目指すのは大物でなく大物の行動に介入できる暗躍者なので言葉ほどに嬉しくはない。お家は小物だし出る杭は打たれそうだし。
「ドクター・レイン、そろそろ講義室の方に」
「ウィ、今行きますわ。それじゃお嬢さん、測定頑張って、オルボアール!」
「は、はあ……」
測定に頑張る要素は無いと思う。
わたしの肩に噛み付いて満足したのか、おフランスの雰囲気漂わせたシスターはガラガラと機嫌よく尻尾を振って立ち去った。
なんというか、サブカルで宗教を知った気になっているわたしの偏見かもしれないけど、あまりシスターっぽくない人だった。世の中には賛美歌をソウルフルにゴスペルするようなシスターの映画もあるのだけど、それともまた違う感じで。
「ドクターと呼ばれていたようですし、修道女ではないのかもしれませんな」
「ドクターって医者よね、医者かな?」
「他にも『博士』という意味もございますな、博士号を取得した学者などもそう呼称されます故」
学者か、学者。
(……うん?)
記憶に引っ掛かる文言が幾つも挙がる。
学者で、背の高い女性で、名前がレインで、インチキくさいフランス語を挟み、魔術のことになると大量のテキストが刹那に表示される『学園編』の講師がひとり。
「魔術科のレイン先生だ、あれ……」
レイン・ソルイボゥヌ。
眼鏡と白衣がキリリと凛々しい怜悧な顔の美女講師。特徴的なインチキフランス語を使うキャラで、今思えばその特徴をグイグイ出していたように思う。
たださっき会話してた彼女には外見的特徴の眼鏡が無かった上、シスター服なんて着ていたから分からなかった。それに『学園編』のキャラがどうして教会に、というのも拍車をかけた。
(いや、魔術の研究や何かで教会に属してるっていうなら辻褄は合ってるのかな?)
立ち絵はあるけどゲームでは特に重要人物ではなかった。個人名がある、背景設定がある点でデクナのリブラリン子爵よりは重要かもしれないけど、特にストーリー上で意味あるイベントに関わることは無かったと思う。
ただし詳細不明な隠しルート除く。
この出会い、この『学園編』前の素性、本当に何の意味もないのか。ヒロインに何の影響も出ないのか。未クリアルートの入り口ではないのか。
変なこだわりで隠しルートの攻略情報を漁らなかったことが悔やまれ、不安が付きまとう。
「本当にどこまでも祟るわァ……」
「お嬢様、とにかく魔力の測定を行いましょう」
「うん、そうするわ」
今は答えの出ない懊悩を振り払い、わたしは先にやるべきことを済ませるべく頷いた。
これよりアルリー・チュートル、『学園編』よりも早い魔術習得イベント開始である。
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