4-1X
友人のストラング家令嬢クルハから招待状を貰って思い出す。
「そういえばここにもハロウィンあったっけ」
ハロウィン。欧州由来の民間行事、お祭り騒ぎ。
カボチャの中身をくりぬいて作る「ジャック・オー・ランタン」を見れば「ああ、ハロウィンだね」と理解される程度には定着するも、祝い方楽しみ方はお国柄で色々異なる。
海外だと家族やご近所さんを交えたホームパーティ的イベントで、有名フレーズ「トリック・オア・トリート」、悪戯かお菓子かの選択も知人同士で楽しむ上で成立するやり取りだったのだけど。
ぶっちゃけ日本だとハロウィンとはコスプレパーティを指すといっても過言ではない定着の仕方をした。
「ロミロマ2でもコスプレするイベントだったんだよねェ」
外見上は西洋ファンタジーを気取りながら文化風俗の多くが現代日本テイスト(貴族関係を除く)なロミロマ2。
特に第1部は『学園編』、帰省イベント以外の出来事は全て学園内で起こる。ホームパーティより貴族子息子女が集うパーティ形式なのも自然、結果講堂を会場としたコスプレパーティイベントとなっていたのだ。
普段と異なる扮装の相手にときめき、束の間の逢瀬を楽しむ。専用立ち絵やグラフィックも入れる絶好のタイミングだったりした。
「一応は乙女ゲーム、第1部はまだ恋愛シミュレーションだったから、うん」
しかして今わたしの手にある招待状は大規模なパーティ形式を装ったものでなく、あくまで個人的な友人からのお誘い。
「ホームパーティ、あれはあれで楽しそうだったのよね」
わたしが知るハロウィンパーティのイメージは探偵物の海外ドラマで見た事件の前振りシーンだ。子供たち用に用意されたイベントは景品を賭けてお笑い芸人さんがTVの企画でチャレンジするような奇抜なゲームに挑むノリ。
例えばバケツに入ったリンゴの早食い競争とか。
「……しまった、早食いは訓練してなかったわ!」
「お嬢様、馬車の用意が出来てございます」
後悔先に立たず、己の失策を嘆きつつも馬上の人になるチュートル家令嬢であった。
******
交通手段が馬車である以上、現代日本の交通機関を利用するより時間の正確性には誤差が生じる。
悪路から馬車の不調、馬の機嫌に至るまで不確定要素が起こり易いのだ。故に時間厳守を遂行するには早め早めの出発が大事。
「クルハ様より招待状をいただきまして──」
道中は滞りなく、既に頻繁な訪問を経て顔馴染みになっている門番さんにこれまた形式ばった問答を繰り返しての到着と相成った。
「ではお嬢様、ご武運を」
「それ見送りとしてはおかしくない?」
「ストラング家では普通でございますな」
「正論を言いよる」
執事より当たり前のように差し出された竹刀を前に反論は難しい。手に馴染んだ竹棒を受け取りずんずん進む。
セバスティングは付いてこない。有能執事には馬車を厩舎に寄せる雑務もあるが、基本的にストラング家では勝手知ったる他人の家とばかりに単独行動が許されている。
というかクルハが望んでいた。
「絶好の不意打ちシチュエーションだものねェ」
これ以上なく正確な表現である。
ストラング男爵家のご令嬢クルハは生粋のバトルマニア、ちょっと行き過ぎた脳筋思考の持ち主なので鍛錬の機会は逃さない。
特に初対面で互角の消耗戦を演じたわたしとは数年来の竹刀をぶつけ合う間柄だった。仲良くはなれたけど何かがおかしい。
彼女との不可解な付き合い方を経て、わたしにもすっかり武人の魂めいたものが宿ってしまったのが子爵家のバカボンにアームロック極めた顛末。クルハの本格的奇襲に慣れていれば反撃してしまうのはやむを得ないのだった。
ともあれ、わたしは襲撃され易いようストラングの屋敷内外をひとりで出歩く許可を貰っている。喜んでいいのかは実に微妙な理由であるが。
「さて、どこで仕掛けてくるかしら」
とても令嬢らしからぬ思案をしつつ、足取りだけは令嬢フォームを整えて庭先を通り抜ける。大貴族なら見せびらかすように庭園に石像銅像でも配置するかもしれないが、男爵家にそこまで耽美な趣味はない。
身を隠す人工的遮蔽物は存在せず、不意打ちには不向きなロケーション。せいぜい庭木の影や垣根の茂みに潜む可能性があるくらいか。
──ガサッ。
微かな音がした。垣根で草木が刷れる音、何かが動いた音、揺すった音。
気配はしない、物音も微量、しかし確かに聞こえた。故に油断はならない。
(早速来た?)
竹刀を強く握り、物音がした茂みを目で捉え、摺り足でにじり寄るように間合いを寄せていき、
──急に視界が反転した。
いや、言い直そう。
足に引っかかったロープで庭木に宙吊りにされた。
「なんだこれェ!?」
逆てるてる坊主状態で揺れるわたし。簡素なドレスでもスカート常備だ、実にみっともなく両脚と下着を晒して悲鳴を上げる令嬢を前に現れたのは、
「……なんだ、引っかかったと思ったらアルリーじゃないか」
「デクナァ!?」
駆けつけたのはリブラリン子爵子息デクナ。クルハの婚約者であり、わたしにとっても貴重な男友達。普段は冷静で如何にも文官タイプな線の細い少年なのだけど、クルハの言動に突っ込み入れる時だけは烈火の将と化すのが特徴。
とりあえず目の前の友人に救援を求めた。
「ちょっと、これなんとかしてよ!」
「いやあ、それが簡単に外れたらトラップの意味が無いから仕掛けを壊さず解放は難しいんだ」
「それ気にするところなの!? 早急に対処を要請する!」
「それに今このタイミングでクッパが襲ってくるとも限らない」
「ねえ聞いてる!?」
「君の悲鳴でクッパがやって来る可能性はあるな、そうなるとここから立ち去る方向も厳密に考慮しなければならない」
「あの、デクナさん……?」
「しかしクッパがすぐにアルリーを不意打ちすると読んでトラップを仕掛けたのに、当のアルリーが引っかかるとは僕の読みもまだまだだな」
おかしい。
いつもは突っ込み役で常識的回答に終始されているデクナの言動がおかしい。
宙釣りセクシーなわたしを無視して考え事しているのもあれだけど、そもそもの呟きを信ずれば。
この罠、仕掛けたのってデクナって聞こえたんだけど?????
「と~に~か~く~外~せェェェェェェ……」
体を揺らしてロープで揺れて抗議したのが功を奏したのか、デクナは溜息ついてロープを切ってくれた。
自由って素晴らしい、あと世界は天地逆転しない方がいい。
「まったく、何がいったいどうしてこんな罠があるの」
囚われより解放された後、デクナの誘導に従って現場を離れた先で彼に問い詰める。おそらく相当な真顔になっていたと思う、言動的に罠を仕掛けたのは彼のようだし怒りは避けられないし。
対するデクナの返答は、
「決まっているだろ、ハロウィンだからさ」
「は?」
「10月の末日にはハロウィンという祭事、民間行事があってだな」
「いや、それは知ってるけど男爵家の敷地内に罠を仕掛けた理由に1ミリも符合しないんだけど」
「何を言ってるんだアルリー」
間違いなく座った目でデクナを詰問しているだろうわたしの視線に物怖じした様子もなく、
「『
「そんな文言初めて聞いたわ!」
デクナのお株を奪うツッコミを炸裂させて差し上げた。
「しかしストラング家ではありそうだろ?」
「ありそうだけどストラング家が罠に頼るかしら」
「流石はアルリー、実に鋭い指摘と言わざるを得ない」
何故か額の汗を拭う動作をするデクナ。やはり今日の彼は色々言動がおかしい、ハロウィンのお化けにでも憑依されているのだろうか。
「いや、聞いてくれたまえアルリー。自慢じゃないが僕には武術の才能に欠けている。元々文官を目指しているから学園で単位を取れればいい程度で気にしてはいなかったんだが」
「ほう」
「ところがだ! クッパとの婚約が決まって男爵家に御厄介になると!」
「ふむ」
「毎日のように勝負を挑まれるんだ! 日々の生活を腕力に賭けてるようなクッパに勝てるどころかマトモに打ち合えるわけもないだろ!!」
「うん、それはまあ」
初日、初対面でいきなりクルハに勝負を吹っ掛けられた懐かしいあの日を思い出す。
あれと同じイベントが、否、彼がストラング家で暮らすようになったのであれば、恐るべき頻度でバトル漬けの渦中に置かれたのは想像に難くない。
婚約って大変だな。
「君と知り合って矛先が変わるまでは本当にきつかったんだ……」
「そこは意を汲んだけど罠を仕掛けるのと話が繋がってなくない?」
「いや、剣術でクッパに勝てないのは仕方ない。才能も練度も費やした時間も違うんだ、そこは納得する。しかし、だ」
「?」
「それでも一方的に負け続けると悔しいのが人情ってものだろう」
だからデクナは考えたのだという。
如何にして相手のバトルフィールドに自分のルールを適用させるのかを。
戦いでありながら、腕力以外の要素を組み込んで状況を有利に傾けるかを。
「そこでハロウィンだ。悪霊が災厄を撒き散らすと呼ばれる由来に従い、クッパに話を持ち掛けたんだ。『トラップ・オア・トリートを知っているかい?』と」
「伝統文化を歪曲しすぎィ」
普段の一騎打ち形式ではなく、随所に罠を仕掛ける。罠を掻い潜り、相手の首を獲れるか否かの勝負にすり替えたのだ。
ただの腕力勝負から相手を罠に嵌める頭脳戦に。
「いやあ、お陰でハロウィンだけは僕の全戦全勝だね」
「ふーん」
「流石に単純なクッパでも直接的なトラップは勘で避けてくるようになったから多段式のを仕掛けるようにしたんだが、これが面白いように引っかかるんだ」
「そうなんだ」
「落とし穴は後始末が大変だから、くくり罠の他にも箱落としやトリモチなんかがマイブームでね」
「ああ、うん、そう……」
******
この後で普通のホームパーティも執り行ったのだけど。
いつもと違ったデクナの言動が印象強すぎてこの日の思い出がそれ一色になったのは悲しい結末と言えた。
クルハとデクナ、以前からナイスカップルだとは思っていた。もう結婚すればいいんじゃないかとも温かく見守っていた。
しかし。
ここまで変人奇人ぶりが噛み合っているとまでは、この転生者たるわたしの目を持ってしても全く見抜けなかった。
この2人を婚約させたストラング男爵とリブラリン子爵の慧眼には改めて脱帽である。
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季節ネタです。
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