4-05
多少の。
そう、多少のハプニングに遭遇するも、こうして無事に伯爵家別邸にたどり着けた事に安堵を覚える。
「はい、チュートル男爵家ご一行様、確認致しました。駐車場はあちらでございます」
「ありがとう」
「御者がお嬢さんとは珍しい、お気をつけて」
今回は招待客なれどデビュタント枠に非ず。
あくまでお客様Aの立場での表敬、数多詰め掛けた観客であって個室別室をもらえる立場ではない。大部屋の一角を占拠してパーソナルスペースの設置に乗り出すべきだろう。
馬車を適当な位置に留め、あとの措置は馬借さんにお願いする。ここからは馬力頼みの移動から荷物両手に人力移動である。
「今回は前回よりも荷物少ないし大丈夫よね?」
「ええ、僕は問題ありませんけど」
「ピポポ エミリー 活動可能域」
「念押ししますけど、本当に問題ないんですかエミリーさんは?」
おそらくランディは心配性なのだ。こんなに元気に働いているエミリーのどこに不調な様子があるというのか(物理的に)。
「心が無ければ貴族相手にも動揺しないし怖くもない、そういう自己暗示だから」
「心が無ければ人ではないのでは?」
「ポポポポポ」
「見てランディ、エミリーが笑ってる」
「あれ笑いなんですか、そもそも笑い所ありましたか?」
ランディと哲学的なバカトークを交えつつ大部屋を目指す。こちら側にはデビュタント関係者は現れないはずだから安全である。大本命は馬車の故障と修理でまだまだ到着しないだろうからさらに倍。
使用人が多ければ御輿に乗った大名行列気分でも堪能できたかもだけど、貧乏男爵の心得は「立っている者は令嬢でも使え」精神。むしろ『魔力』の増加と制御で馬にだって勝ってみせらァって寸法で荷物を運んでいた。
知り合いがいるか探すのは後。
何しろ御者を務めていた都合上、わたしの格好は平素なドレス姿ですらない。いわゆる旅装、日よけ帽子に埃避けマントを被った作業着レディだったからして、西部劇なら平凡な賞金稼ぎスタイルだけど貴族社会ではあまりスタイリッシュではないだろう。
「まだ開場までは時間あるから、普通の着替えを貸して。あちこち顔出してくるから」
「ピポポ」
「僕は着替えを手伝いませんからね?」
「肌着は着てるのに」
ランディはわたしの返事を聞く前に逃げ去っていた。まだまだ年頃の青少年を悩殺するには色々不足していると思うのだけど。
いや、他にも理由はあるかと思い至る。
彼にとってセトライト伯の別邸は長年勤めた場所でもある。ウチとの1年契約が切れればまたここに戻るかもしれない仕事場。わたし以上の顔見知りや仕事仲間、挨拶すべき相手なのもいるかもしれない。
何しろ彼らがウチに来たのは昨年秋、あと一ヶ月もすれば訪れる季節のことであるし。
──夏なのに少し寒さを覚える。
「ピポポ コレガ 涙……?」
「いや泣いては無いけど」
ロボットミリーが変な気を回してきた。なるほど、少なくとも彼女から見るとわたしは泣き出しそうな顔をしていたらしい。
まったく、普段と違ってロボのセンサーは反応が過敏すぎる。
「でも気を遣ってくれたのはありがとう、ロボ」
「ポポポ」
あがり症が講じて罵声を連発するエミリーよりもロボエミリーの方が優しいなあ、と思ったのは我ながらちょっとひどいのかもしれない。でも普段が普段だから仕方ないのだ。きっとロボならわたしの複雑な気持ちを分かってくれるし、エミリーならお嬢バカ酷薄バカと連発してくるだろう。
一刻も早くセバスティングの教育が成果を発揮してエミリーがロボ化せずに済むことを、一人前の普通のメイドに進化してくれることを祈るばかりである。
******
デビュタントの開演前から会場には数々の華が集っていた。
煌びやかさで言えば既に満開、今日に咲く若き華を待つまでもなく老若男女が交流を得るべく開かれた宴。去年は見世物の側で参加したわたしは、今年から見て回る側になったわけだけど。
現段階で人口密度が凄いことになっている。わたしの概算だけど去年の倍くらい人が詰め掛けている気がする。会場の温度を保つ魔導エアコンが最大に仕事をしてもこの人数が発する熱に抗えるのか心配になってきた。
たかが下級貴族の社交界、されど下級貴族の社交界。
特に今回は「あの」セトライト伯爵が開催するデビュタントということで注目が集まっているのも大きいのだろう。
何しろ去年、伯爵が主催したデビュタントには。
(姫将軍の飛び入りがあったからねェ……)
決してどこぞのバカが舞台上で不意に踊ったから注目されたわけではない。
大公家の薔薇が、赤金色に咲き誇る一輪の大花が、下級貴族の集いで花開いたのだからさぞかし驚かれ、または社交界で耳目を集めたに違いない。
それほどに大公家の名前は、存在は下級貴族からすれば眩しいものなのだ。もしや今年のデビュタントにも大公家ゆかりの方が……と周囲を期待させる程に。
その期待が全くの的外れでないことをわたしは知っている。
本人にその意識が無いにせよ、今年デビューするマリエット・ラノワールは先王のご落胤なのだから。
早逝した先王がメイドとの間に作った唯一の娘。当時の王弟殿下が急遽後を継ぎ、現在の国王陛下になっているのだけど、既に王宮を離れていたメイドに娘が生まれていたことを知る登場人物は皆無。
そのメイドも新たな奉公先のラノワール男爵家で病死、残された娘が子供の居なかった男爵家の養女となり、こうしてデビュタントを迎えたわけで、今日集まった貴族たちは彼女自身も知らぬうちに王族のデビューする姿を目撃した事になるのだ。
──勿論、誰もその事実を知らないのだから現状は役に立たない栄光で、『戦争編』にならないと明かされない設定なのだけど。可能な限り死蔵して墓場まで持っていって欲しい情報である。
(いや、ラノワール男爵は途中で気付くんだっけ。それで母親が先王から貰ってた形見の印章をダンジョンに隠して……)
王家絡みの厄ネタとしか思えない判子、しかし愛娘の実母が遺した形見を処分するのは躊躇った故の選択。これだけなら美しいエピソードと言えなくもない。
しかし『第2王子』ルートではこのダンジョンを攻略しないと真相が明らかにされないオマケがついていた。他のルートではフラグを立てれば真相を話してくれて印章をゲットできたのに、『第2王子』ルートはヒロインの素性を証明しないとクリア不可の難易度だったのに。
ついでに言えばあのダンジョンをクリアするのもきつかった。メイン級のメンバーを厳選しないと最終階層にもたどり着けないガチ設計。
(ロミロマ2世界にはいわゆる魔物は棲んでないけど、召喚生物としては普通に出てくるから)
『攻略に失敗するとメンバー大怪我状態で一ヶ月動けないとか男爵は鬼すぎない? いや、攻略メンバーにヒロインも入れてたんですけどォ!?』
『男爵の愛というか情念が詰まってるな』
『戦争編』を楽しんでいた兄ですら呆れた声で感想を漏らした、ヒロインを含んだ攻略パーティに全力攻撃してくるダンジョンの仕掛け群。
魔術で召喚・使役させた怪物や魔導人形ゴーレムがひしめくダンジョンが君を待つ──男爵の娘を思う気持ちが本気すぎてとても苦労させられた記憶で頭が痛い。
ついでに娘も病院送りにする男爵こわかった。
「本当、ヒロインの軌跡を第三者視点で辿るとロクなエピソードにならないわねェ」
ゲームプレイ時は感情移入していて気付けなかった事実がどんどんひっくり返る。やはり世界を見る時の主観は大事である。
誰目線で俯瞰するかによって、事実の見え方捉え方は大きく異なる──
「あらまあ、お久しぶりです和、アルリー様!」
苦しかった過去の記憶より脱却するきっかけは、やはり現実の出来事であろう。
──ただしロミロマ2世界の現実が優しいとは誰も言ってくれないのだ。
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