4-04
パカランパカラン。
乗客をひとり増やしても馬車の速度に大差は無い。元が4人乗り+御者で計算された2頭立て、『上がり盾』の実戦派が選んだ戦馬は頑健で少々の加重があったとしてもまだまだ余裕があったりする。タフだね。
かくして道中の進みに遅れなく、このまま行けばあと20分程度で最寄の町までたどり着くだろう。
──結局のところ、わたしに事故車両の搭乗者を見捨てる真似はできなかったのだ。
『ありがとうございます、本当に助かりました!』
馬車の影から姿を現したのは明るく感謝の意を示した黒髪の少女と、丁寧に頭を下げたセバスティングと同年代に見える執事の2人連れ。
暗黙の了解に従って2人を最寄の町まで送り届けよう、そう思ったのだけど。
『ワタクシめはこの場に残らせていただきます』
『え、本当に? どうしてセバスチャン?』
『物取りが出ぬとも限りませぬ故。お嬢様は町で馬宿に一報入れていただき、こちらに救援を送ってくださいませ』
『う、うん』
流石はヒロインの執事、ド直球な名前の老紳士はこうして自ら馬車の見張り番に。ヒロインを送り届けるべく使命を帯びたのだった。随行者にメイドさんが居ないのはウチよりも貧乏なのかしらんなどと余分な予想に気を向けつつ。
──どちらかといえばヒロインを置き去りにしたかったと思わなかったといえば嘘になるわたしである。
(早々に放り出せば問題ない、会話しなければ問題ない)
馬車を走らせる間、御者席から小粋なトークを繰り出すのは御者の役目。有能なるセバスティングなども度々話題を提供してくれたものだけど、今のわたしにそんな気を回す余裕はないというか中の人と話したくない、波風立てたくない。
このまま沈黙の馬車をアクションシーン無いままに上映を終わらせたいと思っていたところ、御者席で馬を操るわたしの隣にランディがひょいと移動してきた。
「あれ、どうしたのランディ?」
「いや、流石に女性陣2人の間で取り残されると緊張して気まずいというか、何も会話が無いのも辛かったというか」
なんだと、わたしの隣は緊張しないと申すか。これでもレディよレディ、気の抜けた会話をし合うアホ友達だけど。
「そもそもお嬢が無言すぎて違和感が。旅の間にする頭の悪い話とか大好きでしょうに」
「そそそそれは君の勘繰りすぎということではないかね!?」
「回答が必死すぎる。何にそんな動揺してるんです?」
「そこは追及しないで!」
確かにわたしは常ならざる挙動を示しているのかもしれない。第一歩を冷静たらんとする淑女には有り得ない動揺を表したままかもしれない。
けど他人と感情を共有するのは難しく、説明するわけにもいかない事情があるのだ。
(なんでこんな形でマリエット・ラノワールと出会うゥゥゥゥ)
マリエット・ラノワール。
言わずと知れたロミロマ2のヒロイン。今はまだ10歳で世界に何の影響力も持っていない下級貴族の養女にすぎないが、そのうち恐るべき才覚で上級貴族の目に留まり、交流の過程で攻略対象の上級貴族ヒーローを次々トリコにし、ライバルヒロインと彼女の実家の面子を潰す少女である──こう表現すると酷い女に思えてきた。
(いや、実際結果は酷いんだけどさ。身分差の恋を楽しむゲームだったから)
身分差恋愛から波及するあれこれはゲーム上の逃れられない宿業だからと無視するとして。
今のわたしが混乱しているのは、こんなところでこんな出会いは全く想定していなかったこともあるけれど。
(これはマズくない!? ひょっとして誰かが助けるはずだったマリエットをわたしが助けちゃったことになってない!?)
つまりはそういうことである。
だって何か問題をかかえて困っているところに通りがかり、スマートにピンチを助けてくれた。これって物凄く連続イベントの導入っぽくない!?
そう、例えるなら主人公の車が脱輪して困っていたところを助けてくれたのが敵軍の赤い人と運命のインド少女で、後々赤い人を倒そうとした弾みで庇ったインド少女を手にかけてしまうような状況。
(え、なに、わたしがマリエットとめぐりあい宇宙戦争!?)
変な例えをしたせいで兄と観たアニメ映画が脳に混ざってバグってきた気がする。
落ち着け、落ち着くのだ。まだ一歩目を踏み出す前だと信じて冷静になるのだ。手遅れじゃないって信じるのだ。スーハースーハー。
「さっきからお嬢の顔色がカメレオン並に変化してるけど馬車酔いですか?」
「そんな可愛いものではない……」
情報に酔っていたのです。
少し冷静になった頭でロミロマ2のイベント、マリエットとヒーローの出会いを思い出す。
今回のパターンは言わばファーストコンタクト、ゲームでいえば上級貴族の攻略対象と名も無き下級貴族との出会い初回「あの子は誰だ?」に相当するはずだ。
貴族社会の上下関係を踏まえ、いずれもヒーローの方からマリエットに関心を向けて接触する、そんなイベントだったのだけど。
(今回はどうだろう、確かにわたしから接触した形にはなるんだけど能力に興味引かれたわけじゃないから違うかな……?)
そう、攻略対象ヒーローがマリエットに関心を向けた理由は共通していた。
即ち「特定のステータスが一定以上を満たした」、つまり同学年の生徒に対して「君、能力凄いね」という感じの発端だったのだ。一部ヒーローにはハッキリと「下級貴族なのに~」と見下し目線があったりしたのもいい思い出だ、君はその下級貴族に篭絡されるんやで……的に。
こうして分析してみると、わたしの予期せぬ接触と攻略対象たちのイベントとは根っこの関わり方が違う。それは間違いないと断言してもいいはずだ、少なくともわたしからマリエットを「凄い子だわ」と評価する出会いではなかったわけで。
(なら本当に偶然? ただ同じ場所を目指してたから、たまたま事故に遭遇した彼女を見かけただけのこと? 本当に???)
攻略サイトも存在しない、皆が生きてる世界での出来事。
これが決められたイベントか、誰かのイベントを掻っ攫ったのか、世界的な偶然なのか、とても答えは見つからず。
「うーんうーん」
「お嬢、頭から湯気が出てるので冷たい飲み物をどうぞ」
「……ありがと、ランディ」
昔の人は言った、下手の考え休むに似たり。
結局は余計な刺激を与えない、余分な会話は交わさない、余所の事情に立ち入らない。この姿勢で彼女を隣町に送り届けることだけを遂行することにしたのだった。
君子ナントカに近寄らず、である。
苦行の20分でひとつ分かったことがある。
ゲームではコミュお化けだったマリエットは今現在、意外と物静かな少女だと判明した。ここから学園入学時までに進化を果たすのだろうか。
わたし自身は何かを話しかけるつもりは無かったのだけど、正直向こうからの質問なり雑談なりは飛んでくることを覚悟していた。
如何に受け流し、短くまとめ、素早く話題を終わらせるかを必死で考えていた傾向と対策に反し、結局彼女から話を向けられることは皆無で。
頼れる大人、自分の執事と離れたことが理由かもしれないけれど意外な結末を見たのだった。
無事に終わったヒロイン同行劇、彼女のまるで籠の中の鳥めいた姿で脳裏を過ぎったのは無敵マリエットではなく『公爵』ルートのライバルヒロインを思い出させた。
あの子は物静かというか、マリエットと対照的な自己主張のない子だったなあ、と。
******
幸いにしてたどり着いた町、というか村には駅馬車の停車駅があった。
つまり馬車のメンテが出来る技術屋は在籍しているはずである。道すがら所在を訪ねるとあっさり見つけることが出来た。
よかった、これで未知なる危険分子を排除できる。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
我が家の馬車から降りたマリエットは今までの沈黙が嘘のようにハキハキとした大きな声でお礼の言葉を述べた。
成程、静かだったのは警戒と緊張のハイブリッドだったのかもしれない。
──もしくはゴーレミリーの身じろぎひとつしない挙動不審さに慄いていたのだとすると少々申し訳なかったと反省する。もっともエミリーはエミリーで見知らぬ貴族令嬢に緊張して固まっていただけなのだろうけど。
「じゃあわたし達はこれで。馬車の修理はそっちの職人さんに頼んでおいたので大丈夫だと思います」
「はい、何から何まで本当にありがとうございました」
もう一度深々と頭を下げるヒロイン。
各種手続きを10歳の少女に押し付けるのもどうかと思い、一応は年上のわたしが書類一式にサインしたことの礼だろう。感謝されて悪い気はしないけれど、正直早く立ち去りたい。
これ以上不測の事態を起こしたくないの。
「今回のお礼はまた改めてさせていただきたいのですが、お名前を──」
聞かれたくない情報伺いが先走ったと察知した瞬間、
「へい、あっしは通りすがりの旅の者でさぁ」
「え」「あ、あの?」
「お貴族様に名乗るなんざおこがましいのでこれで失礼いたしやす、ホッホッホ」
「え、で、でも」「お、おじょ」
「さあ行くでヤンスよラーちゃん!」
引き止める声を背に、わたしは馬車を駆る。
己のステータスが引き出せる全力で馬2頭を制御して、この場から逃げ出すのに振るパワーで対処した。
流石は2馬力、大人ひとりと子供ふたりの重さなど無いが如く走り出し、二度と来た道は振り返らないぞトップスピードアクセルゴー!
──やがて安全な距離を取れたと確信し、ようやくわたしは深い深いため息を吐き出すことが出来たのだ。
「……お嬢、どこでそんな三下っぽい言葉を覚えたんです?」
「そいつは秘密でヤンス」
「それに加えてどうしてあんな不可解な態度を?」
「そいつも秘密でゴワス」
「ゴワス!?」
前世の知識を活用したロールプレイ、現代チートの一環と呼ぶには非常に弱々しく世界に何の恩恵も与えない無駄知識だけど、今回だけは役に立った。
御者をしていたことに加えての三下言葉、あれではわたしがどこぞの貴族令嬢だとは露にも思うまい……ッ!
思わぬ危機から解放され、弛緩し浮かれた心はわたしから鋭敏さを奪い取っていた。或いは回想したくない出来事より逃れようとする逃避の一種だったのかもしれない。
だからこそ意識の外にあった、聞き逃した。
馬車で駆け出す瞬間の呟き。
「いや、でも、馬車にご家紋が……」
駆っているのはお家の馬車。
凄く当たり前の指摘を、マリエットが何か言ってた気がするも、わたしには聞こえなかったのだ。
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