4-03
日々の暮らしが充実、或いは忙しければ月日が経つのは矢の如し。
春は訓練と文通、交流にお茶会、時々勝負と楽しい毎日で満席、余分なイベントの指し挟まる余地は無かった。
しかし夏はそうもいかない。
このゲーム、この転生人生で最大級のトラブルメイカーが社交界に乗り込んでくるのだから。
本人の性質はともかく、国を揺るがす最強の少女が。
「『学園編』までは無名のままだと思うけど油断は禁物よね~」
「お嬢、何か言いました?」
「なんでもない~」
ウチの所有する馬車は4人乗りである。
武骨でちょっとした夜盗襲撃にも耐えられる戦時仕様。武闘派のパパンらしいチョイスだけど威力を発揮したところを見たことはない。王国の街道沿いは安全だと保証している証であり、一生機会が無いままで居て欲しいものだ。
しかしわたしが遠出に利用する時、4人がギュウギュウ詰めになった事実はない。悲しいかな使用人不足、毎回誰かを連れて行こうにも満員なる人数に達する羽目にならないのだ。セバスティングは御者を務めたから尚のこと。
それは今回の遠征、社交界に出席すべくセトライト伯爵別邸への旅も例外ではないのだけど。
面子が少々変わっていた。
「エミリーさん、その、大丈夫ですか?」
「ピポ 何デモ アリマセン」
「お嬢、エミリーさんが魔導人形のゴーレムみたいになってるんですけどこれ平気なんですか?」
「大丈夫~、社交界出席に際して~、自分をゴーレムだと思い込む自己暗示の方法を授けただけだから~。いわゆる苦肉の緊張対策~?」
「ポポポポ」
「苦肉の策って安全性を後回しにする表現では?」
そう。
此度の道連れはランディとエミリー。
常にわたしの旅に同行してくれた超執事、セバスティングが居ないのだ。これは由々しき事態と言えなくもない。
しかしやむを得ない事情があったのだ。
『お嬢様、此度はダンケル様の業務行脚に同道せねばならぬため、お嬢様の社交界参加にはご一緒できませんのであしからず』
『おのれ貧乏めェ』
娘と主人、どちらを優先するかとの難問をあっさり回答した薄情執事はこのように辞退してわたしへの協力を二の次にしたのである。
まあ今回は『セバスティングからすれば』デビュタントのような一大イベントではないので重要に非ずと見極めたところが大きいのだと思う。わたしの転生事情を知らなければ妥当な判断だったといえる。
でも、わたし的にはとても重要だったんだよね、今回のイベント参加。
(マリエット・ラノワールを遠目から観察できる絶好の機会なわけで)
結果的に傾国の美少女と化すヒロイン、いや、プレイヤーがちゃんとすれば国は滅びず済むのだから傾国の可能性を有したヒロインだろうか。その「ちゃんと」が求められる第2部の難易度高すぎたけど。
いずれにせよ問題の彼女がお披露目の場に立ち、懇親会の裏で行われる子供たちの集い、いわゆる懇子会にも参加するだろう。
そこに紛れ、彼女がどんな人物に育っているかを密かに観察するのが今回の社交界最大の目的である。
(イレギュラーがなければ普通の気のいい子に育ってるはずだけど、さて)
ノーマルからベリーハードまでをプレイした所感で言えば、マリエットが悪い意味での貴族令嬢になった事は無い、NTRは除く。
傲慢悪役令嬢に代表される「ヲホホホ」キャラになった事もなければ「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」系に走った事もない。
貴族の色に染まらず小娘らしい正義感と友情に厚い様を前面に出しつつ、若干空気を読まず相手の心に踏み込む図々しさを発揮する、実にまっとうな少女とした描かれ方をしていたのだ、婚約者の強奪以外は。
「間違った選択肢を選ぶと挙動不審にはなったっけ~」
「お嬢、何か?」
「ううんなんでも~」
風と揺れにビブラートを効かせながら馬車は駆ける。
「お嬢、割と独り言を言う人ですよね?」
「そうかな~、そうかも~」
最下層でも貴族令嬢、他人からすれば羨ましがられる立場のわたし。
それでも人並み以上に悩みを抱え、日々煩悶たる人生を歩んでいるのだ。その際たるものがこれからお顔拝見するヒロインの一件。
思わず心の声が漏れ出そうというものであるが、まあ弱音から来るものだけではない。半ば自覚的にやっている事もあるからだ。
「決めた事は口に出すといいよって言われた事があるからかも~」
「へえ、そうなんですか?」
「一度口にした事は取り消せないからやり遂げなさいって~、そういう感じかな~?」
「そういうものですか。ところでお嬢」
「なに~?」
「やっぱり僕が御者をするべきなのでは? 立場的に」
「だってわたしが一番上手く馬車を扱えるからさ~」
そう。
わたし、ランディ、エミリーの3人面子な今回の旅路。
今まで御者を担ってきた万能執事が不参加になった結果、必然的に他の誰かが代わりに馬車を操縦しなければならなくなったのだ。
家事専門メイドのエミリーは論外として、『巧力』と『武力』を要する馬車操縦スキルが最も秀でていたのはわたしだった。庭師見習いで手先を鍛えられているらしかったランディもまあまあだったけどそこはそれ。
あらゆるステータスを鍛えた先に王国の未来と人生のビジョンを賭けているわたしに及ぶべくもなかったのを指摘するのは酷。
「これも適材適所でしょ~」
「それはそうですけど」
納得しきれない様子のランディは真面目である。むしろ鍛えてなかったのに『魔力』の運用でわたしに勝ってたんだからこれくらい譲れと言いたい。
まあ帰り道なら少しは操縦させてあげてもいいかな。
「わははは~……はれ?」
快調快適に馬車を走らせるライダーなわたしに障害物が立ちはだかる。
馬車が余裕ですれ違える広い道、踏み固められた土道の片側を遮るように。
道の左側に一台の馬車が止まっていたのだ──ちなみにロミロマ2世界は左側通行である。どこまでも日本のプレイヤーに優しい世界観万歳。
「なんだなんだ~?」
「お嬢、何かありましたか?」
「前方注意~」
「……馬車が前を塞いでるんですね、分かりました。警戒しておきます、エミリーさんも」
「ピポ」
「……これ本当に大丈夫なんですか?」
馬車の速度を緩めてゆっくり接近する。
昼前の明るい時間、流石に盗賊の待ち伏せということはないだろうけど、『戦争編』で国内が荒れてくると時々輸送隊が襲われたりした思い出が蘇る。
「国が荒れてくると農民が傭兵に、さらに盗賊にクラスチェンジするんだよ」とは兄の感想だった。そんな作り込みは乙女ゲームに要らんと思ったけどロミロマ2には今更過ぎたのだった。
「さて、何のつもり……ああ、車輪かァ」
近付いて観察すれば、すぐに分かることだった。
前の馬車は左に傾いでいる。左側の車輪が壊れているせいだ。
(偽装じゃなければ単に事故、タイヤがパンクって言い方も変だけどそういう感じよね)
ゴム製タイヤの無い世界、木製車輪の破損はパンクに相当すると言えなくも無いけど修理の困難さは全く違う。瞬間接着剤入りの圧力空気キットで穴塞ぐ応急処置とは行かないのだ。
ちょっと素人には手に負えない事案。
ロミロマ2世界には電話一本で駆けつける自動車協会は存在しない。故に馬車の出発前には念入りなチェックが必須なのだけど、それでもたまにはこんな事故も起きるものだ。
そのため余程の事情がなければ通りがかりの馬車が手助けする、脱輪なら牽引するし破損なら最寄の町までは乗せてあげる暗黙の了解が成り立っていると社交性の知識で学んだ覚えがあった。
明日は我が身、だから今日は助ける側で明日に備えよう──そういった仕儀である。
(まあセバスティングが言うには上流貴族は相手が同格以上じゃないと無視する輩もいるって話だったけど)
『戦争編』じゃないから大丈夫だと思いながらも多少の警戒は残し、馬車を事故車両に寄せていく。パッカパッカと蹄の音が牧歌的な響きで耳に優しい。
ゆっくり接近音は相手にこちらの存在を気付かせるためでもある。馬車の影から顔を覗かせた何者かが近付く馬車に気付いたのだろう。
急に飛び出した黒髪の少女がヒッチハイクめいた行動を取り出した。手に日差し避けの帽子を持って全力で振っている。うん、そんな興奮した挙動を示さなくてもちゃんと気付いて
……
(!?!!???!?!?!?!?!?!???!?!?!?!?!?!?!)
率直に言おう。
わたしは馬車を急加速させてこの場から逃げ出したい衝動を堪えるのに苦労した。ええ苦労したよああ苦労したともさ。
ロミロマ2世界は主要キャラクターの髪色と家名がリンクしている。
例えば姫将軍フェリタドラ・レドヴェニアは家名のレッドに合わせて髪色が赤金色。
王族ゴルディロアの面々はゴールドの名の通りに全て金髪キャラ、他にも青黄銀銅と分かり易い記号を授かっていたのだ。
チュートリアルのアナグラムな我が家と違って。わたしの名前と違って。
そんな法則揃いの中、ゲーム内で唯一女キャラで漆黒の髪色を与えられているのは。
母親が東方出身者の設定があって、黒色の家名を持つラノワール男爵家に引き取られたヒロイン。
マリエット・ラノワールの特徴であって──
(なんでこんなところで事故ってるのあんたって人はァァァァァァァァァ!!!!)
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