4-02

 場所は私室。時間は昼間。

 一枚の封筒を手に頷き合うのは貴族令嬢たるわたしと執事のセバスティング。


「夏だったわ」

「夏でございましたな」


 封書の出所はセトライト伯爵家。それもご丁寧に封蝋つき、公文書である。

 『上がり盾』からすれば上の上、子爵をすっ飛ばして伯爵家からの通達となる。それも一応はパパン宛だけど実質わたし宛といっても過言ではない内容。

 嗚呼公文書、去年の冬にも味わったこの感触。


「なんだか嫌な予感がするぞォ……」


 開いた中身が先の頷きシンクロナイズド。

 次回開催デビュタントのお知らせと、何故かその社交界への招待状だった。


「いや、行きたかったからありがたい、ありがたいんだけど……どうして?」


 手紙を読んだ時の感想はそんなものだった。

 今年はゲームのヒロイン、マリエット・ラノワールがデビューする年。将来の地雷原──或いは殺傷トラップ、疫病神、時限爆弾、なんでもいいけど厄の神を遠目から観察する良い機会だと思い、方々のツテを辿って招待客に紛れようと考えていた矢先。

 主催者から「出席してくださいね」と招待されたのだ、それも公的に、名指しで。


「何故かしら……」

「ペインタル子爵令嬢のケースとは確実に違うはずですな」

「ええ、彼女とは手紙の上で親交があったもの」


 昨冬、ペインタル子爵主催の社交界に招待された事件。

 いきなり公文書で呼び出される初手ハプニングがあったものの、サリーマ様とは面識も親交もあったが故の事故。彼女の個性とコミュニケーションの難しさを噛み締めた事件であったが、最後は笑い話で終わった一件。

 サリーマ様が父親におねだりした結果が冬の事件の発端にして終局。全容が知れれば親馬鹿が子供の珍しい我が侭を聞いてあげたに過ぎなかったわけだけど。

 セトライト伯爵家にわたしと繋がりある知り合いは居ないはずだ。

 手紙を通じた知り合いの知り合いの知り合いに居ないとは言い切れないにしても、


「伯爵家ともあろう者が、『上がり盾』男爵家の、それも子供を直接招待。不審さしかないわ」

「そうでございますね」


 貴族社会で上下関係の厳格さは言うまでも無く、また極端なピラミッド構造をした社会なので上の者も数多い下々全てに気を払ったりしない。

 例えば高校の生徒会会長が新入生全員の顔と名前を覚えているか、と言われれば否だろう。余程際立った存在でなければ目にも留められないクールさが罷り通る世界なのだ。

 ──際立つ、つまりは目立つ?


「いや、まさかそんな、ねえ」

「昨年披露したお嬢様のダンスが印象的だったとの可能性もございますな」

「そりゃ思ったけど!? ちょっとは連想したけど、あれで公的に招待されるとか無いでしょ!? どんな判断なのよ!」


 昨年の惨劇。

 デビュタントのお披露目会場で動きの鈍いアンデッドミリーが衆目の前で躓き転びかけ、恥ずか死にかけた彼女の命を救うため緊急避難的にお目見えさせたダンスの一幕。

 呆気に取られた会場からまばらな拍手に追い立てられた過去を思い出し、頭を掻き毟りたくなる。ブーイングされても困るけど乗り切らない拍手も要らなかった。何もなかった事にして静かに見送って欲しかったのに、いたたまれなさの極み。


 誰だあの時最初に拍手なんてした奴は、イジメか!


「お嬢様、顔が死んでおられますが」

「ちょっと心に継続ダメージが。それよりも伯爵の真意とか探れない?」

「難しゅうございますな。ワタクシめもそうそうお家を離れるわけには参りませんし」

「貧乏め、祟りよる」


 万能執事の思わぬ弱点発覚だ、能力でなく運用面で。

 上流貴族なら一家に一台どころか一人に数人の勢いで執事やメイドが傅いているのだろうけど、成り立て男爵家にそんな余裕があるわけもなく。

 執事業はセバスティングが、メイド業はエミリーが八面六臂の活躍を見せている。

 特にセバスティングは家内の柱、領内実務のメインはパパンが担っているにしても敏腕執事もフォローに回り、わたしの教育も受け持っているのだから恐ろしい。

 いつ寝てるのか、どうやって仕事を回しているのか──ひょっとして分身でもしているのかもしれない。今度確かめようと思う。

 それはともかく能力不足でなく時間不足、労力不足で手が止まるとはなんたる不覚。せめて男爵家に家中の半ばを取り仕切る嫁がいれば融通も利いたのに。


「パパンに再婚の当てとか無いのかしら」

「さて、今のところそのような話は特に」

「困ったなーぶっつけ本番は避けたいんだけどなァ」


 伯爵の思惑を知りたい、それが無理でもどのような人物かを探ることで少しでも手がかりを得たい。でも手がかりを得るための足がかりが無い、実に分かり易い行き詰まり感。はたしてペンフレンド情報でどこまで迫れるか。

 オレンジ色の髪の毛をモッシャモッシャ苦悩しているわたしの前に、机の上に置かれたのは瑞々しい果物。

 髪の色のオレンジでなく、爽やかな柑橘系の匂いをさせた季節ものの薄色オレンジ。


「お嬢、早成りの夏みかんが採れましたので持っていけと親方が」

「お?」


 夏みかんを凝視し、次にみかんを机に並べたランディを見つめる。

 ……そういえば彼は元々セトライト伯爵の別邸で仕事をしていたのでは?


「冷やした方が美味しいと思いますけど、では僕はこれで」

「ウェイト」


 がっし。

 夏みかんと同じくらい爽やかに立ち去ろうとした少年、現代感覚なら小学校高学年でギリギリ身長差も左程ない少年の両肩を力強く掴み止め引き留める。


「な、なんですお嬢?」

「ランディはセトライト伯爵について知ってることある? あると言って」


 溺れる者は肩をも掴む、揺さぶりまくる。

 情報源に成り得る庭師見習いの歩みを全力で食い止め左右にシェイクする男爵令嬢の姿がここにあった。


******


 麗らかな日差しが陰りを見せつつある夕刻。

 あまり暗くなると手元が見えなくなるとの理由で引き上げる者が多くなる庭仕事。

 終わり時間を見計らい、わたしは庭師の棟梁、或いは親方に声をかけることにした。


「ちょっといいかしら、シヴァトリア親方さん?」


 流石に貴族令嬢たるもの、年嵩の男性にこちらから用も無く話しかけることは少ない。挨拶程度は日常的だったけれど、こうして明確な用件をもって話しかけたのは今回が初めてだろう。

 特徴のない中肉中背、焼けた褐色の肌にやや白いものが混じった頭髪と髭を蓄えたリンドゥーナ人の中年男性。

 彼がシヴァトリア、ランディの師事する庭師の親方だ。


「おう、ランドーラから聞いとるよ。あんたがあいつを引っ張りまわしてるお嬢さんか」

「その節は非常にご迷惑をおかけして、そして多分また迷惑かけるので申し訳なく……」

「ああいや、あいつも楽しそうだから別に構わんのだがな」


 白い歯を見せて笑う親方。

 彼の様子からして少なくとも「僕は嫌なのに我が侭なお嬢様が理不尽な要求を……」との悪印象は持たれていないらしい。よかったよかった。

 アホ仲間にそう思われていたとすれば心のダメージが大きすぎる。


「それで、ランドーラでなくワシに何か用でも?」

「はい、今度の社交界にセトライト伯爵様から招待状をいただいたのですけど」

「ほう、そいつは大事だ」

「それで失礼にならないよう、セトライト伯爵様の人となりを知っておきたいのです。ランディに聞いたら『親方の方が詳しい』と言ったので」


 言われてみれば確かに。

 雇用交渉などは子供のランディより大人の親方が立ち会うのは当然の話。こんな当たり前を指摘されるまで気付けなかったとは冷静さを失っていたのか、許容範囲を超えている事態が増えているせいか。

 ──どうにも相互作用の可能性を否めない。側頭部をトントン叩く、落ち着け、落ち着けわたしの脳。せめて第一歩は冷静にだ。


 ともあれ向こうも直接の応対は執事なり権限を委譲された代理人が出てきたのだろうけど、それでも使用人を通して主人の人柄などには触れられる。はず。

 はず。推定系が前提なのがおつらい。


「詳しいっつってもな、ワシが契約したのはあっちの執事だったしの」

「ですよねェ」

「それでも余所者なワシらを雇ってくれたわけだし、人の良い御仁なんじゃないかって思うがの」

「確かに」


 時に弱肉強食時代。

 友好と敵対を行ったり来たりする国際周辺域事情を踏まえても尚、お偉いさんが隣国出身者を普通に扱うのはなかなか出来る事ではない。

 ましてや自分のお膝元に雇い入れるとなると、である。


 あの日、わたしのデビュタントの日。

 影に隠れてランディを殴る蹴るしていたどこぞのボンボン達を思い出す。国同士の関係が悪ければああいった光景が日常になりがちなのが悲しいかな現実。

 それでも、少なくとも伯爵家はそうではないということなれば。


「理性的な方なんですね、おそらく」

「そうだな、そうだとワシも思うよ」


 そうであって欲しい。

 ──いや、そうであるなら気まぐれでなく理知的に、明確な意図を持ってわたしを招待、否、召喚したということではあるまいか?

 どんな意図を潜ませているのよ。


 結局人となりを予想できても招待状の真意は全く掴めないのだった。

 どうか下級貴族が足元でピーチクパーチク目ざわりだなと断罪してくるような人じゃありませんように。

 国内の人間にも どうか やさしく……。

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