出会いもあれば編

4-01

 3回目の春がやってきた。


 ロミロマ2世界に転生したての頃が1回目、10歳になったわたしがデビュタントの舞台を踏みしめ不本意に踊った頃が2回目。

 そして3回目の春が今、わたしが11歳を迎えた今年。

 ゲーム版ロミロマ2のプレイヤーキャラ、マリエット・ラノワールが10歳となりデビュタントを果たす年に当たるのだ。


「ついにこの年が来てしまったか……」


 手が震えるのは恐れか、それとも武者震いか。

 いずれにせよ対決──の時ではないけれど遠目にターゲットを確認できる日が近づいているのだから心の震えを抑えきれないのは事実。

 やがて来る災厄の中心、騒乱の元凶、カタストロフィの起源──まさかあれほど感情移入したヒロインをここまで厄介の極致めいて思案する時がこようとは。

 哀悼の意を表明せざるを得ない、心の中で。


 それはさておき、まず情報を整理しておこう。

 マリエット・ラノワールの誕生日は夏、8月だったと記憶している。これは海イベントに合わさって誕生日イベントが発生していたから覚え易かった事実。

 つまりマリエットのデビュタントは夏か秋。開催日によって季節がズレそうなのが面倒この上ないが、10歳を迎えてすぐになることが慣習となっているので春と冬は無いと見ていいはずだ。


 ゲームは彼女の入学開始から始まるので、それ以前の足跡を辿る、或いは行動を先んじて読むのも困難。当然ながらゲーム以前に行われただろうデビュタントの様子やエピソードなども内容不明、見込み予想の手探りでやっていくしかないのである。


「そもそもラノワール男爵領ってどこの一門になるんだっけ」

「セトライト伯爵の一門ですな」

「……つまりウチと同門?」

「仕える子爵家は異なりますが」


 別に嬉しくはないけど覚悟はしていた。アルリーが元々ヒロインの友人となる設定だったとなれば割とご近所に配置されていたのではと推測していただけである。

 幸か不幸か同門ならデビュタントの場に参加するのも難しくない。そこだけが救いと前向きに考えることにした。


「ちなみにどこの子爵?」

「ペインテル子爵ですな」

「サリーマ様のところね、これもいわゆる逃れられない運命って奴に該当するのかなァ」


 冬に生じた空気ブレイカーな友人との一件を思い出し、奇縁にため息をつく。

 手紙のやり取りは頻繁なれど季節をひとつ越えても会う機会がない、絶妙な距離を置いた子爵令嬢は紙面上だと普通の子だ。彼女にラノワール男爵家についての仔細を求めればより現状を掴むことは出来るだろうけど。


『任せてくださいまし! きっとやり遂げてみせます和!』

(空気読めない子だから余計なところに首突っ込みそうで)


 そこが思案のしどころだ。関心を向けた相手にグイグイ迫り、むしろ接触を促進させてわたしとの橋渡しを買ってでかねないのが恐ろしい。

 というか彼女ならやるわね(断言)。

 いずれお近付きになるにしても今はまだ早い。そういうのは『学園編』でマリエットが入学してきた後とタイミングは決めているのだ。

 今はまだ見の時期、様子伺いを頼むにはサリーマ様というお人は不向きすぎた。


「斥候タイプよりも撹乱タイプよね彼女」

「何がでございましょう?」

「ううん、まだなんでもないから気にしないで。それより今日も訓練をするから」

「は、承知致しました」


 ノーマルエンドのために、その4。ヒロインは暫く様子見要観察。

 遠巻きに確認する程度に収め、薮蛇には陥らないことを念頭に観察すべし。


 ラノワール家の情報収集は他の文通仲間のツテのツテを辿ってどうにかするとして、今日は今日出来ることを過不足なくこなすのだ。


******


「まずはおめでとうございます」


 すっかり定番の訓練場と化した中庭でセバスティングが祝福の言葉を放つ。

 理由は分かる、それが今日の訓練に繋がっているのだから。


「ついにお嬢様は『魔力』を一定以上高め、修めて『魔術師』の領域に手が届くところまで到達致しました」

「フフフ、ありがと」


 誇らしげにカーテシーなどを披露してみる。横で拍手しているのは庭師見習いだったはずの運命を少々捻じ曲げられているランディ。

 彼はわたしよりも先に『魔力』運用のコツを掴んだ者として、わたしの教材代わりに訓練に付き合わせているのだ。「給料が同じなら別にいいですよ」との発言には心を打たれた感動した。ごめんよ、ごめんよ、でもみんなが暮らす王国のためなのよ。


 しかし彼の庭師修行の犠牲もとい心からの献身あってのことか、唯一苦戦した『魔力』も先日ついに10、2桁の大台に乗ったのだ。


 こうしてみるとステータスをオール12にするぞ計画は順調に進んでいる。

 おおよそ2年の時間をかけた自分磨き、心身の成長と共に『魅力』『知力』『武力』の値は上限12に達し、残りのステータスも最早2桁に至っている。


(『武力』はクルハのお陰で予想外に早く育ったわねェ)


 出くわす度に竹刀を交える友の姿が脳裏を過ぎる。

 漠然と鍛えるより明確なイメージを伴った訓練だったのが功を奏したのだろう。競い合いは大事である。

 そして鍔迫り合い効果はおそらくクルハにも作用している。何しろロミロマ2世界では一般大人のステータスはオール7だとされている。これは用語集にもしっかり明記されていた設定だ。

 なのにだのに。

 武力12のわたしと互角に戦っているクルハって何なの?

 彼女はデクナの子爵家と違って『第2部』でお家の名前すら見なかった、おそらくは編成した兵団の中に混ざってる騎士その1的な存在。わたし以上のモブ存在のはずなのに。


(今のクルハって並のモブ騎士兵長よりずっと強いんじゃないかな……?)


 わたしのステータスと戦績で判断すればおそらくそうなると思う。まだ11歳の少女なのに、ゲームでは最初から設定も無いモブだった可能性が高いのに、そして我が友ながら頼もしくも恐ろしい。

 こういうところでゲームと命芽生えた世界との差を感じる。


「実際の魔術習得はもう少し『魔力』を高めた上で行うとして」

「え、まだ習ったりできないの?」

「セバスティングが考えるに、まだお早うございます」


 これもまた差異のひとつ。

 ゲームでは『魔力』10で魔術習得可能イベントが発生し、以降の『魔力』訓練では魔術の習得度を鍛える流れだったのだ。

 もっとも魔術習得可能イベントが起きるのは『学園編』なので、まだそこまで到達していない影響かもしれない。ここは実績ある執事の言を信用しておこう。


「セバスティングがそういうなら我慢する。じゃあ今日も今まで通りの『ランディを凝視しながらコップの水を温める』訓練を?」

「お嬢、その言い方はどうかと」

「本日よりは少々趣向を変えまして、肉体強化を併用で行っていただきましょう」


 そういった敏腕執事が指差したのは石臼。

 いしうす。

 魔導機械がなければ人力で脱穀に使ったり粉を挽いたり餅をついたりする農耕具である。回転台が無いので粉挽きは無理かな? との分析が働くのはきっと先の説明を予想できた上での拒否感の発露。


「今日からこれがお嬢様のコップでございます」

「コップの概念が破壊された」


 脳が執事の説明を拒絶している。石臼ってあんまりコップらしくないよね。

 大きさに比べて液体を入れるスペースが少なすぎるし。

 いや落ち着けそういう問題ではない。第一歩から逸脱しているぞ脳!


「訓練の形式は左程違いありません。ただ両手に持つコップの代わりに水を汲んだ石臼を使用するだけ、でございますから」

「『だけ』にしては重量感違い過ぎない!?」

「そこは『魔力』による肉体強化を上手く出来れば問題のない部分にございます。この老骨にすら持ち運べた程度の重量に過ぎません故」

「あんた魔術使えるくらいの熟練者じゃないのよ!」

「ホッホッホ」


 理屈は分かる。

 『第2部』で姫将軍フェリタドラが重そうな鎧を着たまま風よりも迅く戦場を駆け巡り、大剣を片手で羽ペンよりも軽く振り回し、剣から放つ衝撃波で一振り数十人をぶった斬る、赤金に血煙映えて美しいムービーシーンがあった。

 当時は「乙女ゲームでなんつーアニメを入れてるのか」と思ったものだけど。

 単身で一軍を撃破できた超人的運動能力の源、あれは全て驚異的な肉体強化の産物だったのだろう。

 ──実に嫌な裏づけをしてくる。

 彼女ほどの肉体強化が出来れば石臼どころか魔導トラクターでも簡単に持ち上げられそうだけど、なんというか、この。


「令嬢らしさはどこ……どこ……?」

「お嬢様、伸ばした髪はキュートでなかなかお似合いですぞ」

「今そこを褒める!? 訓練内容と何も関係なくない!?」

「あのー、つまり僕は庭作業に戻っても……?」


 そうだね、確かにランディにも関係ないといえば関係ない苦悩だね。しかし若き令嬢の悩みに賛同してくれる者はこの場に居なかった悲しみがわたしを襲う。

 ファンタジーの貴族令嬢からバトル漫画の特訓風景よりも酷い何かになってしまう!


 これ絶対にロミロマ2のシナリオライターが好みに走った結果だろう、どこでこんな香港カンフー映画の特訓シーンみたいなテキストを使うつもりだったのか、謎の隠しルートは東方の華漢央国関係なのか。

 これ『魔力』でなく功夫を鍛える流れになってるし。そのうち指の力でクルミの殻を割ったり逆さ吊り上げ状態で甕の水汲みとかさせる気だ!

 そして『魔力』の肉体強化が適えば全部こなせそうなのが嫌だ……。


「はい、ランディ少年はどうぞ自然体のままに作業していただいても結構です」

「あ、うん。それじゃお嬢、頑張って」

「うおおお他人事のように!?」

「お嬢様、昔の人は言いました。『ひとりでやるもん』と」


 それは自発的に『ひとりでできるもん』じゃないのか、台詞のテキスト入力が間違ってるぞシナリオライター!


******


 結局。

 石臼を両手に挟んで持ち上げつつ庭師の少年を追い回すという、他人から見れば「どこの修行僧かな?」「変質者かな?」と言わんばかりの過酷さを伴った風味な訓練内容を日々過ごすことになったのである。

 ──いや、一応ランディと雑談は出来るから退屈はしないし『魔力』をちゃんと扱えればあまり重くはないんだけどさ、もうちょっとこの、絵面的に、ファンタジーやメルヘン的にさァ……。

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