3-13
後日。
冬の雪解けが始まる少し前の時期、クルハとデクナがウチを訪ねてきてくれた時にサリーマ様の話とその顛末について打ち明ける機会を得た。
近いとはいえ寒い時期の訪問理由は単純。クルハの剣の虫が相手を欲して飢えたのだとか。
「本の虫以外にもそんなのがいたとは驚きね」
「余所は分からないがストラング家には居たみたいだな」
デクナは婚約者のやんちゃぶりに呆れ顔をしながらもこうして同道してくるんだからこの2人は入学前だけど結婚すればいいんじゃないかな。
しかしこの2人の仲睦まじさはわたしをして平和を守らねばならぬと奮起させてくれるのだ。燃え尽きない程度に爆発しなさいと心の中で難しい注文をしておく。
「ふむ、ペインテル子爵家のご令嬢か。噂では絵画に才能ある深窓の令嬢だという話だったんだが」
「絵が上手いのは本当だったわよ。それだけの伝聞で本人の実態を推測した誰かが大幅に間違ってただけで」
「あははは、ヒトのウワサも49日だねー」
「引用句がまるで掠ってないのが清々しいな」
剣撃後に一息ついてのお茶の時間。貴族的に順番がおかしいかもしれないが、クルハがいれば何に先んじても手合わせが優先されるのだから普通だ。
「流石に遠い場所に住んでる子だから紹介はし辛いんだけど、学園では改めてってことでよろしくね」
「承知した」
「強い? その子強い?」
「いやあ、子爵家の令嬢だし、それはどうかな……?」
「人間を強さだけで採点するな。人品を見ろ。そして子爵家イコール弱いを紐づけるなアルリー」
クルハとわたし、同時に突っ込んで来るとは流石よデクナ。
『学園編』では戦闘力を測る試験もあるのだけど、文官コースと武官コースがあるので必ずしも好成績である必要のない分野だ。座学で一定の成績を取れれば卒業には問題なかったりする。
もっともヒロインは全ステータス18が可能な都合上、あらゆる成績をオールSでクリアするのが普通になっていたのだけど。
「しかし学園か、まだまだ先の話だというのに気が早いな」
「光陰矢のごとし、とも言うしねェ」
「老い易く学も成り難い、か」
「え、矢を打ち落とすの? 出来るかな? 出来そう」
「本当に成り難いな! あと4年で最低限は詰め込んでやるからなクッパ!」
「デッキーなにコーフンしてるの? 塩飴食べる?」
「そこで勧めるならカルシウムだろ! なんで塩分なんだよアスリートか!」
塩化カルシウム、という可能性は無いだろうか。
無いな、クルハに限ってそんな変化球を投げるはずもない。単に自分が食べていた飴を婚約者にも勧めただけのこと。
優しい、尊い、でも的は外れていて、なのに息が合っている。
「今の選択肢で好感度ゲージが上がったのか、興味あるわァ……」
「お嬢?」
友人との交歓の場にハシゴを肩にかけたランディが通りがかる。
着こなす衣装は普段の作業着であり、従僕ランディは既に卒業していた。同年代が身近に少ない環境だ、彼の引退は少し残念にも思う。
引退後の再デビューに期待。
「ああランディお疲れ様。彼も大変だったのよ、旅に付き合ってもらったから」
「ほう、それはどういった経緯で?」
「ランディは無意識に『魔力』で肉体強化してたからってセバスティングが」
「なんだって!? それは本当かい!」
妙にデクナが食いついた。
「魔力操作は魔導機械のオペレートに必須の技能だからね。文官は技官も兼ねるから僕としても早めに修めるに越した事はない技術なんだ」
「あー、なるほどねェ」
魔導機械。
現代では電気で動くものを魔力で動かしているメカ全般と思えば分かり易い。ただし大型魔力炉の作成には膨大な資金と手間が必要とのことで、魔導機械の運用は個々に有する小型魔力炉にそれが可能なオペレーターが触媒の魔力を定期的に込めることで賄われている。
ちなみにウチはセバスティングがやってくれている。万能!
「で、どんな方法で習得したのか教え「強くなりますか?」」
「クッパ、邪魔しないでく「強くなりましたか!?」」
「え、ああ、はい、腕力は多分」
「よーしあたしもがんばるぞー!」
「クッパ、お前って奴はー!」
魔力運用の方針違いによって仲良く喧嘩が始まる。腕力勝負になると一瞬で片方が鎮圧されるのでクルハとデクナの喧嘩とはほとんど口喧嘩を指す。
平和で犬も食わない言い争いを尻目に、わたしはランディに一息つかないかとお茶の席に誘うのであった。
******
(しかし、気が早い、か)
前日、友人が口にした言葉を咀嚼する。確かに入学は4年後、普通に考えればそう思うだろう。
──しかし如何なる出来事にも原因がある。事の起こりが存在するものだ。
今回の子爵家から届いた招待状に端を発する、大山鳴動してネズミ一匹が如く騒ぎ。ある意味わたしだけが深読みし空騒ぎしていた出来事の原因は、わたしが交流を促進すべく方々に出した手紙にあった。
手紙を書き、あちこちにばら撒き、仲良くしてくださいねと文通を続けた結果の顛末だ。
結果こそ新たな友人を作れた、で済む範囲内ではあったのだけど。
(今回のように巡り巡ってわたしに何かが返って来る、そこまで事象を読みきるのは不可能なのが良く分かった)
こちらから気軽に声をかける行為とは即ち、裏返せばあちらからも簡単に接触を図ってくるということでもある。
深遠を覗けばあちらからも覗かれている、そんな言葉通りに。
人間関係とは相互に発生するもの。権力の上下関係で抑え付ける真似でもしない限りは決して一方的に、都合よい関係を築けるものではない。
知り合いを増やせば増やすほど何かしらの面倒ごと、わたしの把握しきれないどこかで何かが起きる可能性は高まる、広がるだろう。ブーメランがどこから飛んでくるのやら。
では辞めるか。
コネを作り関係者を広げる真似を中止するかと自問するなら否である。理由は言うまでもない、何もせず手をこまねいていれば王国の運命はヒロインひとりの選択に、行動にかかってしまう可能性が極めて大。
(そう、彼女の選択ひとつで内乱が起きて、上手く治められないと外国に滅ぼされてしまう。それは絶対に避けたいんだもの)
ある種のリスクを背負っても行動を選んだ、といえば偉そうに聞こえるが。異界の地で得た新たな生と、面白友人たちとの生活を守る、実なる私欲のために。
わたしは頑張ると決めたのだ。
「だからこそ、わたしは逃げずに『あの子』との接触を図るわ──今は遠巻きに」
セバスティングが作成してくれた資料、今春のデビュタント予定者リストを改めて覗き込む。
ご丁寧に魔導写真が添付された、数名の令嬢がリストアップされたそれの最後。
わたしが知る彼女よりも風貌が幼いものの、見覚えある特徴──王国では珍しい、ロミロマ2の主要女キャラでは唯一の黒髪少女が映っていた。
次回のデビュタント会場に顔を出せば確実に観察が適うだろう。いずれ『学園編』での交流は避けられない運命の申し子。
男爵家の養女にして、その正体は先王の落胤。
少女の名はマリエット・ラノワール。
美少女ぶりなら姫将軍が圧倒しているが、ゲーム内で傾国を指差せといわれれば確実にマリエットとなるだろう。ロミロマ2のヒロインであり、攻略対象と恋に落ちた挙句に国を揺らす女。
──まあ操作してたのはプレイヤーたるわたしだったんだけどさ。
「それでアルリー、ひとつ聞きたいんだが」
「え、何よデクナ?」
「サリーマ嬢の描いた絵とやらは見せてくれないのかい?」
「お前を殺す。笑ってるランディも殺す、皆殺す」
竹刀を強く握りしめた穏やかにして平凡なる日常。
この向こう側に決戦の、ひとつ前の偵察の日は遠くない。
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次回より新章となります。
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