3-09
冬の旅路は雪の無い季節に比べて行軍が低下するもの。
『戦争編』でも移動力が下がって大変だったのを思い出す。
──だから5日行程を1週間かかったのは想定の範囲だったと言えるだろう。早めに出発し、直前の村で時間調整をした結果、予定を往路を時間通りに完走できた。
「ようやく着いたわペインテル子爵領ペイントリア……」
灰白色の背景に建物が映り込み始めた。
積もる雪がクッションになっているのか馬車はあまり揺れない。余人にすれば平時よりは乗り心地が快適といえるかもしれない環境だけど、乗り物酔いと無縁なわたしにすれば長旅の方が心身のストレス要因となった。
最初から心楽しからぬ旅だったのを差し引いても、だ。
「お嬢様、ご入学の際はこれ以上の長旅をお約束致しますぞ」
「嬉しくないィ」
「王都までの距離、馬車の脚で概算すると一ヶ月近く掛かりますからな」
「聞きたくなかったァ」
乗り物不便なロミロマ2世界の脅威が学生を襲う。特に辺境貴族には特攻ダメージだ。
……あれ、でもヒロインは長期休暇で割と実家に帰省していたような?
勿論乙女ゲームらしくフラグ立てた相手の別荘に招待されたり避暑地で遊んだりもしていたけれど、全てではなかったはず。まさか根性と健脚で往復していたのだろうか。
「冗談でございます。学園には古魔導の遺産『転送ゲート』がありますから季節毎の移動は容易かと」
「……転送ゲート?」
「古の文明が遺した『一瞬で遠くまで移動するための門』だとか」
「へえ、そういうのがあるんだ」
「各地の伯爵領には学園と繋がった門がひとつ置かれており、そこから通えばいいのだとか。便利なものですな」
理屈は分かる、ワープとかどこでも銅鑼とかサブカルチャーに置き換えればいくらでも似たような物は思いつく移動手段だろう。じゃーんじゃーん。
ただしゲームプレイ時にそんな詳細説明は無かったと思う。選択肢入力であちこちに移動できる、それ以上の認識はしていなかったのだけど、ゲームに基からあった設定なのだろうか。
そもそもロミロマ2は『戦争編』を前提に乗り物すら制限された世界観。そんな便利なものがあれば破綻するのでは?
「もっとも古の技術をそのまま利用しており、仕組みは解明されておらず。転送できる質量や蓄積魔力の膨大さなど課題が山積しているとか」
「……ヘンなところで不便なのねェ」
『学園編』での便利さと『戦争編』での利用不可を両立させた跡が残る仕様。本当に変なところで制限を設けているものだと感心する。
まあ今は『学園編』で長旅をしなくていいのを素直に喜んでおこう。
「ここがペイントリア……」
「ランディはわたしより他の町を見た経験があるでしょ? 感想は?」
「お嬢の町とあんまり変わらないですね」
「ま、子爵領といってもこの辺はまだまだ国境近くだもの」
男爵と子爵。表記すれば1位階差でしかない爵位だけど、男爵が子爵に成り上がるのはそう簡単ではない、らしい。
階級制度が国の根幹、重要なシステムであればある程、身分差の示す割合は大きく強くなるのが筋である。ピラミッド階層で作られた制度であれば尚。
子爵は男爵家の宗家。同じ派閥で近隣地域に点在する男爵を管理、運用する立ち位置にある。
現代風のニュアンスで言い換えれば1年A組のクラス委員。
1年A組のクラスメートを取りまとめる権限と役割を上位者に与えられているのだ。その限定的な命令権は他のクラスに権限及ばず、学年代表委員や生徒会役員、教師には当然逆らえない──そんな点も似ている。
現状を整理すればウチとペインテル子爵は同じ学年代表──1年生ABC組のクラス委員代表セトライト伯爵家の所属ではある。
「だからこそ此度の招待は妙な話なのですが。ペインテル子爵はチュートル家の組頭というわけでもありません故」
「……そうなんですか?」
「うん。ウチはクルハの婚約者、デクナのパパンが直接の上役になるのよ」
先の例えで言えばリブラリン子爵が1年B組、ウチのクラス委員に当たるのだ。B組の一般生徒なウチがA組のクラス委員に何か直接の指図を受ける立場にはない。
だからといって他の子爵の不興を買うのも避けたい政治的思惑も浮かび上がり、わたしが冬の寒い中に文句を言いつつ馳せ参じる事態に繋がっている。
本当に寒い。キツネのマフラーあたたかい。
「それじゃあお嬢のお家とここの子爵様に付き合いは無いのでは?」
「お父様に聞いてみたけど一応の面識はあるみたい。ただそのくらいの関係で特に積極的な交流は無いって話だったけど」
むしろわたしの方が娘のサリーマ様と手紙で交流していた方が多いだろう。
なので私的な依頼やお願いをされても不思議はなかったのだけど、別クラスの生徒を公式文書で呼び出してパーティに参加させる。
こればかりは道中にいくら考えても答えが出なかった難問であった。
「おかしな無理難題じゃなければいいんだけどなァ……」
馬車は町の最北に構えた子爵のお屋敷目指して歩を進める。
鬼が出るか蛇が出るか。
──できれば何も出ないで。
******
ペインテル子爵の私邸前には既に馬車が幾つも駐車されていた。
門前でウチよりも3倍は立派な建物、こんなところでも男爵と子爵の差をまざまざと見せ付けられる。
まあ隣接地の同類や騎士達を招待するのが関の山な男爵家と、男爵子爵に声がけしての社交界を開く機会ある子爵家では規模が違って当然なのだけど。
「それでも伯爵家の別邸よりはやや狭いですよね」
「上を見上げるとキリがないわよ多分」
最高級は王宮になるわけだし。
現物は見た事ないけどゲームでなら何度も色々な角度、外観や内部を見た事がある。
場合によっては防衛戦でも……うッ、『第2王子』ルートで受けた心の傷が痛む。やめて姫将軍城門を突破しないで。
「当たり前ですがお嬢様のみを招聘した形ではないようですな」
「そこまでの不興を買った覚えはないし」
「分かりませんぞ、お嬢様は旦那様に似て実直なところがありますからな」
「……そうかな? でもそれって悪いことなの?」
「ホッホッホ、貴族社会は魔窟でございます故」
腹芸を身に付けろ、ということだろうか。
これでも中身は高校生、10歳ボディよりは多少心が汚れ、貴族社会へのサブカル的偏見を持ち、その分は打算と計算を隠して人付き合いを考えている悪い子なのだけど。
社交性がこれ以上伸びない仕様上、今のところは難しい注文である。少なくとも子供ボディのうちは比類なき天才の領域にはどうやっても届かないのだ。
実にもどかしい。
「チュートル男爵様ご一行ですね、確認させていただきました。あちらにどうぞ」
門前で待たされること十数分。
キツネのマフラーでモフモフ暖を取っているうちに身分証明も終わり、若い使用人が門を通してくれた。邸内の小路にも案内役の使用人が立ち、誘導してくれている。セバスティングの操る馬たちは澱み無く、馬車は車庫の一角に滑り込んだ。
「お嬢、お疲れ様でした」
「うん、ランディもお疲れ様。これでようやく往路完了ね、やれやれェ」
馬車を降りる前に大きく伸びをして、最後の本音を漏らしておく。クルハ達のところに遊びにいく時の高揚感はまるでない。寒さと義務感に押された長い旅路、凍えた心を少しでも温めてくれる熱が灯るといいのだけど。
「お嬢様、どうぞ」
ちゃんとした執事に早変わりしたセバスティングに手を取られ、雪残る大地に足を踏み出した。
ここからは余所行きの顔をして、心にドレスを着込むとしよう。
子爵令嬢サリーマ様、果たして彼女の目的は。
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