3-08
ペインテル子爵令嬢のサリーマ様から招待状をいただいて数日後、わたし達は馬車の乗客と化していた。雪道を行く旅は決して快適ではない。
そんな苦行を義務感もとい責任感で抑え付けた使命感溢れる構成員は3人。
わたし。
セバスティング。
そしてエミリーは欠席し、
「……って何故にランディが同行しておりますの?」
寒さ故に頭が回らないのか、予想外の事態に直面して言葉遣いが余所行きのお嬢様口調になってしまった。丁寧すぎる物言いに心は不要、魂は宿らないのだ。
「雪かき要員、でございます」
「お、おう、それはごめん」
「いいえ、これもお仕事ですから」
今回も変わらぬ御者席から応答するセバスティングの簡素な一言。
予想外に重労働を強いられた彼に思わず素で謝罪すると、何故か馬車の対角線上に座って恐縮していたランディがさらに肩を狭める。確かに電車でもボックス席なら対角線上に座る方が互いのスペースは広くなり、足も邪魔にならないけどこういう作法は万国共通、世界の壁を越えても共通なのだろうか。
「とはいえまさか庭師見習いが旅のお供を仰せつかるとは思いませんでした」
「『座っている者は親でも使え』精神でございます」
「立ってなくても使われるの厳しくない?」
上級貴族にとって使用人の不足は恥になるらしいけど、下級貴族には無い概念ですね。しかしバリバリの肉体労働に成長途中の少年を狩りだすのはどうなのかとの思いはなくもない。
そもそも庭師の人に雪かきをお願いしているのはいつもの事として、旅先の行く手阻む積雪排除に連れ出すのはちょっと度が過ぎるような気がしないでもないのだ。
「そこはこのセバスティングめに抜かりはありませぬ」
「その心は?」
「ランドーラ少年を引っ張り出したのは、ひとえにお嬢様のため、でございます」
「実に回りくどい言い回しだけど、その真意は?」
「ランドーラ少年は、一部『魔力』の循環による肉体強化を体得しております」
「えッ本当!?」
馬車内でこれ以上なく肩身を狭くして座っていたランディをまじまじ凝視する。視線の中に「この間『魔力』訓練したばかりなのにもうそんなレベルで使いこなしてるのかこの野郎!」との感情が篭っていたのは否定しない。
だけど当の彼自身は何を言われたのか理解できない様でポカンとしていた。
「おそらく少年には負荷の高い肉体労働の中で最善たらんと自然に体得していたのでしょうな。『魔力』とは形なき血肉、当人が活かす形で用いていれば成長するものにございますれば」
それを為せた才能もありましょうが、と万能執事は手綱を捌きながら締めくくる。
よく分からない、との顔で自分の両手を見つめているランディ。
そんな彼の横顔をしげしげ観察し、一定の納得を示すわたし。
(まあ、そうかもね。リンドゥーナって多分インドがモデルだし)
特に世界設定のモデルが明かされていたわけではないけど、国名の響きや彼のエキゾチックな外見からすれば多分そうだ。
なので全身にチャクラを巡らせたり第3の目を開いたり瞑想で悟りを開いたり闇のソーマに目覚めたりブリハット=カターでマハーバータラなオーガニックパワーと相性がいいに違いない、この推察イエスだね。
そう思えば『魔力』なんて精神概念、各種季節の行事にしか宗教的イベントに興味なかったわたしには最初から向いてないジャンルだったのだ。
だとすれば、ロミロマ2で『魔力』の成長が遅いのは、現代日本における宗教全般に対する信仰心の薄さを風刺した作りだったのかもしれない──絶対違うな。
「──との理由で、ランドーラ少年は良い教材。このワタクシめと異なり『動きを目で追い易い』相手にございます。お嬢様には彼の力の入れ具合、『魔力』の巡らせ具合、作用させ具合を完済し続けていただき、ひとつの目安にしていただこうかと」
「なる……ほどォ?」
「目で追うのではございません。『魔力』を感じ、運用の巡る流れを掴むことを意識してください」
曰く、観て学べ。
かくして快適ならざる旅路の途中、雪塞ぐ道の除去作業を行うランディをじっと見つめる訓練が始まった。
******
ザックザック。
「ランドーラ少年、こちら側を浅く掘っていただきたい。手に余る塊はワタクシが溶かして進ぜよう」
「あ、はい、分かりました」
「……」
ザックザック。
ゴォォォォ!
「うわ、それ火の魔術ですか?」
「ホッホッホ、所詮は執事の嗜み程度でございます」
「……」
ザックザック。
ジュワァァァ。
「ついでに水の補給をしておきましょうかな。新雪なれば下手な井戸水よりも綺麗ですゆえに」
「魔術便利ですね、頑張れば僕にも扱えるのかな」
「……」
「お嬢、視線が気になってすごく作業し辛いんですけど?」
「慣れて」
「譲歩の気配が皆無すぎません?」
力仕事は殿方の分野。
降り積もった自然構造物を祖父と孫ほどの年齢差あるコンビが対処しているのを、令嬢は令嬢らしく観察の目で以って馬車の中から見守っていた。
解析テーマは『魔力』の運用。
セバスティングが言うには『魔力』を用いた肉体制御と強化において、庭師見習いのランディは既にわたしの先を行く存在らしい。
彼を観察することで『魔力』の体内循環、巡り巡らせ方の一助とすべしとの指示を受けたわけだけど。
「うーん、理屈は分かるんだけどなァ」
身体にパワーを巡らせる、言葉で表現するだけならこの辺はサブカルでお馴染みの知識といえる。むしろ頭の中で図解だって出来るしヘタヨコな絵にすら出来る。神村優子の生きた世界でならビジュアル的な見本、アレとかコレとかソレとか有名漫画やアニメ参考文献がいくらでも存在したのだ。
ただし、いざ本当に魔力なる不思議パワーが存在し、生きる者全てに宿ってる世界に転生してみるとなると。
「なんか雲を掴むような感じなのよねェ……」
理由は想像できている。
わたしが魔術に持つ認識が「あったらいいな」とフィクション視点なのに対し、元よりこの世界の住人には「あって当たり前」なのが影響しているのだと思う。
使えるはずの力に「そんなことが出来るわけがない」との認識。
要するに元の世界の常識が邪魔をしている、そんなところだろう。
「わたしはもうちょっと柔軟な人間だと思っていたのにィ」
「お嬢様、お待たせ致しました」
「あ、うん。ランディもお疲れ様」
「いやあ、魔術って凄いですね。こんなに間近で見たのは初めてです!」
「ホッホッホ、今なら見放題で盗み放題のサービス期間ですぞ」
セバスティングとランディは旅を通じて随分と親しげに話すようになった。元より令嬢の旅に同行させたのだから人品に問題なしとの判断はしていたのだろうけど、やはり年を取ると若造に何かを教えるのが楽しいのだろうか。
「今日は次の村で停泊することになりましょう。これで往路の半分は消化できましたな」
「うへえ、まだ半分かァ……」
「なかなか難儀でございますな、この時期の長旅となると」
呼びつける方は楽だけどね、との不平不満は口の中でモゴモゴしておく。理由は手紙に書かれていなかったけれど、結局は招待側が格上なのだ。
例えつまらない理由でもこちらが正面から物言いをつける機会は訪れない身分制度の厚い壁。
かなしい。
「お嬢様、その怒りと悲しみが全身に巡る感覚をお忘れなく。それを『魔力』と思って意識できれば蒙が開けましょうぞ」
「そんなわけないでしょうと言わざるを得ない」
「お嬢、ファイト」
「いい加減な応援すぎる!」
年齢差ある2人にツッコミを入れつつ馬車は走る。
幸い話し相手が充実する旅路であったため、ストレスが心身を冒すことは無かった。
ちなみに旅の途中でステータスを確認したところ、いつの間にか『魔力』が8から9に上がってた。
怒りと悲しみのパワー凄いな!
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