3-07

 冬景色。

 ロミロマ2世界は異国情緒に溢れる世界観だけど、春夏秋冬は日本のそれを意識して作られていた。これはゲーム内でのカレンダーと季節感を違和感なく合わせるためだと思われる。


「寒い」

「冬でございますからな」

「暖房あたたかい」


 幼女ボディが二次性徴の頃合を迎え、徐々に丸みを帯びて脂肪を蓄えつつある時期でも冬は寒い。寒いものは寒い、魔導エアコン少し暖かい。

 庭に植えた食糧たちも茶色に染まり、雪に覆われ、役割を担うには不足する季節。こんな時期にも庭仕事を請け負った人々には作業があった。

 雪かきである。


「北の豪雪地方に比べれば全く積もりませんが、それでも隣国との往復の要所ですからな。道の除雪は大切な役割でございます」

「大変だ」

「無論、商人たちの他にも領内を行き来する者にもありがたい作業」


 ロミロマ2世界は『戦争編』の都合上、乗り物一切が不便な形でまとまっている。主力移動手段は馬車、船は陸付けできる場所が限定され、自動車も飛行機もなく、ゴムタイヤすら無い。

 馬車の車輪にスパイクタイヤも使えず木製輪っかな時代背景、ちょっとした積雪でも艱難辛苦に早代わりである。現代科学の浸透した世界でも自然の驚異に対抗するのは難しかった、いわんや貧弱な運送技術を強いられるこちらの世界では。


「こう、火属性の魔術でゴワッと溶かしたり出来ないものかしら」

「溶かした後でも再び凍りますからな。路面が凍結する分、危険度が増すかと」

「上手くいかないなあ」

「無論、溶かした上で雪水を蒸発させる程の熟練者であれば適う話でございますが、そんな腕前の持ち主ならば王都側で大人気でしょうな」

「世知辛いィ」


 辺境と中央、どちらが多く喜ばれ、どちらが儲かるか。

 それを指摘されればぐうの音も出ないのであった。


「ちなみにセバスティングは?」

「ワタクシめはお家の周囲で手一杯でございます故」

「できると申すか」

「ホッホッホ」


 有能執事は懐に手を入れ、一枚の手紙を取り出した。

 普段誰かとやり取りをしている簡素なものではない。一目で公的文書、貴族が封蝋を以って閉じ、正式な文書として相手に送る類の品だと見て取れる。


「こちらお嬢様宛でございます」

「え、お父様でなく?」

「はい、間違いなく」


 流石にキョトンとする。

 筆まめを自認し、あちこちの顔を知る・顔を知らない貴族令息令嬢と文通を繰り返すわたしだけど、それは所詮私文書。個人的な手紙であって、男爵家の名前を背負っての行動ではない。

 来春にようやく11歳を迎える小娘が、どこかの貴族様より公文書扱いの封書を貰うなど全く心当たりのない事だった。個人的に一番仲良くしているストラング男爵家、その婚約者が属するリブラリン子爵家ですらわたしと公的なラインは繋げていない。

 あくまで子供間の関係であってお家の看板を通した間柄ではないのだ。


「いったいどこの誰さんが──ペインテル子爵家?」


 ああ、サリーマ様のトコか、と理解は出来た。

 ペインテル子爵令嬢サリーマ。

 デビュタントで交流を持ち、以降手紙でのやり取りを続けているひとり。クルハやデクナと異なり、あれ以来顔を合わせた事はないが『貴族令嬢としては』仲良くしている間柄だと思う。

 そんな付き合い方が示すように、ペインテル子爵領はウチから遠い。片道でも5日はかかる距離でとても直接交流の望めない関係だったのだ。それでも『学園編』ではお互い寮住まいとなる身、そこからでも延長線が適うと下心積載でいたのだけど。

 はて、わざわざ公式文書で何の用かと訝しむ。


「えーと、なになに……『此度、子爵家で開催する社交界に出席していただきたく』……ううん?」


 文面はただの社交界案内だ。

 飾らず言えば「ちょっくらパーティ開くんでこっち来ない?」程度のもの。

 なのだけど。


「ほほう、招待状ですな。それも正式な」

「わざわざ、遠方のわたしに、私文書でなく公文書で直接……???」


 手段が心に引っ掛かりまくる。

 わたしとサリーマ様は個人的友誼の深い間柄とは言い難い。貴族的な親交ある関係性に過ぎず、言ってみれば文通仲間。元いた世界の表現を借りれば「友達」ではなく「知り合い」の範疇に収まるだろう。

 なのでお家のパーティに招待する際、気軽に誘う私文書でなく堅苦しい公文書を使った。成程、一見筋が通ってるようにも思うのだけど。


(そもそも、左程の関係でなく遠くに住むわたしを誘う理由が薄すぎない……?)


 大貴族なら体面を気にして一族郎党招待する、そういった振る舞いに出てもおかしくはない。地位が上になるほど気位高く、影響力を行使したくなるのは貴族も政治家も変わらないサガだとの偏見がある。だいたい間違ってないと思う。

 しかしながら失礼ながら、サリーマ様のお家は子爵家。男爵よりは格上だけど結局は下級貴族である。デビュタントを同じくした者同士、上を辿れば同じ一門に属するとはいえ、遠方に住まう筆仲間でしかないわたしをわざわざ招待する理由がちょっと思いつかない。


 交通機関が貧弱な世界において距離の問題は割と深刻である。

 ロミロマ2世界の交通事情はついぞ前にセバスティングと会話したばかり。遠く離れたペインテル子爵領の位置は悲しいかな北方面、ウチの領地よりも雪に好かれて白く染まること必至の地理条件。


(正直、気が進まないというか行きたくないんだけどォ)


 この状況は伝説に聞く「嫌な上司や先輩に飲みに誘われる」という奴かもしれない。現代社会ではパワハラ・セクハラの温床とされ、この世から滅んだ概念だと聞き及んでいたのだけど、まさか未成年のわたしが転生先の世界で出くわす羽目になろうとは!


 ──現実逃避はさておき。

 実際のところ子爵家の看板を背景にした正式な招待状、お家の名前を前面に出した公文書で招待されると余程の事情がなければ断るのは困難である。相手が格上であれば尚の事。

 貴族社会はパワハラ上等社会なのだ。身分差が大きければ行状次第で物理的に首が切り落とされかねない程に。

 流石に男爵と子爵、下級貴族のワンランク差でそうはならないにしても要らぬ波風の元にはなりかねない。


「これ、受けた方が良いわよねェ」

「礼儀的にはそうでございますな」

「体調崩せばどうにか断れるかしら、お醤油を一升瓶分飲み干すとかすればワンチャンス」

「命がけになりますな」

「……うん、しょーがない。お父様には出席の予定を報告しておいて」

「承知致しました」


 言外に「この時期に遠出とは実に面倒ですな」と神速執事ですら顔に表しつつ、冬の最中に遠路の旅を強いられる羽目になった男爵令嬢であった。

 わたしのことなんだよなァ。

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