3-06

 本格的な冬を前にした日。


 友人ふたりがわたしの家を訪ねてきてくれた。

 相手は言うまでもない、クルハとデクナの婚約者ペア。ストラング男爵家は同格の爵位だけど等級はあちらが上。さらに婿入りするデクナが子爵家の令息である以上、格下のこちらから訪ねる回数の方が多いのは格式上仕方ないので訪問を受けるのは珍しかったりする。

 なのでこうして訪ねてきてくれるのはあちらが会いたかったとの意思表示であり、実に嬉しい。


 早速最近の話題を交換するに至り、魔術の訓練がそろそろ実を結びそうとの話をしたところ。

 脳筋の友人は唇を尖らせて抗議して来た。


「ぶーぶー、まじゅつより剣術鍛えようよー」

「クルハだとそういう感想になるかァ」


 ひと月ぶりに顔を合わせたストラング男爵令嬢は相変わらず『武力』に傾倒していた。わたしを「剣を交えるライバル」と捉えている彼女らしいといえばらしいのだけど、それでいいのか。


「で、あの子の手綱を引き締めるはずのデクナのご意見は?」

「クッパ、君のお父上のヘラレス様が得意とする身体強化も魔術の一種なんだが、鍛えなくてもいいのか?」

「ずるーい! あたしもまじゅつやるー!」

「手のひら大回転過ぎるゥ」


 流石は頭脳派婚約者、相手の気を引くポイントを心得ている。

 そう、『魔力』が血流に等しいとされる理由のひとつはデクナの言った通り。魔力巡る肉体を強化させる運用法が挙げられる。サブカルでお馴染み、氣だのフォースだのサイコパワーだと呼ばれる使い方が出来るのだ。

 パワーを上げ、スピードを上げ、ソニックブームを放ち、バリアを張る。


 一言でいえば単純に超強くなる。

 これによりひとりの騎士が大勢を相手に無双することさえ可能となる──わたしは『第2王子』ルートで姫将軍が1000人単位のモブ兵団を単騎で殲滅するところを何度も見たから間違いない。出来る、出来るのだ。

 データ上でも震えた戦果、こうして受肉しちゃってるこの世界ではまったく全然見たくはないな……。


「というわけでアルリー、僕たちにもコップを貸してくれ」

「いいけど、ウチでやるの?」

「クッパが帰宅するまで我慢できるわけがないだろ」

「はやくー、まじゅつはやくー!」


 デクナの予想通り、既に興奮して机を叩き始めているクルハ。実に彼女らしく、または貴族令嬢らしからぬムーブだけどこの場の誰もそれを窘めたりしない。

 頭脳派陰謀家はたまに暴走する婚約者を止めてくれないのだ。初対面で剣術の相手をわたしに押し付けたように。

 これも愛なのか、その愛は二人の間でやりくりしてくれないものか。


「分かった分かった。セバ」

「お待たせしました、水差しとコップ群でございます」

「早ッ」


 もはや何を命ずるまでもなく電光石火執事は必要なものを全て用意してきた。これがツーカー、これが出来る執事の忖度という奴である。

 とりあえずコップに水を入れて渡す。ひとつ、ふたつ……あれ、コップは4つあった。

 ──成程、流石は出来る執事である。


「ランディ、あんたもやってみる?」

「いえ、あの、お嬢、僕は場違いでお邪魔なのでは……?」


 先ほどから席に着いたまま一切しゃべらないでいた庭師見習いランドーラを顧みる。

 彼はわたしのことを「お嬢」と呼ぶ。最初は「アルリー様」と呼んで来たので様付けは不要だと言ったらこうなった。知恵が利きよる、でも組長の娘っぽくて面白いから許可した。

 そんな庭師見習いのことは手紙のやり取りで紹介していたのでクルハ達も「おっす!」で挨拶を済ませていたし、いきなり尋常に勝負とばかりに斬りかかることもなかったので大事には至っていない、もとい誰も存在を咎めたりしていないのに萎縮しきりの様子だった。

 まあ気持ちは分かる。一応は貴族令息令嬢が集まった会合の席、わたしが姫将軍に腰が引けたようなものだろうし。

 とはいえわたしとはバカトークが出来る間柄なのだ、ならば無駄な緊張さえ払えばこの2人とも変わらぬアホトークが可能なはず。


「いいのいいの、わたしはバカ仲間を仲間外れにするような狭量ではなくってよ?」

「表現はともかく本心だと思いますのでありがとうございます」

「それにこの婚約者同士が相手だと隣が寂しい。わたしをひとりにしないで」

「……聞く者が聞けば有頂天になりそうな発言ですね」

「どうかな、フフフ? フフフ?」


 相手が最下級貴族の娘でも準貴族、騎士階級の人達なら有頂天になるかもしれない。その場合は多分婿入りした人がチュートル家の当主になれるわけで。腐っても貴族階級、領地を持てない騎士階級とも大きな差があるのだ。

 ──などと今そんなことを考えても意味はない。何しろ第2部バッドエンドを迎えれば国が滅ぶ、あらゆる縁談は血と炎の中に消え失せることになるのだから。

 自分のロマンスを追求する前に、わたしはヒロインのロマンスを壊し、またはライバルヒロインの縁談を守らなければならないのだ。


「アルリー、見て見てむっちゃコップがゆれるー」

「無駄に力まないクッパ、魔力はコップにじゃなくて中の水に注ぐんだ」

「えー、だってコップを壊さないとむりじゃん?」

「……鎧通しみたいにコップは無視して届かせるんだよ」

「お、おおー、わかったやってみる!」


 思案にふけた隙にあっちはあっちでホストを無視して仲良くやっていた。相変わらずのかしこバカップルである。あれで相性がピッタリなのだから男女関係は謎に満ちている。ふたりを婚約させた親同士は慧眼すぎると思う。


「仲人業者でやっていけるんじゃないかなァ」

「で、あの、お嬢、僕はどうすれば……?」

「ああ、ごめんごめん。えっとね、コップに両手をかざして、手のひらから力を滲ませるようなイメージで、コップは揺らさず水だけに届かせる調子で」

「成程……こんな感じかな」

「うわッ、いきなり水揺らしに成功してる!?」


 クルハのようにコップを揺らさず、僅かながら中の水だけを揺らす魔力浸透に成功させるランドーラの上手さに思わず抗議めいた声を出してしまった。

 わたしはとても苦労したのに!


「ほほう、筋がいいねランディ君。クッパよりも余程繊細だ」

「先制で負けたりしないよ!」

「そこが既に粗雑なんだよなぁ、せめて自覚から始めて貰いたいんだが」

「才能のない独り身に風が寒いわァ……」


 何故かこの日は雑談を交えながら『魔力』の訓練をするという非日常を楽しんだ。

 ちなみに結論を言えば。

 3人が3人ともわたしより『魔力』を扱う筋が良かった。

 さんにんともすじがよかった!


 やはりこっちの世界生まれだから『魔力』を身近に感じ、接するセンスや馴染みがいいのかもしれない。

 おのれェ。

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