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 ロミロマ2のキャラクターの振り分けられた7つのステータス。

 『武力』『知力』『魔力』『巧力』『速力』『体力』『魅力』のうち、もっとも上げ難いステータスを挙げるなら。

 『魔力』一択である。


「うーん、うーん」


 言わずと知れた概念、ファンタジー世界の花形とも言える要素、魔術を扱うのに必要な才能。文字通りに現実離れした特殊能力、科学文明ならぬ魔導文明真っ盛りなロミロマ2世界でも重要な用途を占めるパワー。

 だからといって、誰にでも使えるわけではない。

 否、正確には人間誰しも魔力を備えている。ステータス最低値が2に保証されているように、生き物全てが魔力を有しているのだけど。

 これを魔導・魔術・魔法の形で発動させるのには知識と才能が不可欠なのである。


「うーん、うーん」

「お嬢様、魔力の波形が乱れておりますぞ」

「うーん、うーん」


 ここは食堂。

 座学を行うには相応しくなく、またダンスでも剣術でも執り行うには似つかわしくない場所。

 しかし今行っている訓練には特別な学習器具も広いスペースも必要なく、やろうと思えばどこでだって出来る。

 大掛かりなものは必要ない。

 水の入ったコップ、これだけがあればいいのだから。


 今のわたしが食堂でやっている事を他人が見たまま表現すれば「水の入ったコップに両手をかざして唸っている」。これ以外の説明は難しいに違いない。

 ただしよくよく観察すれば、触れていないはずのコップがカタカタ揺れ動いたり、コップ内の水が不自然に波打ったり泡立ったりするのが見て取れただろう。

 子供が水の入ったコップで遊んでいる。

 いいえ違います、立派な『魔術の訓練』なのです。


「お嬢様の放つ魔力は、まだコップに干渉しておりますな。コップは揺らさず水だけを泡立てるイメージを続けてくださいませ」

「ぬぬぬ、ぬぬぬ」


 ハンドパワー。

 奇術とも魔術とも断言しないあやふやなワードが一世を風靡した懐かしいテレビ番組の煽り文句が脳裏に浮かぶ。

 でも実際そんな感じなのだ、『魔力』を鍛える習い事というのは。

 今の訓練に入る前、セバスティングはこのように講義講釈してくれた。


『お嬢様、魔力というパワーは本来誰しもに宿る力でございます。生き物が全て血の流れを有しているが如く、誰にでも』

『うん、教導本にもそう書いてた』

『しかしですな、これを自在に操り魔術として形にするのには、この血の流れを心で制御するかのような感覚、記述や口述では伝わらないセンスが必要となるのです』

『センス、ねェ』

『故に誰もが操れる技能ではなく、むしろ学び修めた技能者は全体からすれば希少でございます』


 血流操作って人間に出来ることなのか、と思ったのは元の世界の常識に囚われていた証拠だろう。

 何しろロミロマ2、ゲーム内では多くのキャラクターが、『学園編』に登場するサブキャラ・モブキャラ令息令嬢にも魔術を使用できるキャラがいたのだから、この世界の人間には血の流れを逆流させる程度は容易く出来る技なのかもしれない。

 ──そんなキャラ居なかったけどセバスティングなら出来そう。


『もとより魔術とは体内の小魔力【オド】を触媒に世に満ちる界魔力【マナ】を揺り動かす仕組み。【オド】の制御なくして【マナ】を操るなど夢のまた夢、まずはお嬢様には己の魔力【オド】を完璧に制御していただきます。魔術の習得などはその後の話』


 かくしてセバスティング指導の下、魔術習得への第一歩をこうして歩いている。はずなのだけど。

 ジャボッ。


「うひゃッ」

「粗相でございますな、お嬢様」

「コップの水を零しただけじゃん、人聞きの悪い」


 魔力放出の失敗でコップの水が溢れ出た。すかさず掃除用具を装備したセバスティングが数秒で床を机をピカピカに磨き上げ、水差しでコップに補給を完了する。

 このための食堂訓練。

 水気の後片付けに向いた場所であり、食事時までみっちり訓練できるという一石二鳥。わたしの望んだ戦争だからとて、手際が良すぎて息を抜くタイミングが無い。


「どうぞ、続けてくださいませ」

「ぬぬぬ、ぬぬぬ」


 再びの対決コップ睨み合いを続ける。

 ──正直楽しくはない。

 今までのスキル獲得、ステータスアップ作業の中で一番地味、己の成長をまるで実感できないのだから、これはしんどい辛くなる。

 雲を掴むような修行の先にあり、絶対に開花するとも限らない才能。魔力があっても魔術の使えない民間人が多数を占める理由が分かった気がした。

 貴族は体面があるからね……。


******


 デビュタント以降始めた『魔力』向上訓練も数えて半年以上。実りの秋が過ぎた今、訓練の成果が出ているのかどうか、ステータス閲覧の特典が無ければ心が折れていたかもしれない。

 それくらいに手応えなく努力の結果が見えない訓練なのだ。


「今でようやく『魔力』8かァ……あと2ポイント必要なのよね」


 自室でステータスを確認する。

 元が4だった『魔力』も8まで上がっている。ゲームでは『魔力』が10になれば魔術の習得許可イベントが出現したので、そこが目安だと思っている。


「しっかし、本当に『魔力』は上がらないわねェ」


 才能の塊、成長の鬼と言うべきヒロイン・マリエットですら『魔力』の向上には時間がかかっていた。初期ボーナスポイントを『魔力』に割り振って10スタートにする以外、彼女ですら最短が2学期半ばまでかかる仕様だった覚えがある。

 それでも初期スタートは社交がオススメされていたように、魔術習得は最優先ではない扱いだったのだけど。


(ステータスが12で上げ止まりするんだから、『魔力』上げて魔術を修めるくらいはしておかないと)


 『学園編』までに社交スキル完全習得が不可能になった今、出来る次善は限られる。

 出来る限り社交場に顔を出して知り合いを増やし、交流を深め、将来の力と成り得る未来の学友と親しくなること。

 そして自分を磨き、全ステータス12到達で器用貧乏を極めることだ。

 遅々とした『魔力』アップもその一環。冬も深まれば積雪多く、他領に伺う機会はほぼ無くなるだろう。


「来年の春には魔術を習えるかしら」


 『魔力』の制御、ステータス10到達は始まりにすぎない。そこから保持属性を調べ、ランク適性を調べ、使用する魔術の術式を学ぶ。魔術の道は一日にしてならず。


 ノーマルエンドのために、その3。使える魔術に目覚めるべし。

 立てた目標の達成はまだまだ先である。

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