2-06
デビュタントのお披露目、個々の挨拶は単純なものだ。
名前を紹介された令嬢は介添えに手を引かれて舞台の上に立ち、カーテシーを決めて一礼する。
ただそれだけ。
特にダンスの披露も隠し芸も必要ない。令嬢たちが及び腰に足を竦ませたのが無意味に思うほど実にあっけなく、淡々と紹介は進んでいくのである。
ひとりひとりが注目されているか怪しいくらいに。
「アイドルのソロコンサートでなく、グループアイドルならこんな扱いよねェ」
「おおおお嬢様、なななな何か?」
「なんでもないから気にしないでエミリー」
令嬢たちの緊張が程よく解けた今、この場で一番固くなっているのは我が家のエスコート役、母親代わりなエミリーだろう。
ただでさえあがり症な上、貴族の歴々の前に進み出るシチュエーションの負荷が本番を前に極まったようだ。もはや全身の震えがモスキート音を放ちかねない程に高まっている。
「そんな緊張しなくていいって。ほら、今までの子も普通に歩いて普通に戻ってきてるでしょ」
「おおおおお貴族様の普通としょしょしょしょ庶民の普通は違うんででででけでんですでんでん!!」
「ダメだこりゃ」
あがり症がDJラップに変化の兆しを見せている。リズム感は悪くないなあと感心できる領域でいられるうちに順番が回ってくることを祈る。あまり回転数が上がるとどうなるか分からないし。
残念ながらお披露目順は控え室に入った順で徹されているようで、わたし達はトリを勤める形となる。それもまたエミリーを一流のラッパーにさせかねない一因。
爵位の低い順にしてくれれば、とも思うがそれはそれでトップバッターだったろうからエミリーには何の慰めにはならなかったかもしれない。
「ただいまアルリー」
「お帰りクルハ、ちゃんと出来てたよ」
「ありがとー」
舞台上で役目を終えたクルハは緊張の欠片もなく常に笑顔を通していた。エミリー用に爪の垢を煎じてもらおうか本気で悩む程に。
「人の目はどんな感じだった?」
「んー、べつに怖くなかったから本気のひとはいなかったよ」
「殺気とか闘気とかそういう意味でなくて」
「フワフワしてた」
「そっか、やっぱり『ついで』なんだね」
お披露目の真価は舞台の外にある、セバスティングの指摘が裏付けられた形である。
ただし理性に身を任せることの出来ないメイドにとっては意味の無い真理。これ程に言葉の無力を感じさせられるとは。
「ほらエミリー、怖くない怖くない」
「怖い怖い怖い怖い……」
全く改善していないようで震える速度が若干治まった。それで納得すべきなのか実に線引きが難しい。
まあ無い物ねだりをしても仕方なく、手中にある札で勝負を賭けるしかない。これで手を打つしかないのだが。
(それにわたしが立ち向かうべきヒロインの、フラグブレイクもこういった困難の連続に違いないもの)
手札と機転とタイミング。全てを駆使する運命に挑むことに比べれば、失敗しても恥をかく程度に過ぎない。
ならば先ほどのイジメ現場と同じく場数を踏むチャンスと前向きに捉えよう。
「チュートル男爵ご令嬢様、こちらに」
舞台の案内役がわたし達を呼び、エミリーの背筋が海老のように跳ね上がる。
さて、本番だ。
******
案内役に連れられて、エミリーともども舞台袖に移動する。
広さ的には学校の体育館くらいかと目算する。劇団がミュージカルをするような大ホールに比べれば手狭だが、会場の注目を集めるには充分な空間。
わたし達のひとつ前に挨拶する──確かペインテル子爵令嬢だったと思う──少女が母親に手を引かれて舞台の上に立っている。
魔導照明、スポットライトを一身に浴びての一礼挨拶。うん、なかなかに様になっているように見える。10年程度の人生で一番の脚光浴びる瞬間だと思い詰めるのも分かる気がする光景だ。
顔を上げ、拍手を受けるペインテル子爵令嬢の笑顔は緊張からやり遂げた者のそれに変化して実に愛らしく輝いている。
「なるほどォ」
窮屈な貴族社会、大人たちはデビュタントを迎える子供たちのこれを、あどけなさを見たがっているのかもしれない。
今後滅多に人前で披露しないだろう童心のままの笑顔を。
──だとすればわたしは期待に添えないかもしれない。
(中身は16プラス1歳の偽物だからねェ)
その上で最初から貴族社会に染まっていない転生者。想定外を翔ける2倍だ。
「お疲れ様ですわ、サリーマ様」
「あ、ありがとうございますアルリー様。あなたのお陰で肩の力が抜けました」
頬を上気させて舞台を捌けてきたペインテル子爵令嬢はやりきった者の笑顔をわたしにも向けてくれた。ペインテル子爵領はウチとあまり近くないので行き来の交流は難しいのだけど、文通なら問題なく交わせる。
学園編まで残り5年の準備期間、控え室の出会いが複数の友情を芽吹かせる先駆けになればと思う。
「ではアルリー様も頑張ってくださいませ」
「ありがとう」
言葉を交え、貴族の仮面と素、半々くらいの笑顔を交換し、幾分和んだ空気とエールを受け取ったわたしはエミリーの手を引っ張る。
「エミリー、行きましょう」
「ほほほほほ本当に?」
「今更それを聞く?」
「だだだだだって、あああああんな、ひひひひ光が、光がスポットでライトを!?」
「大丈夫だってば。見られるとしても大半の視線はわたしが集めるんだからさ」
嘘ではない。
大人たちは子供が一生懸命役割を果たそうとする愛らしさを見たいのだ、エスコート役の大人が見たいわけではない。
余程怪しげな挙動か粗相でも働かない限りは壁の花と同じなのだ。
『では次なる方をご紹介致します。チュートル男爵令嬢アルリー様と、介添えはメイド長のエミリー様』
メイド長、実に格好いい響きだと思う。如何にも有能で切れ者が邸内を仕切っている姿が想像できる言霊だ。
ウチにはメイドがひとりしか居ないので長いも短いも無いのだけど。
「はい、手を取って」
「はははははははははははい!」
手を握る。
振動が伝わってくる!
肩こりが治るか、それとも全身を破壊されるか、どちらにせよ怖い。そうならない内に済ませるに限る。
「ではアルリー様、エミリー様、壇上にどうぞ」
高鳴る心臓の鼓動を遙かに凌駕する波動を右手に感じつつ、わたし達は光のシャワーに足を踏み入れた。
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