2-04

(リンドゥーナ人の子か……これは絡まれるよねえ)


 隣国リンドゥーナ。

 ゴルディロア王国の南方に国境を接する大国で、かつ。

 第2部『戦争編』の時間切れバッドエンドで攻め込んで来る強国でもある。

 両国の関係は決して良好ではない、というか弱肉強食世界観では当たり前だと兄が言っていた。


『国家間に友情なんて成立しない論以前に、隙あらば敵国を征服して版図を広げるのが当然、それが普通の時代もあったってことさ』

『20文字以内で』

『昔は弱い奴を子分にするのが普通だったのだ』

『まあピッタリ』


 王国を囲む4つの国全てがそんな関係だというのだから外交大変である。

 さりとてリンドゥーナも他の3国も常に戦争をしている敵国、というわけではない。国家間の交流も盛んで商売上の行き来も頻繁にあり、経済上の重要性も小さくない関係にある。

 ただそれでも攻める利と時があれば突然に掌を返す間柄、常なる仮想敵国であるため隣国人を危険視・敵視する者は少なくない。お互い様ではあるが過去に大小の戦いを積み重ねた歴史があれば当然かもしれない。

 そんなこんなで国内にはリンドゥーナ人を嫌う者もいる。正直なところを言えば、わたしとても苦手意識はある。


(時間切れバッドエンドを何回も見たからなァ)


 大貴族同士の内紛なんて国力を削ぐ行為以外の何物でもない。ゲーム性重視でプレイヤーに問題解決をさせるためか王家の介入による仲裁は程度低く、何も解説しないままなグダグダの国内情勢と対照的に、一気呵成と怒涛の勢いでリンドゥーナ軍は攻めてくるのだ。

 名も無き黒騎士に率いられた軍勢があっという間に王国を平らげるバッドエンドに幾度も辛酸を舐めさせられた経験は転生人間なわたしにリンドゥーナに対する苦手意識を持たせても仕方ないに違いない。

 ──とはいうものの。


(リンドゥーナって国が苦手だからってリンドゥーナ人個々を嫌うのはどうかと思う理性)


 チュートル男爵領も国境沿いであるからしてリンドゥーナとの交流は浅からぬ関係性を築いている。町中にもリンドゥーナからの移民が居たりして割と身近な存在だったりするのだ。

 元の世界では島国根性に染まっていたわたしの魂だけど、郷に入っては郷に従え。色々際どい中での国際交流も普通というのならそれに倣うべきだと思っている。

 そういうわけで今のわたしにリンドゥーナ人だからとてイジメて良いとの理由は通じない。それに弱者をいたぶる系の行いを見過ごすのは貴族の端くれとしては失格、何かに負けた気がするし。

 そして何より、


(この先の学園編では色んなイベントに首を突っ込むのよ。これくらい機転利かせてクリアできずにどうするのかッ)


 体の良いリハーサルだと前向きに考えることにした。

 題してミッション『如何にして貴族令息令嬢の不興を買わず事態を終息させるか』──などと気負ったものの、今回の状況を解決するのは割と簡単だ。


 『第一歩は冷静に』改め『第一声は冷静に』。

 わたしは大きく息を吸い込み、


「ねえお母様! こっちで悲鳴が聞こえた気がします!」

「あら大変ねフェリ、何か騒ぎかしら?」


 声色を使い分け、ただ大声で通りすがりの親子を演じる、これだけで済むだろう。

 ──程なくしてざわざわと動揺した複数の気配と慌て声が交錯し、ドヤドヤと落ち着きない足音が遠ざかっていった。


「ミッションコンプリート。ふッ、実に呆気ない」


 これぞ解法『おまわりさんこっちです』の応用。

 人目をさけてコソコソしているような輩にはこれ以上なく通じる詐術である。下手すれば伯爵家の雷が落ちるかもしれないのだから尚の事。


「……さて」


 足音が去った後の様子を確かめるべく、こっそり向こう側を覗き込む。

 人の壁が逃げ去った後には座ったままの少年ひとり。事態の急変についていけなかったのか眉をひそめての怪訝顔で首を傾げている。

 ぱっと見したところ、服は多少汚れているものの大きな怪我はしてなさそうだ。まあ狼藉に出た貴族令息たちも深刻な害意を持って当たったのではないのだろう。例えば親兄弟の仇とか。

 しかし殴られたのか、蹴られたせいか、唇が切れて流れる血の一雫が痛々しく、実にいただけない……。


「あ、しまった」


 このまま影働きをしたスパイのように消えるつもりだったのに、目線が合ってしまった。物陰から覗く謎の少女、こうなれば挙動不審満点さは隠せない。

 ならば気になる点を排除してから堂々と逃げ去ろうと思う。


 ストトト。

 もはや隠密活動は必要ない、足音を消す事なく少年に近付く。

 少年の表情は変わらない。いいとこの坊ちゃん達に絡まれたと思ったら突然逃げて、またいいところの嬢ちゃんがやってきた。いったい何事だと推移についていけてないのかもしれない。

 今がチャンス。わたしの右手がドレスのポケットを漁り、


「唇の右側が切れてるから、これで押さえた方がいいよ」

「……は?」

「じゃあ、そういうことで」


 手持ちのハンカチのひとつを押し付け、それ以上は何も言わずに立ち去った。

 背中に視線を感じるものの、特に声をかけられることも無かったので実に自然な登場アンド退場だったのではあるまいか?


「EXミッション、コンプリート」


 追加ミッションをもクリアしたわたしにあるのは満足感。

 それにもうひとつ。

 なんとなく乙女ゲームのイベントらしい気分を味わえて少し心が躍ったのも否定できない。


(今までひたすら育成ゲームのノリで、乙女ゲーム気分の要素は皆無だったものねェ)


 ステータスと睨めっこ、自身の成長を願ってひたすら訓練と勉学、時々交友な日々に一滴の潤いとでも言おうか。

 怪我した人・動物を手当てしてハンカチで患部を押さえる系イベント。

 まあ相手はモブ少年でひたむきな看護シーンはカットしたわけだけど、如何にもな構図、如何にもなシチュエーションになったのは充実感が高かった。

 最下級貴族の出ゆえに安物な木綿のハンカチではイマイチ様にならなかったのが残念である。


「こういう時に使われるのは、だいたい家紋入りハンカチなのが定番だし。そこだけは貧乏が身に染みて実にガッカリ感」


 ただの花摘みがちょっとしたイベント体験になってしまった。そろそろ戻らないと着替えの時間が無くなってしまう。

 わたしは心軽やかに自室への道を辿ったのであった。


******


「ただいまー」

「随分とごゆっくりでしたが、快適になられましたかな?」

「どう答えても邪推される聞き方しないでセバスティング」

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