2-02
社交界。
貴族や知識階級、一定以上の地位を有した人々の集い。
そのため開催される会場は広く格調高い場、華やかなパーティスペースと密談が可能な個別スペースを幾重も準備した会場が求められ、主に宮廷や大貴族の邸宅、別宅などが候補となる。
なにしろ貴族とは上位になるほど見栄の生き物になる。階位が高い者ほど国の顔、国の豊かさの象徴に近付くのだから仕方ない面も強いのも事実だが。
ただし。
下級貴族の集う『クラブ』なら、それほどの規模にならずに済むケースがほとんどだ。
近隣領地の定期報告会であるからして毎月のように行われる、ちょっとした宴席めいた集い。デビュタントでお披露目される令嬢も季節の変わり目に10名前後で済むのが実情で、ほとんどは会食の席である。
無論のこと「我が家にはこのような娘がおります」との紹介で他家の婚姻政策に一石投じる目的もあるにはあるが、
「体のいい酒の肴よねえ~」
「まあその側面が強いのは否定できませんな」
「………………」
ついに社交界デビューの日を迎えた。
この日、馬車の共連れはセバスティングとエスコート役のエミリー。お父様は先に現場に入って設営の指揮か何かを担当しているらしい。
今日開催される社交場クラブは国境沿い一角を統括するセトライト伯爵の別邸が会場だという。
「このセトライト伯爵様は~、辺境伯っていうのとは~、違うの~?」
「役割は似ておりますが権限が段違いですな。辺境伯はいわば『辺境の王』です故」
辺境伯とは国境警備に必要な権限を多く与えられた役職を指すらしい。今回のクラブに場所を提供してくれたセトライト伯爵はそこまでの役目は与えられていないとか。
「あえて国境周辺を守る辺境の王を指すなら、レドヴェニア大公家が相当するかと」
「……おおう~」
「………………」
レドヴェニア大公家。
大公は王家に次ぐ地位を持つ爵位で、当主は王位を繋がなかった王族が降りて成る。実質王家の分家を呼び示すといえば分かり易いだろうか。
それだけ王家の信任厚く、また王家に近しい権威と領土、私設騎士団を有する国の代理者、国の盾と言っても過言ではない。
(だからベリーハードモードは過酷だったなあ……)
馬車に楽しく揺られながらもアルリーの脳内は苦味で一杯だった。
レドヴェニア大公家はベリーハード、第2王子ルートでヒロイン達に反旗を翻した相手としてよく覚えている。
ヒロインが王家の血筋であることを早期に証明しない限りは和睦のために第2王子諸共処断エンドになるのでまず勝てない相手だったのもよく覚えている。
大公家との婚約を破棄した第2王子をバカ呼ばわりした兄のこともよッッッく覚えている。いや本当に。
「国境沿いの一帯を仕切る大貴族ですからな、レドヴェニア大公家は。セトライト伯爵家も上に辿れば大公家の一門です故」
「つまりずっと下に降っていくと~、ウチも大公家の一門~?」
「一応はそうなりますな。まああまりにも離れすぎていて認識されているかも怪しいような気も致しますが」
「悲しいけど~、それが貴族社会なのね~」
「………………」
大企業の社長が下々の社員の顔や名前を知らないようなものだ。成り上がりの上がり盾男爵家などはもっと知る機会もないだろう。コネと呼ぶのもおこがましいレベル。
そんな上の上、雲の上の存在ともどうにか接点や関係を持たねばならないのだから学園編は苦界である。
現段階でステータス12ストッパーのかかったわたしに在学中で可能なのか、実に不安が残る。
「不安といえばエミリーは~、訓練の成果はどう~?」
「先ほどから沈黙を守っている、つまりはそういう事でございます」
「………………」
「そういえばだんまりだったね~、ここまで不自然なくらいに~」
「………………」
敏腕執事をして言葉遣いの矯正は間に合わなず次善の沈黙策を採ったという事だろう。まあ社交の場でエミリーが矢面に立って受け答えをする機会はないはずだから問題はない。
しかし出来る男爵令嬢は今更気付いた。
エミリーが馬車の揺れに負けないくらい小刻みに震えていることに。これはあがり症の極致、極めてしまったのか我がメイド。
(低周波を放射しそうなくらいに振動してる、肩こりとか治りそう)
こういう時、さりげなく使用人の緊張を解してあげるのが良い主というもの。
貴族らしいウィットの効いたジョークで和ませてあげようと思う。
「大丈夫よエミリー、基本的にはわたしが目立つんであってエミリーは介添えなのは伝わってるって」
「…………」
「わたしのお母様ってわけでもないから話しかけられたりもしないでしょ」
「……」
「エスコートが終わったら壁の花でもテラスに逃げてもいいから。なんなら馬車に引っ込んでも」
「……お気遣いあり」
よし、前置きは完了。
ジョークはここからが本番である。
「あーでも暇を持て余した貴族に絡まれたりするかもしれないからそこは注意しないと」
「がと、ぅ……」
「ウチは男爵位の5等級だから一番立場弱いし、そうなったら助けるのは無理かもしれないし」
「…………」
「お嬢様」
「あとは女好きの放蕩貴族が連れ去るとか、知らないうちに箱詰めされてたりとかも有り得るかな、まっこと社交界は魔窟だわ」
「………………」
「お嬢様」
「なあんちゃって──どうしたのセバスティング」
「冗談が冗談だと伝わってないようですが」
「え?」
ふと見ればエミリーが高周波を発する勢いで震えていた。
おかしい、何故だ。
伯爵仕切りの社交場で下級貴族が粗相など出来るはずもないのに。上下関係に厳しい貴族社会、上位者に恥をかかせるのは社会的死を意味するといっても過言ではない。
あえて言うなら伯爵家自身の狼藉は有り得るが、それこそ悪い評判が流れれば上位貴族への昇格、侯爵への繰り上がりなど夢のまた夢と消える。
他者の目がある表舞台で悪評立つ騒動を起こすのは、貴族社会では致命的なのだ。
──だからこそヒロインのせいで婚約破棄などされるライバルヒロインの実家は大激怒するわけだが。
とりあえず余計に脅かしてしまったらしい反省を示しつつネタ明かしをして笑いに変換しようと思う。
「いや、勿論冗談よ? ウィットの効いたジョークって奴で」
「おバカ! お嬢バカ! 余計に怖くなったバカ!!」
「大丈夫だって、伯爵家を信じなさいって」
「お嬢様が信じられないバカ!」
冷たくもセバスティングは御者席からフォローを入れてくれず、道中の半ばをひたすらエミリーの罵声と宥めに消費することになった。
行き先不安である。
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