1-10
転生してから数か月が経過した。
当初は春めいていた季節も今ではすっかり木の葉が赤黄に色づいている。西洋作りの建物に日本の原風景を思わせる四季が広がるのはゲーム世界ならではのいい加減さかもしれないが、わたし的には落ち着くのでオッケーである。
冬の気配も近いとなると、この景色が白く染まるのは残念だ。
「お嬢様、ダンスのスイング、体を揺らす動作とは横運動とは限りません。膝の曲げ伸ばし、縦横も大きく差をつけてこそ優雅さに繋がります」
ズビシ。
「膝裏は止めて! カックンするから!」
「ライズ・アンド・フォール、はい、ライズ・アンド・フォール」
ズビシアンドズビシ。
「膝は膝で痛すぎて立てなくなるって竹尺ゥ!」
セバスティングの教練も力が入っている。有能執事いわく、そろそろスローワルツのダンス教練は中級課程が終わるらしいからだ。
「基本は動作全体を大きく見せる工夫にございます。故に膝だけでなく身振り手振り、肩の動きや視線の移動にすら注意していただきたく」
「視線の矯正で目は突かないでよ目は!」
「ホッホッホ」
「何故に否定しないのか」
将来を見越した半年以上の努力の果て。
この日、ついに社交の師匠セバスティングからひとつの到達を得た。
「──お見事。もはやお嬢様は来年の社交界デビューで注目の的になること必至でございますな」
「本当?」
「ええ、勿論ですとも。現時点においては、ですが」
「現時点とは」
「失礼ながらお嬢様は成人に至っておりませぬ──ご年齢に見合った外見的に」
「そりゃ、まあ」
別段わたしの外見が幼いとの意味ではない。単純にわたしが9歳の成長盛りだというだけの話だ。
中には実年齢よりも育っていたり、反対に若く見えたりする人もいるがわたしはそういう特殊例には当て嵌まっていない。
モブキャラ没キャラらしく際立った特徴のない、ごく平均的な9歳児である、中身はともかく。
「社交ダンスは先も言いましたように全体の動作、強弱や大小の演出が優雅さを形作ります。そして成長途上のお嬢様では」
「手足が短いから見た目で大人にはどう転んでも及ばないってことかァ」
「これ以上は名実共に成人為されてから、でございますな」
なんとなく分かる。子供のお遊戯と大人の社交ダンスは求められるものが異なるように、そもそも見栄えが違うという話だ。
前者を眺めやり感嘆の吐息を漏らす観衆はいるまい。社交界デビューの場には子供だけでなく子供を引率した大人たちが大勢詰め寄るだろう、他家の子息子女がどの程度かを見定めるために。
目の肥えた年長者の中で子供のダンスに喝采し心から楽しむのはせいぜい親兄弟。
未だ9歳ボディのわたしが如何に頑張ろうと、お遊戯の域を超えるのは難しいとは実に現実的な指摘。
(ならいっそブレイクダンスでも披露すれば……?)
刮目はされそうだけど貴族社会的評価は地に堕ちそうなので案を投げ捨てる。それによくよく考えればわたしが欲しいのは攻略対象ヒーローやライバルヒロインの耳目を集めて話しかけても平気な関係性を築くことであり、大人たちの関心ではない。
今は同世代に受けが取れればそれでいいだろう。セバスティングのお墨付きなら子供世代でハイレベルダンサーに達しているはずだし。
「ではお嬢様、今の修めを復習して参りましょうか」
「お、おう」
こういう厳しい執事だからこそ信じられるのだが。
「はい手足に意識が回りすぎで目線で追ってますなあ」
「あ痛ァァァンン!!」
******
この世界での不便な点のひとつは遠くの友達と気楽に遊んだりできない事だ。
電話すら通信技術は存在しても一般普及が為されない設定、楽しくおしゃべりも封じられているのは難儀な話である。
ただし腐っても貴族の娘、文通が易々と利用できる立場なのは不幸中の幸いか。暇を見つけては日々の暮らしを2人の友達に書いたりできるから。
「とは言いつつ、半月から一か月に一度は会ってるけどね」
それもまた貴族特典。自室で手紙をしたためつつ、半月ほど前のストラング男爵宅訪問を思い出す。
まず会う度に庭へと引っ張り込まれて竹刀を渡されるのは定番になっている。
『だってホカに戦ってくれる子はいないし、デッキーは弱いし』
『弱くて悪かったな』
辺境に肩寄せ合う男爵家と良くも悪くも釣り合う同世代が居ない問題はわたし以外にも直面していたらしく、領内の騎士達にも9歳前後の子持ち家庭はいなかったと聞いた。剣の腕を鍛えるのには年上の騎士達も協力してくれたらしいのだが、やはり切磋琢磨するには同世代との競い合いが楽しいという。
『だから一本目、一本目!』
『はいはい』
そうも見込まれては仕方ないと初対面以降『魅力』『知力』の社交スキルレベルアップセットの合間に『武力』も多少鍛える事にしていた。
それで多少はサマになってきたと思うのだけど、
ふおん、ガシッ。
『なんのまだまだー!』
『ぬうう、やはりクルハの守りは堅い!』
体捌きにはわたしに一日の長がある、というかクルハは剣捌きに全振りしているかのように回避は下手な反面、剣での攻防は付け焼刃のわたしでは遠く及ばない。
彼女の初手は猪突猛進。回避で凌げるものの、突進を避けての隙を突いた一撃も簡単に止められる。なんだこれ、見てないのに止めてない? オート防御機能がついてるの? って具合である。
ゲーム風に考察すればわたしが成長方針を『魅力』『知力』を優先しているように、クルハは『武力』や『体力』を優先、ひょっとすると『巧力』や『速力』も鍛えていそうだ。デクナがしきりに「勉強しろ」と苦言を発していることからも裏付けられる。
『凄く鍛えてるのは分かるけど、勉強はやってるのクルハ?』
『ガッハッハ!』
『ヘラレス様の真似で誤魔化すな。アルリーもクッパにもっと言ってやってくれ』
2人とは既に呼び捨てし合う距離感になっている。
最初はあだ名で呼ぼうとしたのだけど、珍しく2人が声を揃えて「子供っぽいから止めて」と言われたのだ。まあ2人の聖域を侵すのも野暮かと思い、強弁することなく今の関係を築いている。
幼年期の終わりが迫る年頃のわたし達、
「あの2人が互いに呼び方変える時が楽しみだな……ステータスオープン」
手紙を書き終え、休む前の確認をすべくステータス画面を開く。
ゲームでは親しくなった相手、攻略対象のステータスも好感度毎に閲覧項目が増えていく仕様だったのだが、今のところはわたし自身しか確認できていない。
例えば割と親しくなったクルハやデクナ、セバスティングやお父様のステータスなどもページ移動で表示されたりしないのだ。
今のところ自分のステータスと専門用語の表示、あとは地図機能しか役立てない状態で、困りはしないが便利度は下がっている。これが転生特典のチート機能だとすればしょぼく感じてしまう。
「まあわたしが攻略するわけじゃないし問題は……っと、やった、『魅力』12に到達してる!」
ひとり喝采を挙げた。
ステータス12といえばロミロマ2でひとつの目安。ゲーム開始時のヒロインは全ステータス7なのだけど、ここにボーナスポイント5点を割り振ることが出来た。
つまり値12とは、ゲームスタート時で最大のステータス値なのだ。最終的にはオールカンストを狙うものの、最初は知力か魅力に全振りで12にするのが効率良かったことを覚えている。
「けどこれは通過点でしかないわ、最高値18を狙って……って何か点滅してる?」
魅力12の隣に星マークが点灯している。確かインフォメーションメッセージ機能だったと思うけど。反射的に触れてみると
※『魅力』はこれ以上成長できません※
「なん……だと……ォ!?!?!?」
おおおおお落ち着け落ち着くんだわたし冷静は第一歩に、違う逆だ。
第一歩は冷静に、冷静に事態を受け止めるんだ。
なにか不吉な一文を見たような記憶が脳裏に刻まれている。見間違い、そう見間違いかもしれないので深呼吸を繰り返した後に再度の確認が必要だろう。
すーはーすーはー。
「……ふう、落ち着いた、落ち着いた。さあもう一回メッセージを読もう」
※『魅力』はこれ以上成長できません※
「気のせいじゃなかった……」
頭を抱えてベッドに倒れ込む。
ロミロマ2のヒロインがそうだったように、下級貴族が上流貴族の地位にある攻略対象達の目に留まり、以降も接触を続けられたのはステータスに由来した。
実に世知辛いが、文武礼法容姿に優れていたから家の格を超えて交流を保てたのだ。上流の皆さまにとって下級貴族はその他大勢、ずば抜けた長所でもなければとても目を引く存在足りえない。
ヤバい、こいつはヤバい。冷静になっても危機感は収まらないと表現が変化するだけである。
「なに、何が悪いの、何故レベル上限が、ヒロインじゃないからか、主役補正が無いせいか、これ以上伸びないのか……あれ?」
これ以上伸びない。
何気に呟いた文言がとても心に引っかかった。何しろついぞ前に同じような事を聞かされたような──
『手足が短いから見た目で大人にはどう転んでも及ばないってことかァ』
『これ以上は名実共に成人為されてから、でございますな』
「ま、まさかそういう事ォ!?」
昼の社交訓練、セバスティングとの会話を連想した。
加えてゲーム開始の学園編、入学資格は15歳以上、つまり世界観では成人後。
おまけに入学直後でのボーナス割り振りで可能なステータス最大値は12。
「学園編が始まるまで全ステータスにこれ以上伸びない線引き、レベル上限が設定されている……?」
なんてこったい。枕に顔を埋めて脱力する。
学園編が始まるまでに可能な限りステータスを18にしておく計画、頓挫。スタートダッシュで大きく差をつけ、ヒロインよりも早く攻略対象やライバルヒロインと友誼を結んでおけるかどうかは怪しくなった。
あちらは主人公補正や運命の導きがあり、わたしには無いわけで。
「ま、まあ全ステータス12計画に変更するしかないわね」
気を取り直す。パーフェクトダッシュを決めるのは無理でもヒロインのオール7よりは有利なはず。それはわたしは別にヒロインに成り代わりたいわけではない。彼らの行く末に干渉できる立場を作れればそれでいいのだ。
「逆に考えよう。オール18を目指す無理なスケジュールは不要になったって。その分、クルハやデクナのような友達作って楽しく生きよう」
社交界デビューを数か月後に控え、わたしは新たな出会いに期待を傾けた。
******
ただし、昔の人はこう言うのだ。
『禍福は糾える縄の如し』。
人生とは縄のように寄り合わさり、表裏を為して出来ているので幸福と不幸は入れ替わり易くもあると。
出会いとは、必ずしも幸せのみを運んでくるとは限らず。
面倒事や厄介事も連れてくるとこの時のわたしは知らない。
※幼少編 完※
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