1-08

 だんしゃくけ れいじょうが あらわれて たたかいを いどんできた!


 わたしは何も合意していない。

 ただし彼女、クルハさんの前では戦闘開始の鐘が鳴ったらしい。


「それじゃあ、いっくよー!」


 竹刀をブンブンと左右に振った後、強く地面を蹴りつけて突進してきた!

 力強い踏み込みと、それを後押しする踏み出し。迷いのない突撃は素早く、彼女の鍛錬の成果を見せつけて来た。

 が。

 わたしに不思議な事が起こった。


(あれ、目で追えてる……?)


 突如として始まった模擬戦らしきもの。

 わたしの心が追いつく前によーいドンされた一戦でいきなり攻撃を仕掛けて来たのはクルハさんだ。

 姿勢やや低く、滑るように押し入るようにわたしの懐を目指した体捌きは見事なものだったと感じている。

 なのに、わたしには一連の動作が見えていた。

 目で追えていたのだ。


 はて、これはチートか、隠された力が目覚めたのか。魔眼が開いてあらゆる存在を見通す能力でも覚醒したのだろうか──!


 ふと竹刀が目に留まり、気付いた。


(あ、彼女の動き、セバスティングの竹尺突きより遅いからだわ)


 真理はすぐそこにあった。過去から根付いていた。厳しい特訓の彼方に鎮座していたのだ。

 今まで散々経験した、知覚した時には既にわたしの体を抉っている恐るべき竹の物差しの存在を。身を砕き、穿ち、しかし決して青痣ひとつも残さない神業の刺突を。

 ……いや、気が付いたら突かれてるわけだから目で追えてはないんだろうけど。

 それでも感覚として、なんとなくという感じで、わたしに向けられた圧? は感覚器に引っかかるものがあったのだ。有り続けたのだ。


 ──多分そんな感じに違いない。

 でもこれってステータスに適応されてない気がする。それともアップしたステータスに対応してるのだろうか。上がったステータスは魅力、体力、知力。どれも関係なさそう。関係するのは武力なんじゃないかと思うのだけど。

 まあ今は理屈より事実と向き合う時。


「見える、わたしにも敵が見えるわ!」


 このままでは竹刀に打たれる。竹は人力でも人体に当たると痛いのだ。

 しかし相手の速度も、狙っている場所もなんとなく分かる。なんとなく。

 ならばどうする、受け止めるか避けるかの2択だ。

 悩むまでもなく体が動いた。言わば無意識の動作、意識せず、考えずに行う自然なる動き。

 右足ごと体を開き、胸を逸らす。

 ブオン、スカッ。


「あれッ、躱された!? でも!」


 目を見開く太眉少女が瞳に映る。

 大振りの縦の切り付けを回避されてクルハさんは驚いたようだ。それでも彼女の攻撃は止まらない、停滞なく竹刀を掬い上げてそのまま横薙ぎに転じる。

 手慣れた動作、何度も繰り返しただろう努力の果てに修めただろう動作だ。

 ただ鋭く、遊びがなく、騙す意図のない技は。


(やっぱりセバスティングには及ばないわッ!)


 横殴り、つまりはダンスで言えば腕を振るうターンの動作となる。半径に踏み止まるとお互いの腕が体に当たってしまう。

 そんな無作法をしないようにはどうするか。


「一歩、下がるッ!」

「また避けられたのッ!?」


 力強く風を切った竹刀は、それでもわたしを捉えられない。素早く身を引いた後をなぞって空回る。


(計算通りッ!)


 今のわたしには、クルハさんの竹刀がどこを打って来るのは凡そ目で追える。

 そしてどんなステップを踏めば体がどんな位置に移動するか、歩幅何歩分の距離になるかを見当つけられる。

 ──そう、全ては社交スキルの一環、ダンスステップの極意によるものだ。


 ダンスとは即ち人体操作術。歩幅を知り、体の傾きと態勢を知り、向きと角度を知り、自分の大きさを識って動く術だ。

 なればこそ足をどう運び、体をどう傾ければ竹刀の向かう先を空白地に出来るのか、だいたい理解できていた。判断できていた。予想できていた。

 クルハさんの動きがもっと早ければスローステップで避ける事は出来なかっただろう。セバスティングの竹尺がもっと遅ければ彼女の竹刀を目で追うことも出来なかっただろう。

 だが幸いにも今は出来る。


 ならば実践すれば竹刀は避けられる。当たらない位置に自分を割り込ませるのだ。

 それだけで、ただの一足でクルハさんの竹刀は空振りに終わる。


「うわッとと!」

「ッ、チャンス!」


 力の入った横薙ぎが全力で空を切り、クルハさんは大きくつんのめる。態勢を崩したんのだ、戦う相手の目の前で。

 わたしは竹刀を振り上げて、力のままに振り下ろす。


「えーい!」


 へろへろ、ガシン。


「……」

「……へ?」


 目をパチクリさせて唖然としているのはクルハさんだ。自己主張する眉をひそめ全身で「なんで?」と訴えている。

 隙を突いたわたしの打ち下ろし竹刀は、しっかりとクルハさんの防御の剣に受け止められていたのが原因に違いない。

 不思議だろう、体勢を崩したのに仕留められていないのを。

 不可解だろう、とても反撃できない姿勢だったのに防御が間に合ったことが。

 だって、


(……こ、攻撃ってどんな感じに竹刀振るの?)


 困る、実に困る。

 例えば剣道、素振りの練習をするのだから剣の正しい振り方というものがあるのだろう。「腰を入れて振る」などとサブカルチャー知識で聞いたことがあるものの、実際にやったことなど無い。皆無。

 剣どころかソフトボールでバットも振ったことがない。学校の体育にソフトボールは無い。長物なんて竹箒など掃除道具で使った程度で、それら道具は力任せに振り回す用途は無い。

 そんな体育成績3、真面目に出席していて特別運動が苦手でも得意でもない生徒につけられる成績のわたしに、未知なる剣の振り方を上手くやってみせろと言われても困るしかないのだ。

 分からないままに繰り出したへなちょこ剣はあっさり受け止められた。

 わたしがダンスステップの基本をしっかり修めたように、彼女は剣の攻防をしっかり学んでいるのだろう。

 つまりわたしは彼女の剣を簡単に避けられ、わたしの剣は彼女に簡単に受け止められる。


「……ぐッ!」

「とっとと!」


 しばしの睨みあい、否、お互いどうすればいいのか困惑の視線を交わした刹那、クルハさんが竹刀ごしにわたしの体を押しやった。

 不意の加重、それでもわたしの体勢を崩すには至らない。


『少々の揺れで姿勢を崩すのは足の位置を即座に組み替えられないのが原因でございますな』

『あ痛ァァァァン!!』


 脛を突く竹尺はとても痛かった。そりゃ弁慶も泣くというもの。 

 激しい訓練とゲーム世界ならではの絶対報われる努力システムの成果はわたしにオートバランサーを与えてくれた。同程度の体格をした女の子から押された程度で美しい姿勢を体得したわたしを揺るがすことは出来ず。

 姿勢崩さぬわたしにクルハさんの剣は届かない。

 ブオン、スカッ。


「どうしてッ!?」

「これで終わりを!」


 へろへろ、ガシン。


「……」

「……」


 そしてわたしの剣も彼女を打ち倒せない。

 こうしてわたし達のコミュニケーションは互いに決め手を欠いたまま振り出しに戻るのだ。


 ──こういうのをなんて言うのだったか。

 最強の矛と無敵の盾、だっけ?


 ブオン、スカッ。

 へろへろ、ガシン。

 ブオン、スカッ。

 へろへろ、ガシン。


 当たらない攻撃と受け止められる反撃の応酬はいつ終わるともなく続き。

 互いの体力が尽きるまで続いたのだった。


「思い出した……千日手とか言うんだったわ……」


******


 貴族邸の庭。

 なんとも華麗で煌びやかな印象を与える空間には、体力尽きてバテバテな幼女が肩で息をしていた。双方竹刀を片手に風雅さの欠片もない。

 ぜぇぜぇと息継ぎしながらわたしは問いを発する。やっと叶った言葉でのコミュニケート。


「ま……まだ、やり、ますか……?」

「な……」

「……?」

「ナイス、ファイト……」

「よかったァ……」


 健闘を称える言葉で竹同士のコミュニケーションは終了したのだ。

 既にドレスは埃だらけ、汗まみれ。とても気持ち悪い状態なのだが不思議と心は穏やかだ。これが何かをやり遂げた充足感なのか、単に脳が酸欠になっているのかは考えない方がいいような気がした。

 それにしても春で良かった、夏だったなら干からびていたかもしれない。

 ああもう疲れたしんどい動きたくない、思わずその場にはしたなくも地面にへたり込みたくなったのだが。


「ご苦労様、2人とも」

「……うん?」


 聞き覚えの無い声がわたしを淑女に押し留めた。

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