1-07

 ストラング家令嬢のクルハさんに案内されたのは、邸内の庭。

 ツクシ、オオバコ、フキノトウ、ノビル、クレソン、ヤブガラシと様々な野草の類が飾りなく庭に命を芽吹かせている。

 派手さはない、小さな花が一面に広がる情景は──うん、見覚えのある光景だった。


(ウチの庭と同じ、全部食べられる野草の数々だ……)


 貴族の庭といえば色とりどりの薔薇が咲き誇る、そんなイメージは自宅の庭で既に崩壊していた。

 戦時に領民を格納できるスペースたる辺境貴族の邸宅敷地。となると次に必要なのは食糧だろう。夢の無い庭園にはそういった趣旨の植物が沢山植えられており、敷地の外れには根野菜や穀物畑も広く取られている。

 平時は収入に、戦時は食料に。

 邸内の使用人はセバスティングとエミリーの2人だけど、敷地内で庭仕事に就いている労働者は10人以上居る。多くは農家の次男三男、自家の土地を受け継げるか怪しい立場の子息たちである。

 土地の問題は「開拓すれば解決する一方、無闇に広げれば万一の防衛が難しくなるので一長一短ですな」とはセバスティングの言。

 その折衷案が邸内農園計画というわけなんだけど、


(こういう所でも戦争編の影がちらつくの、こわい)


 まだ第1部も始まってないのにこの調子、世界の有り方が実存の形で語られている。

 ゲームは第2部からが本番だとのメッセージを感じずにはいられない。だが全力で断らせていただくッ。


「おまたせしましたわ、アルリーさま」


 庭を眺めながら未来への誓いを新たにしていたわたしの背中にお声がけ。

 庭のテラスにわたしを案内したクルハさんは「少しお待ちください」と中座して屋敷のほうに向かっていた。おそらくお茶の用意でもしてくれたのだ。

 振り返った視線の先にはニッコリ笑うクルハさんの姿。背後には物静かに佇むメイドさんが控えている。

 クルハさんの外見は先程も拝見したが、笑顔も儚げさとは無縁で輝かしい。真っすぐな瞳、気の強そうな眉、性格の裏表の無さが透けて見える程に眩しく、会話を交わさずとも素直でいい子なのだろうとの確信が生まれる。

 ああ、こんな子が友達になってくれれば、きっとわたしの力に


「こちらをどうぞ」

「ありがとうござ……うん?」


 差し出されたものに目を向けて、ちょっと固まる。

 温かなお茶を湛えたティーカップを予想した先にあったものは。


 竹の棒だった。


 より正確に描写するなればセバスティングの持つ竹尺のような一本削りの棒ではなく、細く縦に切り分けた竹を4欠集めて一本の棒状に仕立て、刀を模したもの。

 いや、知っている。これが何かは知っているけど。

 何故今ここで差し出されるの?


「……これは?」

「竹刀です」

「うん、うん……?」

「あ、ひょっとしてアルリーさまは木刀派でしたか? なら知らないのもムリないですね。これは訓練用の刀で束ねた竹を刀身にすることで打撃時の衝撃を分散させるスグれた模擬刀でゼンリョクで打ち掛かっても安全安心の逸品なんですよ!」

「いや、うん、それは知ってるけど」


 突然始まった竹刀の優れた点プレゼンに面食らう。

 いや、慌てるな、慌てるな。どんな時でも『第一歩は冷静に』だ。取り乱した思考に正解は導き出せない。

 何故か当たり前のように竹刀を差し出されて「さあ受け取って」と可愛い笑顔を向けられている状況に合う回答はちょっと思いつかない。


 というか木刀派ってなんだろう。

 「今日のお出かけには木刀持っていこうかな? でもでも雨降りそうだし湿気に強い竹刀の方がいいかも♪」とかそんな派閥があるのか。何の集まりなのか。


 落ち着け、落ち着くのだ。心の中でも深呼吸、何事も心乱さず、第一歩は冷静に。

 ……ただし冷静だからとて、常に最適解が浮かぶとは限らないのだが。


「あ、あの」

「では、やりましょう」

「な、何を?」

「またまた、模擬戦に決まってるでしょ?」

「なんで!?」


 さも当然のように申す男爵令嬢に神速のレスポンスを炸裂させる。

 異次元の理論に冷静さが置いてけぼりを喰らっていた。芸の無いツッコミ返事しか出来ないとは、まだまだわたしも社交スキルが足りないのだ。

 ステータスが最大値ならもっと上手く切り返せただろうか。


「え、だって『ヘンキョー貴族はチョーナイセンジョウ』と、おとーさまのクチグセで」


 腸内洗浄。

 食中毒の治療かな? いいや腸内菌の体質改善も捨て難い。


「お嬢様、『常在戦場じょうざいせんじょう』でございます」

「そうそう、それ!」

「……どれ?」


 後ろに控えるメイドさんは用語の訂正だけに口を挟んできた。

 もっと他に訂正すべき事態が目の前で起こってるだろォ!?


「おとーさまが言ってたの。貴族はいつも戦場にいる気持ちでいなさいって!」

「な、なるほ、ど……?」

「だからおなじダンシャクケのアルリーさまもそうかなって! だったらもう、剣をまじえて語り合うしかないよね? ね!」


 同じ境遇の令嬢同士、やったぜお友達になれそうな共通点を見出した。

 ただなんというか、とんでもない部分で致命的なまでに価値観のズレをも発見したのを否定できないというか。

 大丈夫、わたしは落ち着いているはずだ。だから相手にも落ち着いてもらえば全て解決するはず。


「よし、話し合いましょう、言葉で」

「はい、語り合いましょう、事刃ことばで!」


 おかしいぞ、会話が成立しない。

 いや、言葉は通じているし意味も読み取れる。ならばコミュニケーション成立、のはずなんだけど決して噛み合わない。

 何故だ。若干の恐怖を覚える。


「なのでどうぞ!」

「あ、はい」


 思案まとまらぬまま、勢いに押されてつい受け取ってしまった。

 一本の竹刀を。

 ──それがいけなかった。


「では一本目、参ります!」

「しまった!? デュエル成立!?」


 もはや彼女の中では竹刀と竹刀で語り合う独特のコミュニケーションは同意が成立しているらしかった。

 猛然と打ち掛かる男爵令嬢を前に、わたしは今更ながら察する。

 ここはゲーム世界なんだ、と。故に


(個性付けで色々おかしなキャラがいても不思議ではないわね……ッ!!)


 冷静な結論を脳内で弾き出せたものの。

 やはり事態の改善には何の役にも立たない事実を噛み締めるのであった。

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