1-06
待ちに待ったお隣訪問の日。
わたしの魅力ステータスは7、ついでに知力も6に上がっていた。ダンス訓練と合間の雑談、領地の内外に関する質疑応答で貴族らしい知識が増えたからだと思われる。
「お嬢様のワルツステップも様になって参りましたな」
「ありがとセバスティング、あなたのお陰よ!」
これは全くの事実だろう。
わたしが前世を取り戻し、戦争編突入の危機的状況を回避すべく思い立ってから凡そ一か月半。
その程度の時間で、既にわたしは自分のステータスを4ポイントも上昇させている。特に魅力ステータスは既に一般的大人に並んだ。時間的に見目が極端に麗しくなったはずもないので、ひとえに挙動が洗練されたのだ。
子供らしい愛らしさのみを脱却し、貴族子女らしい優雅な振る舞いに近付いたのだろうと予想できる。数値で現れているのだから根拠もある。
目に見える成果とは、何より自信とやる気に繋がる。
「でも一人前以上にはまだまだ遠いわ。これからもご指導ご鞭撻をお願いね、セバスティング」
「お任せください。ベリーハードの道は険しく、遠く、そして険しいのでございます故」
「そこまで重ねて険しい言わんでも」
「何しろお嬢様のワルツはスロータイプでございます。成人なされた時に備えるとなればヴェニーズワルツを完璧に習得していただきたく」
「お、おう……」
ダンスの道は1日にしてならず。それでも人並みに踊れるレベルに達した事実に一応の満足を覚えつつ、今日のメインイベントに備えた準備をすることにした。
メインイベントの名は友人作り、或いは共犯作り。
******
ガタンゴトンと馬車が揺れる。
辺境の名に反して街道が整備されているのは商人の往来を促進するためと、隣国とのデリケートな関係に由来する。
前者は言うまでもなく、後者も詳しく説明する必要はないだろう。いずれにせよ輸送路とは国と形作る要素なのだ。
ただし。
「揺れる揺れる~」
石畳や踏み固められた土道を走るのは木製の車輪。悪路に対するクッションの役割など期待できない組木細工な輪っかである。乗り物関連に制限あるロミロマ2世界にはゴムタイヤすら望むべくもなく、サスペンションは効いてるのか効いてないのか馬車の乗り心地は決して良くはない。むしろ胃腸の弱い人は粗相で尊厳が危ない。
「ハッハッハ、アリィは元気だな」
「揺れるけど~、別に酔わないし~?」
「お嬢様の体幹がしっかりしている証拠でございます」
乗り物酔いってそういう理屈だっけ? ともあれお家から町中に足を運ぶことはあったけど、隣町まで出かける遠乗りの経験がなかったわたしには馬車内で数時間も揺られ続けるのは初めての経験だったりする。
「お嬢様も王都の学園に入学される折りには、これ以上の長旅が控えておりますが、このご様子では大丈夫でございましょう」
「そうかな~?」
「ハッハッハ、マイドーターながら頑健で安心した」
御者席から器用に話題を振って来るセバスティングは手綱捌きも見事なものだった。本当に乙女ゲームの執事は何でも出来る。それとも何でも出来る者だけが執事になれる狭き門なのだろうか。卵が先か鶏が先か。
「ダンケル様、アルリー様、そろそろ到着でございます」
万能執事が呼び方を変えて旅の終わりを告げて来た。
格式ばった名前呼びは即ち家族間、身内間の雰囲気を一掃させるとの意味だと事前に習っている。ここから先は「天真爛漫なお嬢様」ではなく「男爵令嬢」としての振る舞いが必要なのだ。
程なく馬車は一度停止する。
馬車の行く手を阻むのは、我が家と同程度のグレードをした門扉。やや歴史を感じさせる質感の門は威圧感を放ち、左右に武装した門兵が守りを固めている。そして門兵以上に固い守り、邸宅敷地をぐるりと囲む高く厚い壁の存在もウチの家と共通している。
(貴族のお家っていうと、ヴェルサイユ宮殿みたく青銅製の格子状な壁で囲まれた、見晴らし良くて豪華な作りだと思ってたのも今は昔)
少しの手間で堅牢な簡易城塞に早変わりするのが望ましい設計。屋敷の敷地面積が広いのも周辺住民を格納できるスペース確保のため、との事実はゲームプレイ時に気付かされたのだった。教会と領主宅は野戦病院のトップツー。
(王都の城なんかより国境沿いの改築が最優先。わたしは真理に気付いた)
セバスティングは門兵と二言三言交渉し、門扉が音を立てて開かれる。正式なアポイントメントを取っての来訪、わたし達の素性確認も手間なく済んだのだろう。かくして馬車はストラング男爵家の敷地に踏み入ったのである。
「アルリー様、お手を」
屋敷前で停車した馬車の外では恭しい態度で主とその娘を出迎えるセバスティングが手を差し出す。貴族社会の習慣か、それとも乙女ゲームの影響か、何かにつけてレディファーストの精神は浸透している。
大袈裟すぎない笑顔で執事の手を取り、馬車から地面へと降り立つ。歩きながら美しい姿勢制御を会得したわたしの社交デビュー模擬戦闘がここより始まるのだ。
「ありがとう」
降り立った先には既に3人の人物がわたし達を待っていた。
大柄な男性と、影に控えて起つ執事服の人と。
男性の横にちょこんと立つ少女──今訪問のターゲットだろう子。
「ヘラレス殿、お待たせしたようで申し訳ない!」
「ガッハッハ、貴君の到着が待ちきれなくてなダンケル殿!」
「ハッハッハ、光栄の至り」
ストラング男爵ヘラレス。
男爵とは皆戦う者なのか、と言わんばかりの体躯に立派な髭を備えた先輩男爵。豪快な人柄は外見からも声からも伝わって来るようである。あまり我が父親も人の事は言えないようにも思えるが。
大人たちが挨拶している間、失礼にならない程度に少女──おそらくストラング男爵令嬢の様子を観察してみる。
父親譲りの髪色はブラウン、瞳の色は琥珀。髪を伸ばす気はないのか、肩にも届かない長さで切りそろえており、前髪も大きく額を開ける形で分けていた。
シンプルで裾の短いドレスから、おとなしさよりも活発さが多少窺える。
この印象は太い眉と目の輝きの強さ、いわゆる眼力からも察しがついた。絶対に深窓の令嬢タイプではないと。
「──で、ダンケル殿。そちらは目に入れても痛くないとのご令嬢かな?」
「ハッハッハ、ご紹介申し上げる。アルリー」
「はじめましてヘラレス様。アルリー・チュートルと申します」
積み上げた努力と竹尺の結晶、会心のカーテシーと共に社交の威力を試してみた。
「ガッハッハ、なかなか可愛らしい挨拶。ストラング男爵家当主ヘラレスと言う。ダンケル殿が騎士長だった頃からの顔見知りでな、今後ともよろしく」
「はい、ヘラレス様」
普通に挨拶された。
あまり効果は無かったようだ、魅力7に知力6の社交スキルではこの程度。まだまだ修行が必要なようだ。殿方の目を奪い関心を寄せられるには力不足にも程がある、目指せ最終到達点。
「ではこちらも返礼を。クルハ、ご挨拶なさい」
「クルハ・ストラングです」
ストラング家のご令嬢、クルハと名乗った少女はカーテシー無しに頭を下げた。いわゆるお辞儀、立礼の類。失礼ではないが社交的には略式に受け取られる。
ここは社交場ではないので問題ないのもあるが、歪まずスッとした礼の動作はどこか気持ちの良さを覚えた。
「緊張して折るのかクレハ、口数が少ないが」
「おとーさま?」
「ガッハッハ、儂はダンケル殿と仕事の話をするのでな。お前はアルリー嬢と庭でも見てくるといい」
「わかりました。ではアルリーさま、ご案内致します」
しずしずとした令嬢然した動作より、やはりきびきびした活発さで以ってクルハ嬢は先導してくれたのだった。
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