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「なのでご近所にそういった子、心当たりありません?」


 問いかける形にしているが、本当のところは知った上で聞いている。

 セバスティングのレッスンその3、基本的なダンスステップ講座の合間に仕入れた知識。

 「ダンスのステップこそ意識せず自然に、そして正確に繰り出せるのが肝要でございます」との教官方針の下、今の訓練は覚えたステップを会話しながら、足元を見ずに踏む教練の段階に進んでいた。

 そんな中で選んだ会話内容は、領地の内外に関わること。


「セバスティング、お父様はどうして毎日忙しく飛び回ってるの?」

「一言でいえば領地の引き継ぎによる問題解消が理由でございます」


 武勲を上げ位階を上げたパパンのように複数人が領地無しの準貴族、騎士長から領地持ちの男爵にクラスアップしたのに合わせて王国は領土の一部整理を行った。

 日本史で習った国替えや転封、治める領地に入れ替えが発生したということだろう。そして概ね、引き継ぎなる行為は無闇に手間がかかる。

 学校の生徒会で次期生徒会役員に業務を引き継ぐだけで割と面倒だったのを思い出す。


「あれ、でも魔導電話があるんじゃ?」

「通信機器の類は軍務でもなければ気軽に使えるものではありません、お嬢様。お家の装備も緊急連絡用でございます」

「あ、そうなんだ」

「それに身分ある方々の交渉については、どうしても直接対面が尊ばれます故」


 この辺は現代とのギャップ。文化風俗の大半が現代まんまな世界でも、貴族社会と国家規模での弱肉強食思想はファンタジーらしさを残すロミロマ2世界。

 貴族社会において縦横の関係は非常に重要だ。格下が格上のお膝元に自ら馳せ参じるのもそういった文化の象徴的行為といえよう。

 なのにわたしは、わたしの設定は、


「同世代のお友達が、ひとりもいない……」


 これは由々しき問題となる。

 理由は察しが付く、ゲームでヒロインの友人キャラ設定が没にされた時点でわたしの人間関係などは作られず放置されたのだろう。なのでわたしには、既存の友人キャラが誰も居ない状態。

 ただ今のわたしにとってはこの先で困る。非常に困る。

 学園編ではノーマルエンドを目指すなら影働き、人知れずの暗躍が必須となるだろう。そんな時、気ごころ知れた友人、無条件とはいかずとも、そこそこ人柄を信じてくれる友達、もっといえば共犯者がいると大いに助かる──というかいないと辛い。

 例え万能の天才でも、ヒロインに24時間張りつけるわけがない。ひとりで全てを解決することなど出来ないのだから。


(わたしはそれを『戦争編』で学んだ……ッ)


 このゲームでヒロインを全ステータス18のパーフェクト貴族に育てても、何度も何度もバッドエンドを繰り返した経験が生きた。

 優れたひとりにフォローできる範囲など、所詮は一局地。戦いの規模が大きくなればなるほど全体をカバーできる数、質が統べる量こそが重要なのだ。

 過去の幽霊が囁いた。仲間欲しいと。超欲しいと。


(戦いは数だよね、兄貴)


 この世界には居ない兄の言葉を胸に、どうにか幼少期からの付き合いある友達が欲しかったのだ。出来れば2人、男女取り揃えて。

 男だけでは、女だけでは介入できない状況もあろう。それを突破するにはどうにか、どうにか。


「どうでしょう、お父様?」

「ふむ……なら父と一緒にストラング男爵領に行ってみるか? 確かヘラレス殿には同年代のご令嬢が居たはずだ」

「本当!? やったー!」


 喜び方は子供らしさを意識したあざとさを混ぜておいたが、発露した感情に嘘は含んでいない。本当に嬉しいのだから。


 ノーマルエンドのために、その2。協力者を得るべし。

 社交界デビューを前に私的な友人を得られるか否か、この機会を逃すわけにはいかないのだった。


 ──問題は完全なる真実を打ち明けることは無理だろうなって点。前世の記憶が、ゲームの世界が云々など話しても理解してもらえるかが怪しく、下手すれば正気を疑われるが故に。

 そういう意味では孤独な戦いである、ヒロインのフラグ折りとは。


 そしてもうひとつ。

 他家との交流をするならば、気を付けるべき点も増えてしまう。


(ラノワール家だけは注意しなきゃ。いつどこで出くわすとも知れないし)


 ヒロインを養女に迎えたラノワール家もウチと同じ男爵階級。

 戦いは同じレベルで成立し易いの言葉通り、交流もまた等しい。縦割りの上下関係が重い貴族社会は学内カーストや成績順クラス分けと同じようなものだ。基本的に同レベルの生徒が交流を盛んにする、この性質が貴族社会ではもっと強い傾向と化す。

 なので同じ男爵家のヒロイン養家とは接触する機会も多分生えてくる。年齢差がある以上は来年の社交界デビューで出くわす可能性は低いが、以降は分からない。

 いずれ出くわす、そんな心構えはしておくべきだけど、今はまだ避けたい。


(敵対する必要はない、むしろ過度な応対は危険な予感もするのだけど仲良くし過ぎるのもどうなのか……)


 正直、ヒロインとの距離感は決めかねているのが現状だ。


 ノーマルエンドを目指す以上は全くの無視など不可能だろう。彼女が攻略対象と関係を深くする芽が出れば摘み取る、これが学園編での基本方針であるからして。 

 その一方で仲良くなった場合、仲良し相手の恋路を邪魔するというのも心が痛みそうで困るし、一度こじれると接触自体が困難になってしまうに違いない。

 最適解はいずこ……迷いの迷路に入り込みそうだった思考を振り払い、子供らしからぬ溜息で問題を先送りにした。


「結局、なるようにしかならないか」

「アリィ? 何か心配事かい?」

「いえ、お父様。一週間後が楽しみで待ち遠しいですわ!」


 嘘偽りない期待を込めて隣接領への訪問を心待ちにしつつ。

 その日が来るまで、わたしはダンス訓練に没頭して過ごしたのだった。

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