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「ぜえ、ぜえ、どうよ?」

「お見事です、お嬢様。あとは呼吸を自然に出来ればよろしいかと」

「これは、緊張もあるけど、中庭を12周も、させられたから、なんだけど?」

「お水を用意致しました。魔導冷蔵庫でキンキンに冷えてございます」

「……ありがと」


 レモン風味の冷水が五臓六腑に染みわたる。

 社交界での優雅な歩き方を学び始めて2週間。何故か最終確認に2キロマラソンをさせられた形だけど一応は鬼教官から合格をいただけたらしい。


「これで、社交界デビューしても恥をかかないくらいにはなったかしら?」

「そうですな」


 あっさり頷くスパルタの鬼。


「そもそも基本的に社交界デビューの子女に求められるのは『カーテシー』での一礼と決まった文言の挨拶ですからな。堂々とそれが出来れば及第点」

「へえ」


 カーテシーとは古い挨拶儀礼、スカートつまんで膝を折り曲げチョコンと頭下げるあの動作もカーテシーの一種だ。他にも作法はあるが、基本的に足を折り曲げて深く頭を下げるのは共通しており、臣下の礼だとも女性の身分が低かった頃の名残だとも言われている。

 まあ優雅で可愛らしい動作だから来歴なんてどうでもいいけど。


「お嬢様は一人前以上をお求めでした故、この老骨めも少々張り切ってベリーハードを提供させていただきました」

「つまりこの疲労は自爆の産物……」


 無駄ではない、無駄ではないけど。

 いずれ学園編に備えて成長は必要だったから無駄じゃないけど心が疲れた。

 ちなみにステータスは体力が5から6に上がっていた。そっちじゃない。


******


 転生生活も一か月が過ぎた。

 将来のヒロインノーマルエンド計画に備え、自分を磨く下積み生活は順調なスタートを切ったといってもいいだろう。


「このペースでいくと全ステータス18到達も可能かもしれないわ」


 自室で朝の身支度をしながらステータス画面を見やり、先の予定を脳内でぼんやり立てる。

 わたしが学園に入学するのは6年後、ヒロインの入学はさらに1年後。レベルとは低い頃ほど上がり易いものだが、一か月で魅力と体力の合計2ポイント上がったわけだから7年もの時間があればフルマックスもいける気がする。


「……ただ、ヒロインは2年ちょいでオール7からオール18に到達できる化け物だからなあ」


 ゲームではスケジュールの組み方次第ではあったけど、学園生活3年目1学期でオール18のスーパーヒロインが可能だったのだ。ちなみに各ステータスの18は関連するスキル全てに「並ぶ者無き天才」の称号が与えられる。


「そんな天才の行動を上手く邪魔できるのかって不安は残るけど、今は考えないでおこう」


 まあ「並ぶ者無き」といいつつ実際は主要キャラに一部ステータス18持ちはちらほらいるのだけど。例えば第2王子ルートのライバルヒロインは武力・魔力・体力が18かつマジックアイテムの加護でプラスアルファ決めていた最強キャラの一角だった。彼女ひとりにモブ兵が千人単位で倒されたのも良くない思い出だ。


「絶対に戦場で会いたくない」


 身震いして髪を梳いていた櫛を鏡台に置く。特徴が無いために何の癖もなく手入れが楽なのは長所だろう。ゲームの立ち絵だと肩辺りまで伸ばした末広がりカットだったと記憶しているけど、もっと伸ばしてみるのもいいかもしれない。


「現代社会だとできない長さのロングにするのもロマンが──」

「お嬢様、失礼致します」


 素早いノックと共にセバスティングが室内に滑り込んで来る。ノックが早いか、入室が早いか、それが問題な程に。


「あれ、セバスティング。もう朝食の時間?」

「はい。旦那様がお戻りですので少々早めにお迎えにあがりました」

「あ、そっか。分かった」


 我が意を得たりと頷き、食堂に向かう。

 辿り着いた広い空間には、ここ一か月ほとんどひとり食事を続けていた大きなテーブルの上座に就いた偉丈夫の姿がある。

 切り詰めた短髪に頬の傷、どう見ても生まれながらの貴族には無い特徴。「線が細い」との言い回しが貴公子のための言葉なら、目の前の男性は「武骨」との表現が相応しいだろう。

 身に纏うジャケットやシャツにもいかにも貴族風味なヒラヒラはついておらあず、要人警護のそれに見える。


「お帰りなさいませ、お父様」

「ハッハッハ、家族の前では無理に敬語を使う必要はないぞマイドーター」

「お帰りお父様!」

「うんうん、アリィ。元気だったか?」

「はい、わたしは変わらず元気です」


 ダンケル・チュートル。

 『上がり盾』に相応しく、男爵の皮を被ろうと努力している騎士にしてこの世界ではわたしの父に当たる人。流石に心から肉親だとの情を傾けるのは正直難しい。それでも見知らぬ年上の人に無礼な態度を取らない程度の当たり前な倫理観があれば「ちょっと疎遠な親子」の距離感でいるのは造作も無い。

 事実、男爵位を得たパパンは忙しくお隣さんへの挨拶や領地の見回り等で家を空ける事が多く、あまり子供とコミュニケーションを取れる状態ではなかった。少々のぎこちなさがあっても不自然ではないのだ。


「セバスティングから聞いたが、来年に備えて社交の勉強をしているとか」

「はい、お父様お母様に恥じない立派なレディを目指しています!」

「ハッハッハ、そうかそうか、アリィはいい子に育ったな」


 ぐりぐりと頭を撫でられた。現代日本ではあまり発揮されない親愛表現に子供ながら照れる。やはり西洋風ファンタジー、ゲームもそうだったけどコミュニケーションの手段に肉体的接触を平気で使ってくる。

 ヒロインと攻略対象もそうだった、スチル絵に限らず手を繋いだり腰を抱き寄せたりのカットインも豊富に取り揃えておりました。

 中盤からは手に口付けも割と頻発させていましたっけ。乙女ゲームポイントは高いけど、実際にやられたら身悶えしそう。


「それでお父様、しばらくはお家に居られるんですの?」

「うん、二週間ほどは内務をしながら休めそうだ。ただ」

「ただ?」

「その後はまた隣に出かけなければならん。ストラング男爵に通行料の件でな」


 隣、ストラング男爵。

 ふたつのキーワードがわたしの目を光らせた。


「お父様、ひとつお願いがあります」

「うん、何かなアリィ?」

「わたし、お友達が欲しいんです。出来れば同世代で、一緒に学園に通えるくらいの年頃で」

「ふむ、道理だな」

「なのでご近所にそういった子、心当たりありません?」

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