1-03
セバスティングに社交性を高める訓練を頼んでから7日。
竹尺百連突きを受けながらのスパルタ教育は早くも成果をもたらす。
スッ。
木々の間から朝日木漏れむ中庭に、両手を腹の前で組み、体を揺らすこともなく綺麗な立ち姿を晒す少女がひとり。
無論わたしの事である。
「……ついに立ち姿勢を体得致しましたな、お嬢様」
「やればできる子だし」
「ええ、これほどまでにお早く成長なさるとは。このセバスティングも心で涙しつつベリーハードモードに徹した甲斐がありました」
「その言い回しは止めて欲しい」
前世より積もった猫背の習慣を僅か7日で改善できたばかりでなく、鬼執事から太鼓判を貰える貴族立ちを会得した。
これは努力した甲斐があった──否、正しくは「努力すれば成果が出るのを確信していたからこそ」と言うべきだろう。
(ゲーム内の努力は絶対無駄にならないもんね、現実と違って)
現実世界は辛く厳しい。
努力が報われるとは限らないし、それ以前に身に付くかさえ定かではない。費やした時間に見合った何かが得られるかも保証無く、それだけに人は努力を厭うのだ。全てが無駄になる事を恐れるがゆえに。
しかしゲームは違う。
費やした時間は確実に経験値やその他の何かに還元される。ボタンをポチポチしていれば敵を倒せ、ドロップ品を手に入れられ、素材品をゲットできる。
そしておそらく7日で立ち姿勢を体得できたのも、ロミロマ2のスケジュール入力が1週間単位だったことと無縁ではないだろう。
ゲーム内での活動は全て何らかの影響を残してくれる。有形無形の成果としてプレイヤーの糧にしてくれるのだ──現実逃避と言うなかれ。
(ここはゲームを下地にした世界、正しく努力すれば確かな結果を返してくれる可能性は高かった)
つい先ほどセバスティングが社交訓練の成果を認めてくれたのと同じように。
昨晩ステータスを確認したところ、『魅力』項目が5から6に成長していたのだ。
「目に見える成果、これでやる気の出ない人は居ないわよ」
「お嬢様?」
「セバスティング、次の課題を出して。このまま一人前以上のレディを目指すから!」
「分かりました。レッスンその2は『姿勢を維持したまま歩く』です」
「ぬう、難関の予感」
竹尺をレイピアのように格好良く構えた執事に心の冷や汗が流れ出る。
だが慌てない、慌てない。この世に慌てて良いことなど何ひとつない。第一歩は冷静に、である。
「歩きながらの姿勢維持、コツとしては『体の揺れを意識する事』でしょうか」
「揺れ?」
「はい。お嬢様は既に立ち姿では体の中心線を維持する無意識を体得されていますが、体を動かせば当然のように線はブレるのです」
手本としてズレる歩き方をするセバスティングを見て、なんとなく『モンローウォーク』との単語が思い浮かぶ。あれは極端に腰を揺らす歩き方だけどニュアンスは近いように思える。
「言葉で言えば稼働箇所を腿と足を限定し、尻より上は地面と水平にを心掛けてくださいませ」
「分かった、やってみる」
「おっと、その前にひとつ。お嬢様、今回はワタクシめの放つ竹尺を避けていただいて構いません」
「えッ、避けていいの?」
恐るべき竹尺の矛先はわたしの全身を啄み、食い荒らすかの如く痛撃を与えて来た──というのは勿論大袈裟な表現だけど割と痛い。あれでこの打たれ弱い幼女ボディに青痣のひとつも残さないのだから不思議な話である。
ともあれ悪いところを直接指摘してくれるのはありがたくとも痛いものは痛い。避けていいといわれれば喜んで避けさせてもらうのだけど。
「ただし、避けた後の姿勢を正してくださいませ。歩きながらの姿勢維持とは即ち、動き続けて常に姿勢の修正を行う事も含まれるのですから」
「うん、理屈は分かった」
「ちなみに避けた後の姿勢が崩れていた場合は第2第3の矢を放ちますが、それらも避けてくださっても」
「何それ聞いてないむしろ被害拡大しない?」
一応抗議の旨を伝えるも、セバスティングは竹尺を凛々しい騎士の構えで天を示している。何と戦う気だウチの執事は。
ともあれ訓練を頼んだ己が選択の正しさに疑いを持ちつつ第一歩を踏み出す。千里の道も一歩から、時間をかければそれだけレベルが上がるのだ。
「アルリー、歩きまーす!」
「左肩が下がりましたぞ」
「わっと回避ッ」
「背筋を丸めない」
「ちょッ、急に動いてそんな立て直し利かな」
「今後は逆に反りすぎですな」
「待ってまッ」
「顎を引いて足元を見過ぎず縮こまらないよう歩幅は一定に腕は伸ばして」
「ぎぎぎギブギブギブアップ!!」
ズドドドドドドド。
竹尺回避を意識し過ぎたのが敗因だったと述懐する。気が付けばセバスティングの百裂竹に全身打たれていて立て直し不可能だった。
それにしても無情な竹尺連突に追い立てられフラフラ動き回る無様さはまるで、
「ベリーハードラックとダンスさせられた……」
「東方由来の盆踊りめいてましたな」
「そこまでやるとは鬼かな!?」
「このセバスティング、お嬢様のためなら鬼にもなりましょう」
「その鬼はわたしを追い込んでるんだけどなー」
ひとしきり愚痴った後は訓練の再開だ。
先程の盆踊りを経てひとつ分かったのは避けようとする方が大惨事を招くという点。あれなら最初にズビシと突かれて素直に立て直す方が被害も少ない。
「流石お嬢様、既に心得のひとつを体得なされた」
「……何が?」
「姿勢を崩さないのが最上ですが、崩した際は下手に取り繕うより早々に是正する。これが心得のひとつ」
「…………つまりさっきのは無駄に傷口を広げていたと……?」
「その通りにございます」
「おのれェ」
騙された。
避けていいとは即ち、わたしが無駄に避けてダメージを負い『痛いから覚えた』状態に誘導する罠だったのだ。
いや、そりゃ避けてもいいと言われたら避けるでしょ普通に。超痛いし。抉り込むように痛いし。
「さて、下手なリカバーは害悪とした上で恐縮ですが、そもそも失敗を無くするのが最上。ここより本格的に歩きながら姿勢を保つ訓練に移りましょうぞ」
「おのれェ」
「基本的に歩きを意識する時は大きく体を動作させる必要はございません。ダンスほど稼働を意識せず、まずは小幅の一歩から」
わたしの睨みなど何処吹く風で段取りを進めるセバスティング。特訓を頼んだ自業自得にしても、もうちょっとこう。
「そうですね、最終的には無意識に、考え事をしながら歩けるように」
「あ痛ァン!」
結局この歩法を普通の歩幅でマスターするには10日以上の時間が必要だった。
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