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 善は急げ。

 朝食を終えた後、わたしとセバスティングは中庭に出ていた。現代社会なら邸宅と呼ばれそうな広さの男爵家でも、流石にダンスホールは完備していなかった。というか今のウチの立場では社交場に使う機会もなくて持て余す。


「ではお嬢様。このセバスティングがビシバシスラッシュとお嬢様を刀剣のように磨き上げるわけですが」

「頼んだのは社交スキルの話だからね、分かってる? 聞いてるセバスティング?」

「社交性とは複数の要素によって成立するもの。よってお嬢様にお出しする課題はひとつではない、その事はご理解ください」

「うん、分かった」


 正しくは『分かっている』。騎士スキルや魔導師スキルのように社交スキルも複数ステータスを組み合わせた産物なのは承知の上だ。

 ゲーム表記で言えば『知力』と『魅力』の組み合わせ。ステータス上げ自体はスケジュールに上げたい項目を選べば経験点が入る仕組みだったので、実際にどんな訓練を受けるのかは表示されるミニアニメで想像するしかなかった。

 アニメだと読書とダンスの訓練だったけど。


「お嬢様が学ぶべきは所作、姿勢や立ち居振る舞い、全身から手や足の挙動、目線に至る『魅力』。そして社交場で為させるあらゆる知識、世情に通じた噂話から贈られた花束が意味する花言葉、茶葉の銘柄からお付き合いする相手の誕生日まで、あらゆる情報を知り蓄える『知力』」

「うん」

「そしてそれらを総合的に活用する判断力、『機転』が必要となりましょう。外見を飾る化粧などは二の次ですな」

「……機転?」


 目をパチクリさせて驚く。

 何しろロミロマ2のステータスにそんな項目はないのだ。


「どのような知識もどう扱うかの判断力無くしては意味を持ちませぬ。そして時間とは待ってはくれぬもの。各々の事象を許された時間内で最適の判断を下す。これは戦いも社交も変わらぬ真理なのです、お嬢様」

「……なるほどォ」


 これはゲームと人の生きる世界の違いがはっきり示された形なのだろう。

 例えばゲームでは重要な場面で選択肢が表示され、オプションで時間制限の有無をつけられた。スリルを味わいたい人は制限を選ぶ遊び方が出来た仕様だが、人の生きる世界では全てがノンストップ。

 大小のイベントに対しわたしもやり直しの利かない世界、その場で最適を選ばなければならない立場になったのだ。ははは、ロード機能無しとか。


「バッドエンドつらい」

「お嬢様?」

「いえ、任せてセバスティング。このアルリー・チュートル、男爵家令嬢に相応しい知識と所作、そして判断力を備えてみせるわ」

「ご立派です。お嬢様の心意気を受けてこのセバスティング、ベリーハードの訓練を課す決意に至りました」

「ちょっと待って。トラウマを刺激するワードがあったんだけど!?」

「では早速レッスンその1、姿勢の矯正でございます。まずは立ち姿、歩く以前に立姿勢の美しさを学んでいただきましょう」


 綺麗に立つ。

 ……これが意外に難しいのはやってみれば分かる。いや、他人に指摘されないと自覚し辛いと言い換えるべきか。


「お嬢様はお若いのに、猫背になっておられます」

「そうか、な?」


 この体はこの世界準拠で出来ているはずなのに、現代病の一角を罹患していると言われてしまった。大きな原因は座っている機会が増えたからだとも言う。

 事務職やIT職の社会人は言わずもがな。学生にしても座学の時間が長く、またそれ以外の時間も日常的に運動する者でなければだいたい座っているだろう。理由なく家の中で無意味に立ち続けるのは様子がおかしいし。

 そんな現代人たる中身のわたしの心が、やや前屈姿勢が普通だと思ってしまうのは無理もないかもしれない。


「この辺りが屈みの中心ですな」

 ズビシ。

「あ痛ァン!?」


 突然のダメージに跳び上がる。走ったのは背中の一角、奔ったのは一点。

 刺さったのは、


「なにその剣みたいな物差し!?」

「東方伝来、竹の物差しですな。固く湿気にも強く、歪まぬと評判の品です」

「そんな大きい物差し、被服室でしか見たことない!」

「ご明察ですお嬢様。これはかつてはアリス様、そして今はお嬢様のお召し物を縫ったり補修したりする時の愛用道具でございます」

「……わたしの服ってセバスティングが縫った物なの?」

「無論でございます。被服は執事の基本です故」


 ファンタジーで貴族が着るに相応しいフリフリ衣装を指して問うた結果に頷く。

 流石は乙女ゲームの執事、万能だ。財力を備えたお家の執事ならどれ程のことが出来るのか少し気になってくる。上級貴族との交流できる機会があれば聞いてみたい。建築技能とか持ってそう。


「さて、訓練を続けますぞお嬢様」

「そ、それはいいけど何故竹尺で突くの? 割と痛かったんだけど」


 第一歩は冷静に、努めて心乱さず抗議しておく。どういうことなのかと。


「それは無論、執事ごときがご令嬢の身にみだりに触れるなど以ての外」

「大袈裟すぎる気もするけど」

「そしてお嬢様のご要望に応えるべくわたくしめの忠義を示す執事の剣にございます故」

「やだ、かっこい痛ァン!?」

「また姿勢が崩れておいでですよ」


 訓練中の雑談は許される。むしろ雑談しながらも自然に、無意識に美しい立姿勢を維持できないと会得とはならないとセバスティングは言う。 

 ごもっとも、実に正論だと頭では納得するけれど。


「腕、足は勿論のこと、頭や肩や背筋、腹や尻に至るまでポジショニングの事をお考えください。姿勢とはひとつ狂えば全てが狂うのです」

「おっしゃる事はごもっとも! でも痛すぎるゥン!?」

「昔の偉人は申されました、『痛くなければ覚えない』と」

「その言い回しこっちにもあるの!?」


 きっとゲームの制作スタッフが入力したテキストなんだろうけど乙女ゲームで使いどころ無いんじゃないのかと言いたい。

 いやこのおかしなゲームならあったかもしれないのか、わたしが未解放で転生してしまったので未知の隠しルートとか。


「まさか隠しキャラってうちの家関連だった……?」


 いや、そんな出番があるならアルリーが没キャラ呼ばわりされないのでは。

 いやいや、この難解ゲーがファンを隠しルート開放まで導かせず、認知されなかった可能性も否定は──


「お嬢様、隙ありでございます」

「あ痛ァァン!!」

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