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乙女ゲームにおいて高貴な攻略対象に婚約者がいるのは一種の鉄板ネタ、あるあるネタのひとつだろう。
そしてプレイヤーの分身たるヒロインが攻略対象の殿方と仲を深め、紆余曲折を経て添い遂げる。これもまた定番の流れだ。
しかしよくよく考えてみると。
ヒロインとの恋に落ちた攻略対象はライバルヒロインとの婚約を解消するのだが、一方的に相手の都合でフラれた形の令嬢と政略結婚をフイにされたお家がそれで納得するだろうか?
いいえ、しませんよね(反語)。
ルートによってはライバルヒロインによる虐めなどの品位欠く行為が理由付けされるものの、途中から割り込んだ形のヒロインが油揚げを掻っ攫って恥をかかされた大貴族がおとなしく引っ込むはずがない、娘や家門の将来が大事なら尚の事──そんなプロローグを経て。
第2部『戦争編』はヒロインと結ばれた攻略キャラの一門と、元婚約者の一門が戦争状態に突入するのである。
それも割とガチのシステムで。
「乙女ゲームのファン層に何を求めたんだこの会社は」
老舗の戦争ゲーム会社『
「へ、へーたん? これって何?」
「ちょーへーって人集めてもほへーってのしか増えないよ!?」
「ちょ、ちょっと、徴兵っての続けたら民衆が暴れ出したんだけど!?」
「お金ないんだから税収上げたらイケメンの部下に怒られた、なんでよ!」
「こんなの騎士様の部隊一択でしょ!? どうして騎兵っていうのは集まり悪いしお金かかるのよ、もう!」
「槍兵って騎兵に強いんでしょ!? 横から攻撃されたら一瞬で蹴散らされたんだけど!」
「お腹すいて動けないって、自分でご飯くらい食べなさいよ!!」
等と阿鼻叫喚が繰り広げられた。
──かくいうわたしもそのひとりだった。
『攻略サイトに頼るのは隠し要素を探る時』との変なプライドのせいで戦争システムをイチから学びつつ最適解を紐解く試行錯誤の連続だったあの頃。
一周目は難易度ノーマルな『公爵ルート』を選んだのに、そりゃもう自勢力の公爵領が荒れる荒れる。敵対地の境に戦力を集めて中間地は最低限の警備兵だけで空けておけばいい、こんな簡単な事すら気付くのに時間がかかった日々。
歩兵、槍兵、弓兵、騎兵、魔法兵の兵種によってコストや運用費に違いがある事もしばらく分からなかった無能ヒロインとはわたしのことである。
四苦八苦しながら戦いを続けても、7年以内に諸問題を収めないと隣国が攻めてくる制限時間付き。
大貴族同士の内戦中に隣国リンドゥーナの進撃は止める事の出来ないバッドエンド。この虚しいエンディングを何度モニター画面で拝んだことか。
「結局兄さんに教えを請うたんだよねえ……」
戦争システムの要点を聞いてどうにか進められるようになり、十数日の時間を費やして公爵ルートをクリアしたのだ。
苦労した分の達成感は否定しない。休戦協定を経ての和解エンドも胸にこみあげるものがあった。雨降って地は固まるのだ、大勢の民兵や騎士たちが亡くなった点に目を瞑れば。
その辺はゲームだから……と変に意識せず、2ルート目『大公ルート』に突入した。難易度はハード、しかし問題はないはずだ。
もはや戦争編のシステムを理解したわたしなら第2部恐るるに足らず、左程苦労もしないと信じて。
甘かった。
「え!? 一門から離反!? 新しい当主を据えた分派!? なにこれどういうことォ!?」
敵対領との戦争前に、次々と発生する自領での内乱と混乱。
こちらの窮状を知ったように攻めてくる敵対軍。
「おお、駆虎呑狼や離間の計まで仕掛けてくるのか。本格的だな」
「何それ兄者ァ!」
「でもまあロミロマ2が人間関係のドラマ重視ってんなら順当なのかもな」
「絶対乙女ゲームファン向きの順当さじゃないッッッ!!」
「きっと内通者がいるからな、間諜に予算は割り振った方がいいぞ。他人の弱みも握ってくれて交渉材料が増える」
「人間不信になりそう」
内政や部隊運用で満足してたプレイヤーを襲う、人脈関係の軋みと派閥争い。
どうにか一門を宥め、時には威圧し、時には懐柔し、締め上げまとめ上げて初めて敵対貴族の軍を迎え撃てるという難易度。
「……わたしは乙女ゲームをしていたはずなのに、どうしておじさん達の機嫌取りに奔走しているの?」
「忠誠度は重要だからな。美術品とか贈ると喜ぶぞ」
「悔しい、でも交流イベントは感動しちゃう……!」
様子のおかしい第2部だけど、流石に制作スタッフは飴と鞭を心得ていたらしい。途中挟まれるヒロインと攻略対象ヒーローの睦まじい姿、困難に立ち向かう姿は公爵ルートよりもプレイヤーのときめきハートを刺激してきた。
「実際に困難に立ち向かってるのはわたしだけどね……」
「その辺はゲームだからなあ」
「理不尽……でもこの先が見たい……頑張る……」
操作に慣れていたはずなのに、結局大公ルートをクリアするには公爵ルートの倍以上の時間がかかったのもいい思い出だ。
──第3ルートの『第2王子』ルートを始めるまでは。
「分かってる、分かってるわよ。どうせ大公ルートよりも難しくなってるんでしょ!?」
「気合入ってるな、妹よ」
「イチゴやブルーベリーを憎むくらいに気合入れたわよ」
何しろ難易度がベリーハード、ベリーの単語が早くも殺意を滲ましているのだ。隠す気無いだろって思った。
心を強く持って始めた第2王子ルートは、第1部から話のスケールが大きくなっていた。それも当然か、相手が貴族から王族に変わったのだ、波及する影響力が比較にならない。
ついでにライバルヒロインも大公家の令嬢、作中屈指の美少女で、強気キャラで、陰湿な真似など一切せずにヒロインの至らぬ振る舞いを糾弾してくる。
当の第2王子は好感度次第でヒロインを庇い、大公令嬢は氷の視線を2人に向けた上で女遊びは正妃を立ててから程々にと忠告してくる。
「これは国を割るね……って本当に割れそう」
「大公って王家筋っていうか分家というか、第2王子も次の大公に封じられるかもしれない立場なのに現大公の血族と政略結婚を破棄だからなあ。このライバルヒロインもマトモな性格だし正直第2王子って並外れたバカかな?」
「ゲームに夢の無い事を言わないで」
そう、普通の乙女ゲームならご都合主義のハッピーエンドで終わるのだろう。しかしロミロマ2は不都合の清算を第2部で求めてくるのだ。
「ちょッ!? 国境沿いに隣国の軍が侵入!? もうバッドエンドなの!?」
「いや、どうも盗賊団を偽った工作兵だな。偵察か、敵対派閥の手引きによるものか」
「陰湿が過ぎるッ! 乙女の要素はどこに?」
「前線に立ってるじゃん」
「姫将軍襲来イベント……ってライバルヒロインが戦場に仁王立ち!? それもメチャ強ッ!!」
「戦場だけ見てていいのか? 王都も結構ヤバそうだぞ?」
「……は? 第2王子が第1王子から無茶苦茶詰問されてる!? 廃嫡がどうとかって!?」
「これ、ヒロインが先王の血縁なのを証明できないと大公家との和解目的で断罪されそうだな」
「ヒィィィィィィ!?」
第2王子ルートは戦力を整えるだけでは駄目だった。身の証を立て、ヒロインが王族の血を引いていると主張できて初めて大公家以外の国内勢力に一定の納得させることが叶う。この最低限のラインに到達するための探索パートに行動力を奪われるペナルティも並行して行わなければならなかった。
「玉璽なら廃墟の古井戸にあるのが定番なんだが、このゲームなら実家辺りが怪しいんじゃないか?」
「あった、あったよ、実家の井戸にダンジョン! ……ってもはや何のゲームだよこれ!? なんでも有りか!!」
ダンジョンパーティの数名から数千を超える部隊までを動かし、国の存亡を賭ける一歩手前の内戦勃発を封じ込める。
ヒロインが王家の血筋だと証明し、第2王子の伴侶に相応しいとした上で大公家との全面戦争を大規模模擬戦にまで格下げする。
これが第2王子ルートの顛末であった。勿論クリアには大公ルートの倍以上の時間がかかった。
「よう、ようやくここまで……さあ、隠しルートの情報を漁ろうか……」
攻略サイトを開こうとして──ここでわたしの記憶は途切れている。
気が付けばロミロマ2の没キャラになっていた。しみじみ。
「──ってあの『第2部』が現実に再現されてしまうというのかーッ!!!」
ここでようやく過酷な転生を果たした嘆きに戻る。なんでよりにもよってロミロマ2なのか、と。
わたしはヒロインのマリエットではないし、ライバルヒロインでもない。
学園で彼女達の恋愛劇に接点持つ事は無いかもしれない。
けれど。
「ヒロインが恋愛成就させると、戦争が起こるじゃないよ……!!」
頭を抱える。
この世界がゲームそのままの世界か、ヒロインがどのような人生を歩むかは定かではない。それでもゲーム通りに歴史が進行する可能性は非常に高いとサブカル知識が囁くのだ。
となれば第2部『戦争編』に立ち向かうのはヒロイン。果たしてプレイヤーが幾千幾万の辛酸をなめた戦争編を、ヒロインは1回でクリアできるのか。国が亡ぶバッドエンドを回避し得るのか。
いちプレイヤーの意見を言うなら、
「無理に手持ちの財産を全部賭けるわ」
わたしがヒロインに転生していれば誰ともフラグを立てなければいい。いわゆるノーマルエンド、ヒロインは男爵家に戻るエンドで円満解決だ。
わたしがライバルヒロインに転生していればわたしのルートに流れるよう努め、未然に恋の芽を摘む事でフラグを断ち切れば良かった。
でも、どちらでもない。
ならば、どうするか。
「学園」
思案には左程の時を要さなかった。
「学園編で、ヒロインのフラグを外部介入で全部折って、ノーマルエンドをさせていただく」
わたしは没キャラだ、世界の中心人物になりようも無いし、第2部に関わる事も無いかもしれない。
それでも戦争編はまっぴらゴメンだ。あれに僅かなりとも関わりたくないし、隣国進撃バッドエンドを何度も見つめた難易度なのだ。ヒロインと攻略対象氏が上手くクリアしてくれるとは限らない。というか無理だと踏んでいる。
国が滅んで死ぬ、転生先で死んでしまう。
「待ってなさいマリエット・ラノワール、わたしがあなたを絶対にノーマルエンドに引きずり込んでやるわッ!!」
窓から差し込む朝日に向かい、アルリー・チュートルは力強く宣言したのだった。
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