没キャラ令嬢はヒロインのフラグを折って戦争編を回避できるか

真尋 真浜

前準備の章

理解編

0-01


『──わたくしは個人的に、あなたのことが嫌いではありませんでした』


 赤金色の髪をした少女がわたしの眼前に立つ。

 右手には大剣を握り締め、身に纏ったのはドレスでなく鋼の甲冑。

 彼女の名前は知っている。レドヴェニア大公家の薔薇と呼ばれた作中最高峰の美少女だ。


 フェリタドラ・レドヴェニア。

 学園では言葉を交わしたこともあれど学年が違うだめ、親しい関係を築くこともなかった少女。

 そして愛する人、ライオット様の婚約者だったお人。


『ですが、大公家の人間としては──』


 そんな少女が今、険しい顔でわたしの前に立っている。

 何故だ。

 何故だっけ?


『あなたを許すことは出来ません。あなたも、ライオット様も』


 眼光に鋭さが増す。彼女の全身から放たれるオーラが、闘気が目に見えるようだ。

 いや、これはもう殺気というべきでは?

 彼女の存在がわたしにとって死亡フラグにしか見えないのですが。

 えっと、これってどういう状況?


『あなたの死と、ライオット様の死を以って、大公家は王家と和睦します』


 何か一方的に話が進んでいる気がする。

 ちょっと待って、ボケた頭で理解が遅れているの。こういうのを泥酔した状態と言うのではないだろうか、未成年で飲酒経験も無いけど。


『よってお覚悟を。わたくしはわたくしの全力で以って、あなたの血で以ってレドヴェニアに塗られた泥を雪ぎましょう、薔薇の赤で染めましょう』


 フワフワするわたしの意識を余所に、赤金色の薔薇は殺意の眼光でわたしの身を貫きにかかった。

 もはや話し合う余地もなく、単なる宣言として。


『その後で、わたくしは自らの身を処すると約束します』

「…………あれ、これって『ロミロマ2』の」

『邂逅は冥府にて果たすと致しましょう。さようなら、マリエット・ラノワール』

「『第2王子』ルートのバッドエンドじゃん!!」


 自分の大声で目を覚ます。

 そんな貴重な経験をしたわたしはベッドから身を起こす。

 ──いや、いつの間に寝ていたのか全く覚えていないのだけど。


「……ふッ、まさか夢の中でもゲームが出来るとは、わたしもマインドを鍛え上げたものですなァ」


 まるでバカのような感想を漏らす。こうすれば気恥ずかしさの感覚が少しくらいは薄れるんじゃないかと思って。ゲームのヒロイン視点を夢の中で体感、天然VR体験と言えなくも無いけど自覚すれば恥ずかしい。

 乙女か! 乙女だけど。


 窓から差し込む陽光は弱く、まだ早朝なのかもしれない。

 しかしベッドの上で飛び起きたということは、誰かが運んでくれたということか。まあ誰かって兄さんしか心当たりが無いのだけど。

 あのチャランポランな兄にそんな甲斐甲斐しい配慮が出来たのか、とは新鮮な驚きだ。後で礼くらいは言っておくべきだろう、一応。

 もう一度伸びをし、ベッドから降りようと足を縁にかけて、


「…………何かがおかしい」


 もとい、何もかもがおかしい。

 まずベッドが広い。ベッドがでかい。シングルサイズだったはずの自室のベッドがダブルベッドくらいの広さになっていて、寝ている場所から縁まで足が届かない。

 いや、そもそも足が細く短い。平均的健康少女を自認するわたしの足はほどほどの肉付きでそこそこの長さだったはず、視界に映る足は白く短くなんか柔い。

 もっと落ち着いて周囲を見回せばベッドも広ければ部屋も広い。

 6畳半だった自室の3倍以上を誇りそうな広さ。古びた勉強机とPC、ドレッサーにゲームセンターで獲得した数々のぬいぐるみは見当たらず、代わりに大小取り取りアンティークとしか表現しようのない渋みの家具が数点。


「え、ここどこ?」


 流石に自室だと判定できる要素が何もないことに気付く。

 ベッドからにじりにじり脱出し、手近にあった質素な作りの鏡台を覗き込む。

 見返すのは見慣れた地味めな日本人形フェイス、神村優子高校1年生でなく。

 オレンジ色の髪をした白皙の幼女だった。

 鏡と見つめあうこと暫く。頬をつねった痛みを認識し、わたしは努めて冷静に事態の把握を始めた。


「誰だお前ーッ!」


 わたしの言葉を鏡向こうの彼女が口パクで再現するのを見て、驚いた顔でお互いを見つめる姿に、ボケた頭に血が巡ってきた。

 成程、これはわたしか、わたしなのか。神村優子要素はどこに行ったのか。


「……なんで?」


 いや、思いつく事象はある。

 兄の影響でサブカルチャーの沼に嵌りつつわたしの観点から、この不可思議現象を説明する知識があるにはあるが、とても現実的とは言えない内容だ。

 他人に話したら笑われる、夢見がちだとバッサリやられるに違いない推論。だからとても簡単に認めるわけにはいかない推論。

 慌てない慌てない、冷静さを失っての結論などはロクなことがない。

 何事も冷静に、せめて『第一歩は冷静に』努めるべきなのだ。そうすれば二歩目以降も心静かに行動できるのだから。


 さらなる傍証を求めて周囲をさらに見渡すと、奇妙なものを見つけた。

 見つけた、というか。

 見覚えのあるモノが宙に浮いているというか、光っているというか。


 どういうモノかを説明すれば、厚みのない光の板。

 光の板が表すのは文字と数字の羅列。

 SF映画の投影ディスプレイを髣髴とさせる光の板は、とても見覚えのある──


「……これ、『ロミロマ2』のステータス画面では?」


 ロミロマ2。

 正式名称『新世紀ロミジュリロマネスク2 ~乙女擾乱じょうらん~』。

 ロミジュリ、ロミオとジュリエットの名を拝借しているところから予想できるように対立する貴族間の恋愛を扱った乙女ゲームのシリーズ第2弾。

 ヒロインと攻略対象の忍び愛と両家の和解を目指すストーリーが好評を得て、シリーズ化されたのがこの『ロミロマ2』。

 世界観は前作との繋がりなく、あくまで対立のテイストを発展させたシリーズ第2弾作品だ。


 そしてわたしが熱中した、大熱中したゲームである。

 現状の珍事に陥る前、このゲームをプレイ中に力尽きて寝落ちしただろう姿が最後の記憶だ。

 そんな心血を注いだゲームのステータス画面らしきモノが宙に、わたしの右側面に配置された状態で光っている。


(いやいやいや、だってわたしは黒髪でも、赤青黄色の髪色でも無いし)


 ヒロインの特徴もライバルヒロインの要素も見られない自身の髪色で否定を先に置くも、サブカル知識の妄想がより現実味を帯びてしまった状況に慄きつつ、光の板に目を走らせる。

 最初に確認すべきはキャラクター名の表示位置だろう。万一これがなら大幅なヒントになる。ステータスの上部に表示されたのは、


「アルリー・チュートル。職業はチュートル男爵令嬢」


 アルリー・チュートル。

 それがこの体の名前らしい。はて、聞き覚えはある、気がする。

 気がするのだが。


「……誰だっけ? ここまで思い出せてるんだけど」


 喉辺りをトントン叩いても出てこない、はっきりしない。

 自慢ではないがサブカルチャー道に片足を突っ込んだ者の嗜みとして、感銘を受けた作品のメインキャラクターや固有名詞は長ったらしい単語でも諳んじられるレベルで記憶していると自負する。

 なのに喉につっかえた魚の骨めいた気持ち悪さしか浮かばないのは、余程の端役との予想が先に立った。


「そもそも『アルリー・チュートル』って名前、チュートリアルのアナグラムなんじゃ──あ」


 閃いた。

 カーラン学園。

 ラノワール男爵令嬢。

 ブロンザンド公爵。

 シルビエント大公。

 ゴルディロア王族。


 様々に走り抜ける情報の波を泳ぎ切った先。

 わたしはわたしが何者かを思い出せていた。

 そう、即ち


「わたしが転生したの、『ロミロマ2』の没キャラなのかこれェ!?」


******


 ロミロマ2。

 正式名称『新世紀ロミジュリロマネスク2 ~乙女擾乱~』。

 ロミジュリ、ロミオとジュリエットの名を拝借しているところから予想できるように対立する貴族間の恋愛を扱った乙女ゲームのシリーズ第2弾。


 アルリー・チュートルはこのゲームのプレイヤーキャラにしてメインヒロイン『マリエット・ラノワール』の友人キャラとして設定された……はずのキャラである。

 はずの、とはこの設定が死んだから。


 ロミロマ2の第1部『学園編』で入学してきたヒロインを案内する役で登場したアルリーは後にヒロインが学園内で作る初めての友人となるはずだった。

 しかし制作スタッフが「案内役って先輩が務めるものでは?」と指摘、それを容れたシナリオ陣によって軌道修正され、友人キャラは別に作成。既に立ち絵付きで作られた案内チュートリアルはそのまま残され、アルリーは名前とキャラ絵があるにもかかわらず冒頭以外には一切登場しないおかしなキャラクターとなってしまったのだ。

 この経緯は予約特典のブックレットで解説され、ファンの間からは没キャラと呼び親しまれる結果となったのでした。

 そしてそれが今のわたし。転生先のわたし。


「悲しみ」


 どうして転生なんて事象に巻き込まれたのか、隙間産業じみた位置に転生を果たしたのかは定かではない。だけど転生する先がロミロマ2になったのはなんとなく納得できる。

 わたしがプレイした数多くの乙女ゲームで、間違いなく最もプレイ時間の長いゲームはロミロマ2だったからだ。

 勿論面白くて熱中したのも理由のひとつだ。けれども最長プレイ時間を大幅に更新した最大の理由は


「1ルートをクリアするのに時間かかるから……」


 自分が何者かを理解したわたしは懐かしさに溜息をついた。

 そう、面白かった。

 面白かったけど、それ以上に苦労した。

 当初は乙女ゲームで攻略対象が3人と隠しキャラって少ないと思ったものだけど、プレイ中に納得した。


「何しろ第2部が──」


 ヒロインでもなければライバルヒロインでもない微妙な立ち位置の転生。ある種の逃避的な思い出に浸っていた舌が凍り付き。

 懐古の響きは掌返しで転生を画策しただろう誰かへの非難にすげ変わった。


「なんでよりにもよってロミロマ2なのォ!?」


 ロミロマ2のクリアに時間がかかるのは、2部構成に原因があった。

 第1部の『学園編』は乙女ゲームファンにもお馴染みのシステム。国内の貴族子息子女が通い、名目上は身分の隔てなく交流を持つべしと謳われる社会の縮図が繰り広げられる社交場を勉強したりイベントを踏んだりして過ごす。

 ロミロマ2も第1部には奇抜な点は無い。週間スケジュールを組んで定期イベントと遭遇イベントをこなし、会話で発生する選択肢を選んで好感度を上下させていくシステムは変わらない。

 ここまでは乙女ゲームファンならマニュアルを読まずともクリアできただろう。身分違いの恋に酔いしれ、秘密の付き合いに胸ときめかせ、政略結婚から真実の愛に至る過程に胸を熱くしたに違いない。


 問題は第2部『乙女擾乱編』。

 ロミロマの人気要素『対立する貴族間の関係』を掘り下げた、掘り下げ過ぎた結果の第2部は、ファンからは正式名よりもこう呼ばれていた。


 『』。

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