第2話 おばば様の神楽


「お姉ちゃん、早く早く!」

「早くはやくー!」


 少年二人にぐいぐいと引っ張られ、家の外に連れ出される遥。

 朝も早く、まだ朝露が残っているようで、足元の草が濡れていた。

 三十代の夫婦も遥の神楽が気になるようで、一緒に外に出てきた。

 遥もおばば様に教えてもらった神楽には自信があるので、誰かに見せるのは楽しみだった。


「じゃあ、危ないから離れててね」

「はーい」


 遥は、深呼吸をして朝の冷たい空気を楽しむ。


 遥の踊る神楽は普通ではない。

 一般的な神楽は静かに動く、といった感じなのだが、遥がおばば様から教えてもらった神楽には、激しい踊りが含まれていた。

 だから、あまり近くに寄られると怪我をさせるかもしれないと遥は恐れている。




 シャン。


 遥が姿勢を正すと、夫婦と少年二人は、場の空気が変化したように感じられた。

 聞こえるはずのない鈴の音が響き、それと同時に、どこまでも澄んで浄化されていくような、神聖な気配を遥から感じる。

 自然と彼らは緊張する。


 シャン。


 遥がくるりくるりと舞い始める。

 それは、水が流れるように自然で、風が吹くように軽く、地のように安心感を与え、太陽のように優しく包んでくれるような錯覚を彼らに抱かせる。


 シャン。


 指先から爪先まで神経を張り詰め、何かが乗り移ったかのように伸び伸びと舞う遥に、見ている者は、まるで神さまがすぐそばに降りてきているかのように感じた。


「おっかさん......」


 口をポカンと開けた少年は、遥の舞いに神々しさを感じ、思わず母親の袖をギュッと掴む。

 それは、遥の神々しさに呑み込まれないように、自己を保とうとする防衛反応からくる行為だった。


 シャン。


 神降しの儀式。

 三十代の夫婦と少年二人は、昨夜遥が言った言葉を思い出さずにはいられなかった。

 可愛らしいと思っていた遥の顔つき。

 今神楽を舞っている遥の顔は、可愛いというより、神秘的だと感じられた。


 どこか遠くを見ているような遥の目。

 全く表情が動いていないのに、角度によって笑っているようにも泣いているようにも、怒っているようにも感じられる表情。

 激しく動いているのに、遥の息は全く乱れてなく、汗一つかいていない。


 彼女は、この世の存在ではない。


 ゾッとする考えが彼らの頭を横切る。

 圧倒的な存在感を持ちながら、目を離せば消えてしまいそうな彼女を見て、三十代の夫婦と少年二人は、無意識の内に息を潜めていた。






****



 神楽が終了した。

 それでも、神さまが取り憑いたかのような遥の様子に、夫婦と少年二人はその場を動くことができなかった。


 ふぅ、と遥が息を吐くと、遥の神秘的な表情が剥がれ落ち、“人間”の顔が姿を表した。

 それと同時に、場を支配する、息苦しささえ感じる重圧がフッと消滅する。




 パチパチパチパチ。


 遥の神楽が終わって少しした後、忘れていたかのように遅れて拍手が辺りに響いた。

 遥は、拍手をした一家に向かってにっと笑顔を見せる。

 それを見た一家は、安心したかのようのホッと息を吐くのだった。







「どうしましたか?」


 遥が神楽を舞ったのは、おばば様と神さまの前以外では初めてである。

 だから、何故三十代の夫婦と少年二人が強張った表情をあいているのかがわからないのだった。

 遥は、何か粗相をしたのではないかと不安になる。

 遥に問いかけられた夫婦は、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。さすがに、神さまが目の前にいるようで怖かった、とは言えなかったようだ。

 しかし、少年二人が目をキラキラとさせ、しきりに「凄い、凄い」と遥を褒め称えたので、遥の不安はあっという間に吹き飛んだのであった。

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